15.冬灯祭①
冬灯祭当日、広場は昼間から灯りでいっぱいだった。
家々の窓には星や船をかたどった木枠が飾られ、その中で蝋燭の火が光っている。
通りの上に渡した縄にも小さな灯りが吊られ、海から吹く風に合わせて、明るい点が右へ左へ動いていた。
まだ日が落ちきっていないのに、この量である。夜になったら町ごと光る勢いだ。
広場の中央に作られた台の上では、お父様が一年を無事に過ごせたことへの感謝と、海から帰ってきた船乗りたちへの労いを述べていた。
領主として話しているお父様は、家で私の絵を額へ入れたがる人と同一人物には見えない。
隣にはお母様とトリスタン兄様、ブレンダ姉様が並んでいる。
私もお母様の横で令嬢らしく立っていた。
挨拶が終わって台を下りると、お父様とお母様は待っていた人たちに囲まれた。
「お父様たちは、しばらく動けなさそうだね」
「そうだな」なんて言っていた兄様も、声をかけてきた魚屋のおじさんの話を聞き始めた。
お祭の日くらい仕事を忘れてもいいのでは? と思うけど、兄様には無理だろう。
クソ真面目とは、兄様のためにある言葉だと思う。思うだけ。言わないよ。
「ジャクリーン、寒くない?」
ブレンダ姉様が私の前髪をさっと直しながら問う。
「平気だよ。ラルフがマフラーを五回くらい巻こうとするから、暑いくらい」
「お嬢様が勝手に外したから、今は二回巻きですよ」
後ろに控えていたラルフが、私の背中へ垂れていたマフラーの端を拾った。
「ちょっと緩めただけだし」
「だめです」
ラルフは私の正面へ来ると、ほどけかけていたマフラーを巻き直した。
顎の下まで布が来る。苦しくはないけど、これ以上巻かれたら頭だけ出したまんまるなオブジェみたいになりそう。あるよね、そういうの。
口を尖らせていると、広場の向こうからゴードンとレナが歩いてきた。
二人とも、いつもの商会で着ている服より華やかな格好をしている。ゴードンは濃い青の上着で、レナは赤茶色の髪へ金色の飾りを挿していた。
「トリスタン様。ご挨拶申し上げます」
ゴードンが兄様へ頭を下げた。レナも隣で礼をする。
「今年は商会でも、祭りに合わせて露店を増やしたそうだな」
「はい。王都から来た客も増えておりますので、例年より食べ物と土産物を多く用意しました」
商売の話をするゴードンの横で、レナの視線はラルフへ向く。
「ラルフさんは、今日はお仕事ですか? 祭りの日くらい、自由に歩ければいいのに」
「仕事だからな」
ラルフは答えながら、私の肩へ落ちていた髪をマフラーの外へ出す。首元へ髪が入り込むと、あとで引っ張られて痛くなるらしい。私は気にしたことがないけど、ラルフは毎回気にする。
「せっかくだ。しばらく一緒に見て回るか」
兄様が言うと、ゴードンはブレンダ姉様へ目を向けた。
「俺たちは構いませんが、お二人の邪魔じゃありませんか?」
「ふふ、お気遣いありがとう。二人きりで歩くのは、もう少しあとだから大丈夫よ」
ブレンダ姉様が笑った。
兄様は何も言わないけど、耳がほんのり赤い。
分かりやすいなあ。兄様ったら、ブレンダ姉様のことが大好きなんだよねえ。
なんせ、なんやかんや理由をつけて姉様を伯爵家に置いてるくらいだし〜。
というわけで、兄様とブレンダ姉様、ゴードンとレナ、私とラルフの六人で、広場から市場へ続く通りを歩くことになった。
冬灯祭の日は、いつもの倍ほど屋台が出ている。
焼き魚や貝、海老。ミートパイ、チーズ入りのパン──
「ラルフ、揚げパン食べたい」
「またですか? 飽きないっすね」
呆れたように言いながらも、ラルフは揚げパンの屋台へ並んでくれた。
「お嬢様は、ラルフさんに頼めば何でも買ってもらえるんですか?」
レナは、揚げパンを手に戻ってきたラルフへ目を向ける。
「何でもじゃないよ。だめって言われるほうが多いし」
「揚げパン一つで機嫌よく歩いてくれるなら安いもんだ」
レナへ返してから、ラルフは私へ紙包みを差し出す。
「お嬢様、熱いですから気をつけてくださいね」
私は手袋を外してラルフに預け、紙包みを受け取る。紙に包まれていても熱い。
表面には白い砂糖がたっぷりつき、かじると外側がかりっと割れる。
油の香ばしさと砂糖の甘さが最高に美味しい。
二口目を食べたところで、唇の横へ砂糖がついた。
紙を持っている指にも油が染みてくる。
「お嬢様、こっち向いてください」
ラルフも手袋を外し、布で私の口元を拭った。
「またついてた?」
「顔を突っ込むみたいに食うからっすよ」
ラルフは私の指も布で包み、油を拭き取った。
片手には揚げパン、もう片方は紙でべたべたしている。
やってもらったほうが早い。やむなし。
「ラルフさん、ずいぶん甲斐甲斐しいんですね」
「放っておくと、この手で服を触るんだ」
「触らないよぅ」
「昨日も絵の具がついた手で袖を掴みましたよね」
「あ、あれは絵の具がついてるのを忘れてたの……」
レナの視線を感じながら、私は残りの揚げパンをもぐもぐ食べる。
食べ終えると、ラルフがもう一度私の指を拭き、預けていた手袋を返してくれたので、手にはめ直す。
う~ん、ものすごく美味しいんだけど、油で揚げた甘い物をもう一つ食べたいかと聞かれたら、いらないかも。
でも甘いものが食べたい気分はおさまらない。
お祭りって胃袋が大きくなるんだよねえ。
食べ歩きできそうな甘い物を探して屋台を見渡しても、揚げパンくらいしか見当たらない。
焼き林檎はあるけど、皿に載せて店先の椅子で食べる物だ。歩きながら持つには汁も出るし、匙も必要になる。
記憶の中の祭りには、赤くてテリテリした林檎飴や、雲みたいにむくむく膨らんだ綿菓子が並んでいた。
ああいう甘い物が、冬灯祭にもあればいいのに。
「──ほかに甘い物はないの?」
ふと、近くから女の子の声が聞こえた。
上等な外套を着た二人連れで、一人は王都の店で流行っている形の帽子をかぶっている。
旅行で来たのかな?
