表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『報酬:金貨』を狙ったはずが『報酬:一生の愛』ばかり来るんですけど!?   作者: 夜凪灯
第1章 貧民街の効率主義者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/9

第2話

 貧民街を抜けると、道の匂いが少し変わる。


 湿った木材と煤の匂いが薄れて、代わりに荷車の車輪が軋む音や、焼きたての肉を売る屋台の香りが混じりはじめる。石畳もいくらか綺麗になり、店先に並ぶ品の色まで、心なしか余裕のあるものに見えた。


 歩いて十分もかからない距離なのに、世界が入れ替わったみたいだった。


「ほんと、性格の悪い街」


 カナミは小さく呟く。


 貧民街では、朝のパンひとつで一日の計算が狂う時がある。けれどこちらでは、立派な外套を羽織った人たちが、昼前から果物や香辛料を気軽に買っていく。怒るだけ無駄だと知っていても、少しくらい皮肉を言いたくはなる。


 足早に通りを曲がって、ギルドの建物へ向かう。


 石造りの二階建てで飾り気はない。そして無駄に頑丈そうな扉の上には、剣と秤を組み合わせた紋章が飾られている。


 カナミは扉の前で一度だけ服の裾を整え、そっと息を吐いた。


 汚い格好だと軽く見られる。でも、背伸びしすぎても浮く。だから、できる範囲できちんとして見せるのがいい。


 そういう小さな積み重ねが、地味に響くのだ。


 扉を押し開けると、ギルドの中は騒がしさで満ちていた。


 依頼票の貼られた壁。長椅子に座る冒険者たち。受付前の列。誰かが報酬の安さに文句を言い、別の誰かがそれを笑う。酒場と役所を無理やり同居させたような空間が広がる。


 カナミは人の少ない端の窓口へ向かう。

 そこでは、受付嬢のリゼが書類の整理をしていた。


 彼女は髪を後ろでまとめ、落ち着いた雰囲気をまとっている。年はカナミよりだいぶ上だろう。派手さはないが、身なりはきちんとしていて、机の上も整っている。目元は少しきつく見えるが、不思議と話しかけにくい感じはしない。


 仕事のできる人間特有の、無駄のなさがあった。


「おはようございます」

「……おはよう」


 リゼは手元の書類から顔を上げ、カナミを見るなり少しだけ眉を動かした。


「朝から元気ね、あんた」

「当たり案件は早い者勝ちなので」

「言い方が露骨」

「本音を隠しても割増料金はもらえないでしょう」

「そういうとこよねえ」


 呆れたように息をつかれたが、追い払われはしない。


「今日は何を探してるの。雑務? 使い走り? 領地の見回り? それともまた、危なくなくて儲かる仕事だけくださいって言うの?」

「言います」

「でしょうね」


 即答されて、カナミはにっこり笑った。


「ある?」

「ない」

「夢がない」

「夢なら神殿にでも行きなさい」


 つれない。

 でも、やりやすい。


 曖昧に濁されるより、こうしてきっぱり返してくれる方が交渉はしやすい。カナミは窓口に軽く身を寄せた。


「じゃあ、現実的な範囲で一番マシなのを教えてください」

「注文の仕方だけは上手いのよね」


 リゼは書類をめくりながら、事務的な口調で言った。


「先に確認があるわ。今月の仮登録の延長はあと一回までよ。それと、保証金がまだ足りてない、紹介状もなし。これで合ってる?」

「はい、貧民街に厳しい現実が今日も元気です」

「貧民街に厳しいんじゃなくて、金のない人間に厳しいの。ギルドは平等よ」

「嫌な平等だなあ」

「仕組みなのだからしょうがないでしょ」


 そのまま、リゼは依頼票を何枚か引き抜いて机に置いた。


「仮登録だと受けられるのは低ランク中心。日雇い雑務、荷運び、清掃、使い走りが主ね。保証金が少ないぶん、報酬も低め。高額案件は持ち逃げや放棄の危険があるから、正式登録者か紹介付きに流れるわ」

