第十三話 灰鐘は鐘ではない(2)
火床番が壁際の藁束を抱え、門番は下り道から離れた。
キアラの寝床が決まると、リュカは門の外へ目を向けた。
門の外には、夕方に届いた薪車が一台残っていた。
片方の車輪が石の窪みにはまり、門番一人では動かせずにいた。
リュカは薪車の後ろへ回った。
「火床まで運べばいいか」
門番が綱を持ったまま振り向く。
「頼む」
「粥を一椀。
それと、朝までの藁をくれ」
シェイラが、薪車とリュカを見比べる。
「板屋根の小屋を使えるのも一晩だけだよ」
「夜明けには出る」
リュカが車輪の後ろに肩を当てる。
門番が綱を引き、二人で薪車を火床のそばにある薪置きまで運んだ。
車輪止めが石に噛むまで押してから、リュカは肩を離した。
火床番が、板屋根の小屋の端に藁を一束置いた。
薄い粥を二椀よそい、一椀をリュカに渡し、もう一椀をキアラの足元に置いた。
キアラは薬箱を抱いたまま座っていた。
箱は膝の上にある。
両腕は、薬箱を囲んだままだった。
粥は薄かった。
底に穀の粒が少し沈み、火床の煙の匂いが移っている。
それでも冷えた腹には温かい。
リュカは椀を両手で持った。
隣でキアラは、右手だけを薬箱から離そうとしていた。
指が箱の縁から浮く。
門番が上門の前を横切ると、キアラはまた箱をつかむ。
粥の椀は地面に置かれたままだった。
「食わないのか」
「食べます」
「箱を抱えたままじゃ、食えないぞ」
「知ってます」
キアラは薬箱を片腕で抱え直した。
椀へ手を伸ばす。
木箱が膝から滑り、慌てて両腕で受け止めた。
粥には届かない。
シェイラが空の木箱を一つ運び、キアラの隣に伏せて置いた。
「薬箱をこの上に置きな」
「食べている間だけ、箱を見ていてくれますか」
「見てるよ。だから食べな」
シェイラは伏せた木箱の隣に腰を下ろした。
キアラは薬箱と粥の椀を見比べ、薬箱を木箱の上に置いた。
手を離す。
離した手が、すぐ箱へ戻りかける。
それでも椀を取った。
椀を傾け、一口飲む。
舌に残った穀の粒を噛むと、煙の匂いの奥にかすかな甘みがあった。
飲み込んでから、箱を見る。
薬箱はまだそこにあった。
「何て名前だ」
リュカが聞いた。
「キアラです」
「荷運びは長いのか」
「二年です」
「その箱を一人で運ぶのは、初めてか」
「はい。初めて任された急ぎ荷です」
言ったあと、キアラは粥の表面に目を落とした。
「届けられなければ、次はありません」
「父親のためだけじゃないのか」
「父のためです。でも、私のためでもあります」
キアラは椀を置いた。
薬箱の底には、山番に受け取りの印を入れてもらうための薄い板が入っている。
「二年前、父に山の荷は任せられないと言われました。
腹を立てて、下の町で荷運びになりました」
「それで、父親の薬を自分で請けたのか」
「荷札に父の名を見つけて、私から頼みました」
キアラは薬箱の蓋に手を置いた。
「薬を届けたい。
それから、父に受け取りの印を入れてもらいたいんです」
「なら、どっちも諦めるな」
「簡単に言いますね」
「他人の荷だからな」
キアラはリュカを見て、眉間に浅い皺を寄せた。
板に「帰り」と出た時より、頬には血の気が戻っていた。
「あんたは何を運んでるんですか」
「針と糸」
「裁縫屋?」
「違う」
「じゃあ何です」
「旅人」
「それ、仕事じゃないでしょう」
「よく言われる」
キアラは小さく鼻を鳴らした。