最近こういう場面、よく見るなあ。
尋ねられた女の子は、手にしていた案内図を広げた。
「菓子店なら、この先にあるみたい。でも、店へ入ることになるわね」
「まだ灯りを見て歩きたいな。それに、揚げパンは昨日も食べたし……美味しいけど脂っこいのよね」
二人は地図を見ながら相談し、人混みに消えていった。
……私だけじゃない。
甘い物を食べたいけど、店へ入らずに食べ歩きをしたい人がいる。
「ねえ、歩きながら食べられる、温かくて甘いお菓子を作ろうよ! 見ただけでハイモア港だって分かる形にするの。試作品を作って、皆で食べながら考えよ!」
話しているうちに、どんどん欲しくなってきた。
温かくて、甘くて、可愛くて、ハイモア港でしか食べられない。そんなお菓子が欲しい!
「要りません」
返事をしたのはレナだった。
「食べ歩く物なら、魚も貝も芋もあります。甘い物は揚げパンがありますし、菓子を食べたい方は店へ入ればいいでしょう」
「でも、さっきの女の子も、ほかに甘い物はないのかなって話してたよ?」
「一人が言っただけでしょう? お嬢様が揚げパンに飽きたからって、町中を巻き込んで新しい菓子を作るんですか?」
レナの目が、私の持っている空の紙包みへ落ちる。
「お嬢様は思いついたら、試作品を作って、店へ置いて、地図へ載せれば楽しいでしょうね。作る人は、お嬢様が飽きても作り続けなければならないんですよ。今度は何日で別の物に興味が移るんですか?」
隣でラルフが口を開きかけるけど、それより先にゴードンが妹を窘めた。
「レナ、言い過ぎだ」
地図は何か月も続けた。梨のタルト店だって、売れた数が出るまで見届けた。
「飽きたりしないよ! 私──」
「人と金を動かす話をするなら、思いつきはだめだ」
言い返した言葉は、兄様の声に遮られた。
「菓子が欲しいという話から、いきなり名物を作る話は進めるな。誰が作るのか、費用をどうするのかも決まっていないだろう」
兄様が私を嫌って、そう言っているわけではない。
それでも、レナに飽きたら放り出すと言われた直後だったせいか、兄様まで私が何も考えず騒いでいると言っているみたいに聞こえた。
「……そっか。うん、ごめんなさい……」
兄様は何か言いかけたけど、通りの向こうから領民に呼ばれ、ブレンダ姉様とそちらへ向かった。
ゴードンはレナへ何か言ったけど、屋台の声に紛れて聞こえない。
兄様たちが戻ってきても、私は列の後ろを歩き、灯りばかり見ていた。
隣でラルフが聞く。
「お嬢様。何か欲しい物はありますか?」
「ううん、ないよ。大丈夫」
ヘラっと笑う。
──……レナは私を嫌っている。
分かっていたつもりだったけど、言葉にされると、こんなにもしんどい。
ポール様も、私を見るたびにこういう気持ちになっていたのかな。
また来た。目障りだな。今度は何をする気だ──そう思っていたのかな。
私は人を不快にさせることしかできないのかもしれない。
地図も、案内紙も、梨のタルト店も、全部たまたま上手くいっただけで、私自身は二年前から何も変わっていないのかもしれない。
「ラルフさん、このあと商会の露店も見ませんか?」
レナがラルフへ話しかける。
「新しい貝細工も出しているんです。売れ行きを確かめたいなって思って」
「ああ、あとで見に行くか」
私は二人を見ないように、通りの反対へ顔を向けた。
ラルフがいるから、レナも近くにいる。
レナから離れたいならラルフから離れるしかないけど、それは難しい。ラルフは私の従者だから。
もう帰りたい……。
でも、ここで帰りたいと言ったら、叱られて拗ねたみたいになる。
どうにか笑ってやり過ごさないと。
なんて思っていたそのとき、ラルフが兄様の前へ出た。
「トリスタン様。お嬢様が人酔いしたようです。休ませてまいります」
ん? 私、人酔いなんかしてないよ?
「そうか。では、ここで別行動だな。頼んだぞ」
「承知しました」
頭に疑問符を浮かべた私は、こうしてラルフと一行から離れた。




