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『報酬:金貨』を狙ったはずが『報酬:一生の愛』ばかり来るんですけど!?   作者: 夜凪灯
第2章 面倒な元騎士

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第6話

 頭のすぐ内側で、無機質な声が響いた。


 カナミは驚いたように周りを確認する。しかし、自分の近くには誰もいない。


「い、今の声は一体……」


 しばらく、その近くで様子を見てみるが、変な声どころか、光る文字すら現れない。

 カナミは、不安を振り払うように頭を振り、依頼書を見つめなおした。

 

「気のせい? それにしても、元騎士か……」


 カナミは小さくつぶやいた。


 騎士という響きはいい。格があるし、国からの評価もされるかもしれない。そして、うまく立て直せば、報奨金や後援金など、目に見える利益が発生しやすそうだ。


 ただし、問題は元がついていることだった。


 元有能、元名家、元優等生。そういう肩書きを持つ人間は、大抵こじらせている。しかも今回はリゼがわざわざ《《面倒》》と断言していた。あの人がそう言うのだから、本当に面倒なのだろう。


 そんな事を考えて歩いているうちに、目的の酒場が見えてきた。


 王都の端にある、古びた二階建ての店だった。昼間から営業しているらしく、半開きの扉の向こうから酒と焼いた肉と、ほんの少しだけ古い木の匂いが流れ出してくる。


 カナミは扉の前で一度だけ姿勢を整える。


 安物の上着の裾を直し、ベルトの位置を確認して、にこりと笑う練習をする。ほどほどに親しみやすく、そして抜け目がないように……


「よし」


 小さく言って、扉を押した。


 酒場の中は思ったより明るかった。窓から斜めに差し込む昼の光が、古びたテーブルの上をぼんやり照らしている。昼食をとっている客がいて、カウンターでは店主らしい女が皿を洗っていた。視線を巡らせてすぐ、カナミは目的の人物がどこにいるのかわかった。


「……あれか」


 店のいちばん端の席に、肩あたりまで伸びた銀灰色の髪を、無造作に垂らした女がいた。長身で、座っていても体の線がきれいなのがわかる。くたびれた服を着ていても、元の仕立ての良さと本人の骨格の良さが隠しきれない。伏せた睫毛は長く、横顔だけ見れば、どこか近寄りがたいくらい整っていた。


 美人だ。

 それが第一印象だった。


 次の瞬間、その印象は盛大に上書きされた。


「だから待てって言ってるだろ。今は持ってない」

「昨日も同じこと言ってたじゃないの」

「じゃあ明日」

「その次はなんて言う気?」

「知らん」

「知らんで済むなら私はいらないのよ!」


 机を挟んで、いかにも気の強そうな女が腕を組んで立っていた。借金取りだろう。険しい顔で詰め寄られている当の本人――おそらくアルトは、片肘をついたまま面倒そうに顔をしかめている。反省の色は薄い。


