第五話 妖精に目を奪われる村(4)
乾いた木片が土を打つ。
束を抱えた女性が一歩引き、腕の中で穂先がばさりと乱れた。
「おい」
誰かが言った。
だが、台は倒れない。
脚が緩み、天板の片側が浮いた。
北畑へ向いていた顔が、ひとつ、またひとつと戻ってくる。
その傾きに、誰も束を載せようとはしない。
リュカは浮いた天板の端に手を掛け、反対側を顎で示す。
「持て」
「台を壊すのか」
「外すだけだ。入口に敷く」
ユラは顔をしかめた。
だが、さっき自分の目で留め金が戻るのを見たばかりだ。
肩をすくめて、天板の反対側を持った。
板は、見た目より重かった。
表はきれいに磨かれているが、天板そのものは厚い。
穀物袋を一度下ろすには足りる。
リュカとユラがそれを抱え、貯蔵庫の前のぬかるみへ運んだ。
朝露で、まだ土は柔らかい。
貯蔵庫へ入れる袋は、入口で一度下ろす。
底に泥がついていないか見るためだ。
いつもなら、入口脇の土で足りる。
だが今朝は、そこまで黒く濡れていた。
リュカは板を入口の脇に敷いた。
泥の上に、袋を下ろせる場所ができた。
だが、板は落ち着かなかった。
片方の角がぬかるみに沈み、反対側が少し浮いている。
カーラは思わず一歩出た。
「石をこっちに。四つ」
広場へ向かって言った。
「角に噛ませる」
広場の若い男たちが互いの顔を見た。
さっきまでなら、北畑の束を先に上げたかったはずだ。
けれど今は、飾り台の片側が落ち、その板を貯蔵庫の前へ持っていかれていた。
誰も、そこで笑えなかった。
村長が、少し遅れて言った。
「持て」
若い男たちは、広場の端へ置いてあった重石へ手をかけた。
飾り台の布を押さえるための石だ。
「それは布に使う」
村長の姪が言いかけた。
村長の妹が先に言った。
「布はあとでいい」
姪は口を閉じた。
朝、カーラに言われた一言を、妹はそのまま姪へ向けた。
子どもは一瞬、北畑を見た。
白いものを探す癖がまだ残っていた。
けれど、さっき小さい方の子が言われたことを覚えていた。
白いものではなく、止まった手を見る。
ユラとナモは、豆袋を抱えたまま待っていた。
「石をこっちへ!」
子どもが声を上げた。
若い男たちが重石を運ぶ。
子どもたちは、その後ろで小さい石を拾った。
濡れた石を胸で抱えると、服が黒くなる。
それでも皆で運び、板の角の下に差し込んだ。
リュカは板の下を見た。
泥の厚み。
石の位置。
人がいつも避けて通ってきた浅いくぼみ。
「まだ足りない」
リュカが言った。
「反対側にも」
もう一つ。
さらに奥へ一つ。
板の四隅が土から少し浮き、傾きが止まった。
泥水が縁まで上がらなくなった。
「いまなら置ける」
ユラとナモが、豆袋をそっと載せた。
板は低く鳴った。
だが、傾かなかった。
袋の底は泥に触れなかった。
カーラが袋の底を見た。
泥はついていない。
そこでナモが入口の石で靴裏をこすり、中へ入った。
ユラが外から縄を渡した。
二人は内と外で持ち直し、豆袋を入口へ通した。
カーラは石を一つ裏返した。
豆。
一つ目。
カーラはそこで初めて息を吐いた。
豆の石だけが、ようやく裏を向いた。
台の方へ行きかけていた人たちも、いったん足を止めた。
二つ目の豆袋は、誰も走らなかった。
麦袋で一度、袋の角が板の外へ出かけた。
「そこで止まれ」
今度はカーラではなく、村長が言った。
最後の枝を持ったまま、入口の横に立っていた。
ナモが板の端を見た。
袋の角が、泥の塊へ寄っていた。
ユラが足で払おうとして、カーラの顔を見た。
それから黙ってしゃがみ、手で泥を脇へ置いた。
指の間が黒くなった。
麦袋が入った。
石が裏返った。
最後の干しカブは軽かった。
軽いから、あとでいいと思われやすい。
カーラが石を指で押さえると、村長の妹が頷いた。
甥はその横で、扉の下に入れる乾いた草を選び始めていた。
カブも入った。
四つ目の石が裏返った。
広場から、村長の姪が桶を持って戻ってきた。
水はほとんど減っていない。
広場に使われる前に、桶だけ戻ってきたのだ。
「遅くなった」
「戻ったならいい」
カーラは桶の石を裏返した。
姪はそれを見て、短く息を吐いた。
カーラは入口脇に並んだ板を見下ろし、ようやく肩から力を抜いた。
今日やる順が、やっと土の上に並んだ。
ああ、とカーラは思った。
広場には脚だけになった台が残っている。
さっきまで、板も人もそこに集まっていた。
今はその板が入口脇にあり、人が貯蔵庫の前にいる。
四つの穀物袋が収まり、貯蔵庫の冷気が外へ流れた。
村長とユラが扉に肩を入れ、その冷気を押し戻した。
残っているのは、扉だけだった。
村長は細い枝をまだ持っていた。
最後、と書いた枝だ。
捨てるでもなく、隠すでもなく、左手の中で握っていた。
「左は俺が持つ」
村長は枝を握ったまま、自分から言った。
ユラが右扉へ回った。
村長の妹は下の石を足で避け、甥は選んだ乾いた草を腕に抱えた。
その動きを、子どもが二人、黙って追った。
今朝までなら、甥の言葉を笑って真似していた子たちだ。
けれど今は笑わなかった。
大人の口が止まれば、子どもの口も止まる。
広場で大声を出す人は、もういなかった。
誰も北畑を指ささなかった。
白いカボチャも、穂の先も、まだ朝の光を受けてきれいなのに、子どもたちまで入口のそばに残っていた。
カーラが貯蔵庫の扉の前へ戻った。
「今から閉める」
村長が左扉を押した。
ユラが右を引いた。
下の止め棒が入った。
そこまでは、もう迷わなかった。
上の留め金を、カーラが持ち上げた。
受け口の上に乗せる。
落とした。
かつ。
浅い。
さっきよりは深い。
だが、まだ最後まで行かない。
今度は誰もすぐには口を開かなかった。
皆は、鉄の先と自分の手元を見比べた。
さっきまでなら、ここで誰かが笑っていた。
また通った、と半ば癖で口にしていた。
けれど今は、皆、入口の前で自分の手を見ていた。
留め金は爪ひとつ分のところで止まった。
村長は枝を握ったまま動かず、ユラも肩を入れた姿勢で止まった。
もう誰も、それを「妖精」の方へ押しつけられなかった。




