第十三話 灰鐘は鐘ではない(3)
火床の反対側では、シェイラが明朝の呼び板に旅人たちの名だけを書いていた。
書いている間も、シェイラは休まなかった。
火床の薪が崩れれば立つ。
門で荷紐が切れれば結びに行く。
飲み水の桶が空けば、井戸へ汲みに行く者を呼ぶ。
書き終えると、シェイラは呼び板を膝に置いた。
夜半、小屋の板屋根を風が鳴らした。
小屋では、残ると決めた旅人たちが眠っている。
キアラも、薬箱を胸に抱いたまま壁際で眠っていた。
シェイラだけが呼び台のそばにいる。
上門の筒から、同じ低く鈍い音が響いた。
ごうん。
坂下の荷場の灰鐘が鳴り、続いて下門の灰鐘が鳴った。
シェイラの膝にある呼び板が、遅れて細く震える。
リュカは藁から起き上がり、寝ている者を起こさないよう小屋を出た。
呼び台まで歩き、声を落とす。
「あれは前から、人の代わりに帰りを決めていたのか」
「まさか。前は、塞がった道をほかの門や荷場へ知らせるだけだった」
シェイラは呼び板を指で叩いた。
「音を聞いた門は、まず荷を止めた。
どの道へ回すか考える時間を作るためにね」
「誰が残り、誰が下るかは、本人が決めてからこっちに書いてた」
「いつからだ」
「三日前」
シェイラは呼び板を膝に抱えたままだった。
「最初は、炭焼きの夫婦だった。
板に『帰り』と出て、腹を立てながら下の宿へ戻った」
「それで、二人はどうなった」
「半刻あと、二人が通るはずだった上の道で岩が落ちた」
「灰鐘の警告に従って、助かったのか」
「ああ」
シェイラは呼び板に目を落とした。
キアラ。
その横には「待ち」と書かれている。
「だから、キアラも帰すのか」
「分からない」
シェイラは上門の筒を睨んだ。
「あれが何を知ってるのかも、上の道で何が待ってるのかもね。
明日の朝、本人に聞く」
「また板に『帰り』と出て、本人が残ると言ったら、どうする」
「危ない道へは行かせない。下へ帰るかどうかは、本人が決める」
だが、呼び板の縁をつかむシェイラの指には、板の角が食い込んでいた。
翌朝、キアラは薬箱を抱え、呼び台の前に立った。
リュカは夜明け前に藁を束ね、火床番に返していた。
呼び板にはキアラの名があり、その横に「待ち」と書かれていた。
シェイラは板を持ったまま呼び台へ上がった。
「キアラ」
シェイラは名だけを呼び、キアラの返事を待った。
上門の筒が低く鳴った。
板の「待ち」が薄れ、代わりに「帰り」の二字がにじみ出た。
シェイラは奥歯を噛み、呼び板を台に伏せた。
「板に聞いたんじゃない。キアラ、あんたはどうする」
シェイラの手の下で、呼び板が細かく震えていた。
キアラは薬箱を抱き直した。
「薬を渡すまで、帰りません」
「受け取り手が来るまで、ここで待ちな」
シェイラはキアラの名の横にそう書いた。




