11.梨のタルト屋さん、宣伝計画②
看板と案内板を変える前の売れ行きを調べる三週間のあいだに、商会が呼んだ大工と塗装職人が店へ集まった。
看板の大きさや店先の幅を測り、試作品を確かめながら、完成品を作ることになったのだ。
まずは、亡くなった旦那さんが作った看板からである。
古びて読みにくくなっていた文字を、見やすく塗り直してもらうだけなので難しくない。よくある補修だそうだ。
問題は、新しく作る案内板である。
私は机へ大きな紙を広げた。
刮目せよ!
立った私の肩ほどまである背の高い板(に、見立てた紙)。その上には、梨の形を大きく描いている。
中央には梨の蜂蜜タルトを大きく描き、縁には梨の葉を連ね、四隅には小さな花。蜂も二匹飛ばして、下には波模様まで入れた。
その日にある菓子の絵と値段は、別の板へ描いて掛け替えられるようにする。
ドヤァ!
大工のおじさんは紙を持ち上げ、長いこと眺めた。
「お嬢様。これを全部作るんですかい?」
「はい! 上の梨はこの形に彫って、葉っぱは一枚ずつ形を変えてください。花の中央にも小さな穴を入れて、蜂の羽には線を三本ずつ」
大工のおじさんの太い指が、紙の上の葉を端から端までなぞる。
「この案内板に、何日かけるおつもりで?」
「え? 三日、とか?」
「……最低二週間は欲しいですな」
聞き間違いかと思い、私は身を乗り出した。
「にしゅうかん!?」
案内板一枚に? しかも最低? なら、もっとかかる可能性があるの?
「それと細工代だけで、販促実験として商会が出せる額を越えます」
レナが商会から出た見積もりを私へ寄越す。
……なんて可愛くない金額なの。
「でも、何も彫らないのは寂しいよ」
「全部なくす必要はありません」
塗装職人が、私の描いた案内板を指す。
「縁の葉は彫らずに塗ればいいし、梨のタルトも絵で見せるなら、細かい飾りまで彫る必要はありません」
「花と蜂は……?」
「こんな細かいもん、通りの向こうから見たら潰れますぜ」
「えっ」
私が一匹ずつ羽の線まで考えた蜂が、遠くからは何か分からない『点』になるらしい。
悲しいけど、この案内板は私が近くで愛でるための作品ではない。
通りを歩く人に、ここで梨のタルトを売っていると気づいてもらうためのものだ。
私は花と蜂へ線を引き、消した。
「梨のタルトは大きく残して……葉っぱは左右に三枚ずつ。上の梨も残して……どう?」
「それなら、だいぶ減らせますな」
大工のおじさんが金額を書き直し、塗装職人も頷いた。
ラブリー蜂さん二匹は今回お休みです。
いつか、絶対に日の目を見せるからね!
◇
数日後、大工のおじさんが試作品を作ってくれたので、店の前へ出してみる。
「わあ! 通りの向こうからでも梨が分かる!」
私は反対側の石畳まで下がり、案内板を眺めた。
古い店先に大きな梨がある。これなら通り過ぎる人も気づくはず! 大成功の予感しかしない。
そこへ、ふいに海から風が吹いた。
案内板の上にある梨の飾りが風を受け、板全体がこちらへ傾き──倒れる前に、ラルフが片手で上部を掴んだ。
木の脚が石畳を擦り、私の靴の前で止まる。
ラルフの袖が肘まで上がり、手首の青い革紐と銀色の魚が見えた。
「お嬢様、下がってください」
「び、びっくりしたあ」
近くを歩いていた魚籠のおじさんも足を止めている。
もしラルフがいなかったら、案内板は私へ倒れていた。
大変だ。……これを通りへ置くなら、客に当たることだってある。
ゴードンが案内板の脚を靴先で押し、カカカッと笑う。
「お姫さんの考える『可愛い』は、ずいぶん攻撃的だな」
ゴードンは倒れかけた梨の飾りを指で弾いた。
大工のおじさんが案内板を起こし、脚と上部を確かめる。
「背が高いうえ、上だけ広い。風を受けりゃ倒れます。下へ重りを付ければ倒れにくくなりますが、毎朝この店主さんが運ぶには重すぎますぜ」
「じゃあ、地面へ留めるのは?」
「荷車が通るときに片づけられません。通りへ置きっぱなしにもできませんな」
重くすれば、おばあさんが運べない。
留めれば、通りの邪魔になる。
