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12/23

12.梨のタルト屋さん、宣伝計画③

 三週間後、看板の塗り直しと案内板が完成し、帯紙と店の案内紙も使い始めることになった。


 古い看板は、板をそのまま残して文字を見やすく塗り直してもらった。

 案内板は、私の肩ほどあった高さが腰くらいまで低くなり、脚は広く、板の隙間から風が抜ける。上の梨も小さくなったけど、おばあさん一人でも持ち上げられる。


 最初の絵にあった花と蜂と波模様は、ほとんど残っていない。

 でも、古い看板は残せたし、案内板はちゃんと梨のタルトを宣伝してくれている。


「店が、若返ったみたいですねえ」


 案内板を撫でる手を見て、私はほっとした。


 最初の勢いで新品の看板を作らなくてよかった。

 聞かなかったら、作り替える気満々だったもんね。


 店を開けてしばらくすると、通りを歩いていた親子が案内板の前で止まった。


「お母さん、梨のお菓子だって! 食べたい!」

「あら、美味しそうね。入ってみましょうか」


 二人は案内板に描かれた梨のタルトを見て、迷わず扉を開けた。


 私は店の隅で両手を握った。

 叫びたいけど、ラルフの袖を掴んで耐える。


「ね、ねえ、見た?」

「見てます。ちょ……袖を伸ばさないでください」

「だって、入ったよ!」


 ラルフは伸びた袖を元へ戻し、私の手を外した。


「上出来ですね」

「もっと褒めて」

「売り上げが出たらっすよ」


 またお預けである。



 その日は、案内板をきっかけに店へ入った人がほかにもいた。

 梨のタルトを家族への土産にしたいと、二つ買っていく人もいた。


 案内板は午後の海風にも倒れなかった。


 ◇


 新しい宣伝を始めてからひと月後、私たちは売れた数を確認するため、もう一度店へ集まった。


 おばあさんが毎日書いてくれた紙を、ゴードンが店先を変える前の分と並べる。


 梨のタルトは、一日に売れる数が以前より平均で十五個以上増えていた。ほかの焼き菓子も同じように伸び、客足は今も増えている。

 近所の客だけでなく、旅人や、地図を持った人も来たという。


「昨日は、夕方の鐘より前に梨のタルトがなくなりましたよ」

「完売したってこと?」

「ええ、明日から焼く数を増やしてみようかと思ってます」


 梨のタルトが並んでいた台は、もう空(から)になっている。


 おばあさんの顔が嬉しそうにほころぶ。


 私も嬉しい! と感動に浸っていると、背後から声をかけられた。


「あのぅ……うちの店も、入り口を見てもらえませんかねぇ」


 振り返ると、向かいの靴屋の店主が立っている。

 その隣には、以前、地図への掲載を許可してくれた土産物屋の人がいた。


「靴を外へ並べてるんですが、雨が降るたび片づけるのが大変で」

「うちは棚を変えたいです。貝殻の品を入口へ置いてから客は増えたが、乾物を探す客が迷っていて」


 二人とも、手には自分の店の簡単な見取り図を持っている。


「この店を見たら、うちも何かできるんじゃないかと思いまして」


 自分の店をよくしたいって思ってるんだ。


 なんだか胸がきゅうっとなる。


 ゴードンが私の肩へ腕を載せようとして、途中でラルフに手首を掴まれた。


「触んな」

「成功した企画屋を褒めようとしただけだろ?」


 ラルフはゴードンの手を私から遠ざけたまま離さない。


「口で言えばいいだろが」

「それもそうだな──お姫さん、よくやった」


 ゴードンは掴まれた手をひらひらさせながら、私へ笑顔を見せる。


「えへへ」

「俺んとこへ来りゃ、毎日褒めてやるぞ」


 ゴードンが空いているほうの手で商会の方角を示すと、ラルフが私の前へ出た。


「行かねえよ」


 答えたのはラルフだった。


「私が聞かれたんだけど」

「はい。でも、行かないっすよね?」

「行かないけど、自分で答えられるよ? ……んもう、そんな顔しないの。ほら、しゃがんで?」


 素直にしゃがんだラルフの頭を撫でる。


 ……固い髪だなあ。

 あとで私のシャンプー貸してあげよっと。

 桃の匂いのがいいかなあ。私のお気に入りなんだよね~。


 ゴードンが愉快そうに笑い、ラルフの眉間に皺が増えた。でも、頭はちゃんと私の手の下にある。よしよし撫でる。


 レナは二人を見比べたあと、なぜか私を睨んでる。怖いなあ。

 また仲良しから離れちゃってる。


 そんなやり取りをしているあいだにも客は出入りしていて、旅支度をした男の人が店から出てきた。

 片手には梨のタルトを入れた包みを持っている。

 男の人は扉を出たところで足を止め、店の中を振り返った。


「さっき中にあった地図は、持ち帰っても構いませんか?」

「はい! もちろんです!」

「明日の朝、王都へ戻るんです。家族へ土産を買ったので、どこで見つけたのかも見せたくて」

「王都へ?」

「ええ。仕事仲間にも、今度は市場を歩いてみろと勧めようかと」


 男の人は店へ戻り、『ハイモア港案内図』を一枚受け取った。


 誰かが梨のタルトを食べたいと思って、ハイモア港に来てくれるかも?


 だったら次は、どの店を変えようかなあ。


 描きたいものも、聞きたいことも、どんどん増えるのって、すっごい楽しいし、嬉しい!

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