12.梨のタルト屋さん、宣伝計画③
三週間後、看板の塗り直しと案内板が完成し、帯紙と店の案内紙も使い始めることになった。
古い看板は、板をそのまま残して文字を見やすく塗り直してもらった。
案内板は、私の肩ほどあった高さが腰くらいまで低くなり、脚は広く、板の隙間から風が抜ける。上の梨も小さくなったけど、おばあさん一人でも持ち上げられる。
最初の絵にあった花と蜂と波模様は、ほとんど残っていない。
でも、古い看板は残せたし、案内板はちゃんと梨のタルトを宣伝してくれている。
「店が、若返ったみたいですねえ」
案内板を撫でる手を見て、私はほっとした。
最初の勢いで新品の看板を作らなくてよかった。
聞かなかったら、作り替える気満々だったもんね。
店を開けてしばらくすると、通りを歩いていた親子が案内板の前で止まった。
「お母さん、梨のお菓子だって! 食べたい!」
「あら、美味しそうね。入ってみましょうか」
二人は案内板に描かれた梨のタルトを見て、迷わず扉を開けた。
私は店の隅で両手を握った。
叫びたいけど、ラルフの袖を掴んで耐える。
「ね、ねえ、見た?」
「見てます。ちょ……袖を伸ばさないでください」
「だって、入ったよ!」
ラルフは伸びた袖を元へ戻し、私の手を外した。
「上出来ですね」
「もっと褒めて」
「売り上げが出たらっすよ」
またお預けである。
その日は、案内板をきっかけに店へ入った人がほかにもいた。
梨のタルトを家族への土産にしたいと、二つ買っていく人もいた。
案内板は午後の海風にも倒れなかった。
◇
新しい宣伝を始めてからひと月後、私たちは売れた数を確認するため、もう一度店へ集まった。
おばあさんが毎日書いてくれた紙を、ゴードンが店先を変える前の分と並べる。
梨のタルトは、一日に売れる数が以前より平均で十五個以上増えていた。ほかの焼き菓子も同じように伸び、客足は今も増えている。
近所の客だけでなく、旅人や、地図を持った人も来たという。
「昨日は、夕方の鐘より前に梨のタルトがなくなりましたよ」
「完売したってこと?」
「ええ、明日から焼く数を増やしてみようかと思ってます」
梨のタルトが並んでいた台は、もう空になっている。
おばあさんの顔が嬉しそうにほころぶ。
私も嬉しい! と感動に浸っていると、背後から声をかけられた。
「あのぅ……うちの店も、入り口を見てもらえませんかねぇ」
振り返ると、向かいの靴屋の店主が立っている。
その隣には、以前、地図への掲載を許可してくれた土産物屋の人がいた。
「靴を外へ並べてるんですが、雨が降るたび片づけるのが大変で」
「うちは棚を変えたいです。貝殻の品を入口へ置いてから客は増えたが、乾物を探す客が迷っていて」
二人とも、手には自分の店の簡単な見取り図を持っている。
「この店を見たら、うちも何かできるんじゃないかと思いまして」
自分の店をよくしたいって思ってるんだ。
なんだか胸がきゅうっとなる。
ゴードンが私の肩へ腕を載せようとして、途中でラルフに手首を掴まれた。
「触んな」
「成功した企画屋を褒めようとしただけだろ?」
ラルフはゴードンの手を私から遠ざけたまま離さない。
「口で言えばいいだろが」
「それもそうだな──お姫さん、よくやった」
ゴードンは掴まれた手をひらひらさせながら、私へ笑顔を見せる。
「えへへ」
「俺んとこへ来りゃ、毎日褒めてやるぞ」
ゴードンが空いているほうの手で商会の方角を示すと、ラルフが私の前へ出た。
「行かねえよ」
答えたのはラルフだった。
「私が聞かれたんだけど」
「はい。でも、行かないっすよね?」
「行かないけど、自分で答えられるよ? ……んもう、そんな顔しないの。ほら、しゃがんで?」
素直にしゃがんだラルフの頭を撫でる。
……固い髪だなあ。
あとで私のシャンプー貸してあげよっと。
桃の匂いのがいいかなあ。私のお気に入りなんだよね~。
ゴードンが愉快そうに笑い、ラルフの眉間に皺が増えた。でも、頭はちゃんと私の手の下にある。よしよし撫でる。
レナは二人を見比べたあと、なぜか私を睨んでる。怖いなあ。
また仲良しから離れちゃってる。
そんなやり取りをしているあいだにも客は出入りしていて、旅支度をした男の人が店から出てきた。
片手には梨のタルトを入れた包みを持っている。
男の人は扉を出たところで足を止め、店の中を振り返った。
「さっき中にあった地図は、持ち帰っても構いませんか?」
「はい! もちろんです!」
「明日の朝、王都へ戻るんです。家族へ土産を買ったので、どこで見つけたのかも見せたくて」
「王都へ?」
「ええ。仕事仲間にも、今度は市場を歩いてみろと勧めようかと」
男の人は店へ戻り、『ハイモア港案内図』を一枚受け取った。
誰かが梨のタルトを食べたいと思って、ハイモア港に来てくれるかも?
だったら次は、どの店を変えようかなあ。
描きたいものも、聞きたいことも、どんどん増えるのって、すっごい楽しいし、嬉しい!