「つまり、信用がないから薄利しか触れられない」

「そうね」

「でも薄利しか触れないと保証金が貯まらない」

「そうね」

「詰んでません?」

「最初からコネか金を持ってる人には優しくできてるわ」

「この街嫌いです」


 カナミがげんなりした顔をすると、リゼの口元が少しだけ緩んだ。


「でも、例外がないわけじゃない」

「例外?」


「人が嫌がる仕事。長続きしない仕事。面倒だけど成功すれば次につながる仕事。そういうのは、低ランクにも回ってくる」


 それは聞き捨てならない。

 カナミは机の上へ少しだけ身を乗り出した。


「そういう話、もっと早くしてほしかったです」

「今してるでしょ」

「素晴らしいですね、仕事が早い」

「……は?」


 するりと言葉が出た。


 別に嘘ではない。本当に、話の進め方が早いのだ。無駄に脅さず、変に引っぱらず、必要なことだけきちんと話す。こういう窓口は珍しい。


 リゼが一瞬だけ目を瞬かせる。


「なに急に」

「いや、こういうところって説明が長い人も多いじゃないですか。リゼさん、要点まとめるの上手いから助かります」

「……褒めても依頼の質は上がらないわよ」

「上がらなくても、話しやすくはなりますよね」

「ホント正直ねえ」


 口では呆れているのに、さっきより声が少しやわらいだ気がした。


 カナミはそこで、自分でも少し妙だと思った。

 今の言葉、考えて出したというより、相手が何を言われたら悪い気がしないか、その答えだけが妙にすんなり口へ出てきた感じがある。


 けれど、深く考えるほどのことでもない。営業用の愛想だって、繰り返せば身につく。


 たぶん、その程度だ。


「これと、これ。あと、これは条件だけは悪くない」


 リゼが三枚の依頼票を選り分けて前へ出す。


 荷運び、帳簿整理の手伝い、治療院の消耗品補充。どれも地味だが、堅実ではある。とくに最後の一枚は、報酬欄が少しだけ高い。


「これは?」

「本来なら経験者向け。でも危険性は低いし、真面目な人間なら回せる。あんた、手癖は悪くなさそうだから」

「信用されてる?」

「まだしてない」

「じゃあなんで紹介を?」

「期待値の先払いみたいなもの」


 その言い方が少し面白くて、カナミは小さく笑った。


「いいですね、それ。期待値の先払い」

「笑ってる暇があったら中身見なさい」


 素直に依頼票へ目を落とす。


 たしかに悪くない。少なくとも、さっきまで壁に貼られていた雑務票よりはましだ。報酬が跳ねるほどではないが、今日を赤字で終えずに済むくらいにはなる。


 ほんの少しだけ、彼女からの当たりが良くなった気がする。

 それが自分の会話のおかげなのか、リゼがもともと見せるつもりだったのかはわからない。


「……ありがとうございます」

「ちゃんとお礼は言えるのね」

「損しない範囲ですし」

「本当に徹底してるわ」


 リゼは書類を整えながら、ふっと肩の力を抜いた。

 その時、カナミは彼女の目の下に、ほんの薄く疲れがあることに気づいた。


「忙しいんですか?」

「ギルドはいつも忙しいわ」

「そうじゃなくて、いつもよりって感じがします」

「よく見てるのね」


 言われて、カナミは首を傾げた。


「見てるというか……なんとなく」

「なんとなくで当てられると、ちょっとやりにくいわ」


 そう言いながらも、リゼは少しだけ苦笑していた。


「朝から親戚のことでばたばたしてたの。身体の弱い子がいて、薬を依頼してるんだけど、付き添いの子まで慌てちゃって」

「大変ですね」

「まあ、慣れてるけど」


 その口調は淡い。けれど、本当にどうでもいいならわざわざ口には出さないだろう。

 カナミはほんの一瞬だけ考えて、言った。


「でも、気にかけてもらえてるってわかるだけでも、その子はだいぶ感謝してると思いますよ」

「……え?」

「薬そのものも大事だけど、ちゃんと見てる人がいると、けっこう安心するので」


 自分で言ってから、少し変なことを言った気がした。

 もっと軽く流すつもりだったのに、妙に真面目な言葉になってしまったのだ。


 けれどリゼは、しばらく何も言わなかった。

 それから書類を揃える手を止めて、小さく息をつく。


「……あんた、そういうの、さらっと言うのね」

「え、変でした?」

「別に。変じゃないけど……」


 その声は、少しやわらかかった。


 カナミは自分でもよくわからないまま、なんとなく喉の奥がむず痒くなるのを感じた。


「じゃあ、今日はこのへんで失礼します」

「ええ。くれぐれも無茶はしないこと」

「またそれ」

「貧民街の子って、できること以上をやろうとするから」

「それは偏見では?」

「経験則」


 リゼは依頼票を差し出しながら、最後にもう一度カナミを見た。


「……でも、まあ。あんたはちゃんと帰ってきなさい」

「仕事の心配ですか?」

「半分はね」


 残り半分は何だろう、と少しだけ思ったけれど、そこを掘るのは野暮な気がした。

 カナミは依頼票を受け取って、軽く手を振る。


「じゃ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 ギルドを出ると、外の光は入ってきた時より少し明るくなっていた。人通りも増えている。依頼票を見下ろしながら歩き出して、カナミはふと首を傾げた。


 さっきの会話がやたらスムーズだった。リゼさんが話しやすかったのもある。でも、それだけではない気がする。褒める言葉も、親戚の話への返しも、自分で考えるより少し先に、ちょうどいい形で口をついて出た。


 偶然、と言えば偶然だ。


 ただ、ひとつだけ確かなのは。


「……ちょっとだけ、話しやすくなった気はする」


 それは確かに、得だった。


 大きな報酬ではない。けれど、情報を引き出しやすくなるとか、少しだけ当たりの良い依頼票を見せてもらえるとか、そういう小さな差は、あとでちゃんと効いてくる。


 カナミは依頼票を折りたたみ、腰のポーチへしまう。


 その時、通りの向こうから慌ただしい声が上がった。


「待って! それ、返して!」

「誰か、その人を止めて……!」


 切羽詰まった女性の声。続けて、人混みがざわつく音。


 カナミは反射的に顔を上げた。


 遠くで、ひとりの女が何かの袋を抱えて走っている。追いかけるのは、顔色の悪い少女と、付き添いらしき女性。


 その光景を見た瞬間、さっきのリゼの言葉が脳裏をよぎった。


「……まさか」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