 しかもその手元には、昼間から空けたらしいグラスがある。


「うわ、だめだこの人」


 カナミは小さくつぶやいた。


『対象の価値は高水準です』


 いきなり無機質な声が喋りかけてくる。カナミは驚く声を抑えながら小声でつぶやく。


「いきなり喋らないで……それにどこを見てそう判断したの?」


『顔面資産、経歴資産、再起報酬の三点です』


 頭の中の声に気を取られていると、借金取りの女がさらに声を荒げる。


「今日払えないなら、せめて仕事でも受けなさいよ。騎士崩れでも荷運びくらいはできるでしょ!」

「……崩れって言うな」

「なら崩れてないところ見せなさいよ」


 アルトの眉がぴくりと動く。けれど、それだけだった。怒鳴り返すでもなく、立ち上がるでもなく、ただグラスに残った酒をあおろうとする。


 その瞬間、カナミは少しだけ顔をしかめた。

 初手から労力が重い。これは相当面倒な部類かもしれない。


 でも、ここで引き返したら時間の無駄になる。カナミは覚悟を決めて、にこやかな顔を作って二人に近づいた。


「お取込みの中、失礼します。少しいいですか?」


 借金取りの女が振り向く。アルトも、怪訝そうな目でこちらを見た。


 青灰色の目だった。くたびれているのに、その色だけは妙に澄んで見えて、一瞬だけカナミは息を止める。


 その一瞬を、向こうも見たらしい。

 アルトの視線がほんの少しだけ止まった。


 だがすぐ、面倒そうに目を細める。


「誰だ」

「今日からあなたに関わる予定の、善良で勤勉な一般市民です」

「胡散臭い自己紹介だな」

「褒め言葉ありがとうございます」

「褒めてない」


 反射で返されたその言い方に、カナミは内心でむっとする。


 感じが悪い。というか、この短いやりとりの時点ですでに少し腹が立つ。


『苛立ちの表出を控えてください』

「いま私の気持ち、全部見えてる?」

『怒声は非効率です』

「ほんとにめんどくさい……!」


 声に出していないつもりが、少しだけ外へ漏れたらしい。借金取りの女が眉をひそめる。


「なに、独り言?」

「最近ちょっと、多いんです」

「大丈夫?」

「ダメかもしれないですね」


 頭のおかしい返答に、借金取りの女が少しだけ毒気を抜かれた顔になる。その隙に、カナミは依頼票を取り出した。


「ギルドから来ました。再起支援の案件です」

「はあ?」


 嫌そうな声を出したのはアルトだった。


「頼んでない」

「ギルドはそう言ってませんでした」

「誰かが勝手にやった事だ」

「それはお気の毒ですね」

「お前、本当に思ってるか?」


 借金取りの女が、納得したような顔をする。


「もしかして、あんたが噂の担当?」

「噂ってどういう意味ですか?」

「誰もやりたがらない面倒案件を引き受けた、物好きの若い娘がいるって噂」

「やっぱり面倒なんですね」

「さっきの通りよ」


 借金取りの女は呆れたように言うと、アルトは椅子に深く座ったまま、露骨にカナミから目を逸らす。店の奥から見ている女主人も、かわいそうにといった顔をしていた。


 カナミは依頼票を畳み、アルトの正面に立つ。


「とりあえず、少し話をしましょう」

「嫌だ」

「どうしてですか」

「お前みたいなのに世話される筋合いがない」

「借金があるんですよね」

「……」


 黙った。

 カナミはここぞとばかりに続ける。


「仕事をしてなくて、だけど、お酒は飲む。とてもこの話を蹴るほどの余裕があるように見えません」

「お前……」

「はい」

「性格悪いな」

「あなたには言われたくないです」


 一瞬、店の空気が止まった。


 借金取りの女が吹き出しそうな顔をして、慌てて咳払いする。


 カナミははっとした顔をする。つい本音が出てしまった。


『挑発応答は推奨されません』


「遅い……」


 アルトがじろりと睨んでくる。その目つきは鋭いのに、なぜか一瞬だけ、その奥に別の感情が混じった気がした。


 怒りではない。戸惑いに近いような、別の何か。

 けれど、こちらが考えるより早く、アルトは視線を逸らしてしまう。


「……帰れ」

「それは無理です」

「なんで」

「高額案件だからです」

「正直だな」

「生きるためなので」


 カナミは肩をすくめた。

 すると、アルトの指先がわずかに止まる。


 その一言に、何が引っかかったのかはわからない。ただ、向こうの空気がほんの少しだけ変わった。見間違いかと思うくらいの、小さな揺れだった。


 カナミはその隙を逃さず続ける。


「それに、昼間からそんなふうに飲んでると、みっともないですよ」

「……っ」


 今度こそ、はっきりとアルトが黙った。

 借金取りの女が目を丸くし、女主人も皿を拭く手を止める。


 カナミも、自分で少し驚いた。


 たしかに、そう言うのが最適だという感覚はあった。けれど、思っていた以上に深く刺さったらしい。アルトの横顔が、さっきまでの不機嫌とは違う種類の硬さを帯びている。


 青灰の目が、ほんの一瞬だけこちらを見る。

 その眼差しは、怒りより先に、どこかひどく遠いものを見た時のようなものを含んでいた。


 カナミはそこを見逃さない。


「じゃあ、今日は名前だけでも確認しましょうか。私はカナミです」

「聞いてない」

「でも覚えておいた方が、今後便利です」

「今後がある前提で話すな」

「ありますよ。私が諦めないので」


 その様子を見ていた借金取りの女が茶化すように言う。


「この子。あんたより強いんじゃない?」

「笑い事じゃない」


 アルトが心底嫌そうに言う。けれど、その声にはさっきまでの投げやりさとは別の色が混じっていた。完全に無関心なら、もっと適当にあしらうはずだ。苛立っているということは、こちらの言葉が届いている。


 つまり、まだ見込みがある。


【対象:アルト】

【接触継続:有効】

【継続接点:確保可能】

『深い拒絶では無さそうです』


 カナミは胸の中で頷いた。


 借金取りの女は最後にアルトを睨んでから、また来るからなと言い残して去っていった。酒場の空気が少しだけ緩む。


 そのあとに残ったのは、机を挟んだカナミとアルト、それに様子を窺う女主人だけだった。

 女主人がカウンター越しに声を飛ばす。


「嬢ちゃん、その人に期待するなら覚悟しときな」

「依頼を受ける時点で少しは」

「それじゃ、まだ甘いよ」


 それは嫌な忠告だった。

 アルトはそれを聞いて、苦々しそうに眉を寄せる。


「勝手に話を進めるな。帰れ」

「じゃあ今日は帰ります」

「……は?」


 予想外だったのか、アルトがようやく正面からカナミを見た。

 カナミはにっこり笑う。


「初日はこれで十分です。無理に詰めても効率が悪いので」

「効率……」

「では、また来ます」

「来なくていい」


 今日はここまでで十分だ。最初から押しすぎると、だいたい失敗する。小さく刺して、継続的に接点を作る。それが効率的だ。


「明日もちゃんとここにいてくださいよ」

「話を聞け」


 背中に飛んでくる声を受けながら、カナミは酒場を後にした。


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