店の扉では、おばあさんが試作品を持ち上げようとして、すぐに手を離している。今の重さでも、毎朝出すには大変そうだ。
「ねえ、背を低くして、脚を広げたらどうかな?」
「上の梨も小さくしましょう。板へ隙間を作れば、風が抜けます」
大工のおじさんが鉛筆で案内板の形を描き直す。
私の肩まであった板は腰ほどの高さになり、上部の大きな梨も小さくなった。
板のあいだには細い隙間が入り、脚は左右へ広がっている。
最初より小さくなってしまったけど、おばあさんが自分で持てるし、風が吹いても、今度は倒れない。
うん、これでよかったんだって納得しよ。
「ゴードン。試作品のお金は私が出すから請求してね」
「言われなくても、お姫さんの財布からもらうつもりだったぜ」
「う……ごめん……」
「ま、試作品だしな。失敗ありきだ。払って覚えとけ」
私のお小遣いちゃんよ、さようなら。
あなたの犠牲は無駄にしないからね。なむなむ。
◇
さてさて、お次は包み紙である。
前に話を聞いたとき、おばあさんは菓子を包むのも会計も一人でしていると言っていた。
手順は増やせない。でも毎日使う包み紙なら、今までと同じように包むだけで店の宣伝にもできる。
試し刷り代は私のお小遣いから出すから、やらせてくださいってお願いしたんだ~!
これは自信があった。
薄い黄色の紙へ梨と蜂蜜の絵を全面に刷り、包んだときにどこから見ても模様が出るようにしたのだ。
二色で刷るから、無地の紙より費用はかかるけど、店から持って出た人が歩けば、それを見た別の人にも店を知ってもらえる。
刷り上がった紙は、ものすごく可愛かった。
焼き上がった梨のタルトを紙へ置いて包む。
黄色い紙いっぱいに梨の模様が並んでいる。
可愛い~!
私は成功を確信し、にまにました。
──が。
しばらくすると、紙の下側が濃い色へ変わった。
「あれ?」
タルトの油が紙へ染み、梨の絵をまだらにしていく。
持ち上げると、底の部分は指に油がつき、折った端まで柔らかくなっていた。
「うそぉ……」
可愛い梨が、油でくたくたになってる。
紙なのだから、油が染みることくらい考えれば分かりそうなものだけど、絵を刷った時点で成功した気になっていた。
店の外では、ラルフとゴードンが大工のおじさんと案内板の脚を確かめている。おばあさんは次の菓子を取り出すため、焼き場へ戻った。
店内に残ったのは、私とレナだけ。
私は油の染みた紙を台から集めた。
レナは、反対側から紙を拾い、私の手にある包みへ顎をしゃくった。
「お嬢様って、世間知らずすぎません? 絵を描く紙と包み紙は同じだと思っていたんですか?」
「……うぅ」
思っていましたとも。
絵を描いて刷れば、可愛い包み紙になると思っていましたとも。
私は使えなくなった包み紙を細長く折って──名案が、ひらめいた。
「あ、これを帯にして結ぶのはどうかな?」
細く切るか折るかすれば、帯みたいに巻ける。
店名もいい感じに見える。
「店主が一人で何個も包むのに? 毎回紐を結ばせるんですか? それに嵩張りませんか?」
「えっと、じゃあ、紙の端に切り込みを入れて、差し込むのはどう? ほら、こうしてさ」
「……まあ、それなら一度で留められて嵩張りませんね」
無地の包みへ巻いてみると、イイカンジ!
印刷職人へ見せるための寸法をメモしよっと。
「ありがとう、レナのおかげでいい案が出たよ」
「仕事ですから」
レナのつんとした返事とともに、店の外からゴードンの豪快な笑い声が聞こえてきた。
性格が違う兄妹だなあと、口に出さないまま、ぼんやり思った。
◇
数日後、一色刷りの帯紙ができた。
おばあさんに三つ続けて包んでもらっても、今までとほとんど同じ手順で終わった。
帯紙なら、季節に合わせて色や絵も替えられると提案したら喜ばれた。
店の案内紙も、看板や案内板を作っているあいだに仕上げた。
中央には梨の蜂蜜タルトを大きく描き、開いている時間と、地図で使う焼き菓子の印を入れる。
宿屋と市場へ置く分に加え、店の入口にも持ち帰り用を積んでもらうことにした。
失敗した包み紙代は痛いけど、学べたことが多かったなあ。




