第十四話 夜明け前に鳴るもの(10)
アシェルは、もう荷札を震わせず、低く鳴り続ける中央荷場の灰鐘を見た。
「あの板一枚で、これからも荷を止めるのか」
「板が鳴ったら、まず全員が手を止める。荷車も動かさない」
荷場番が答えた。
「それから、板を鳴らした者の話を聞く。歩けない者がいたら、行くか残るかは本人に決めさせる」
アシェルは、ひびの入った白い板を見た。
「それでも人は、今日のことを忘れる」
「忘れたら、また鳴らす」
サラは白い板を拾い上げた。
アシェルは、サラのもう一方の手にある新しい荷札を見た。
「立ち止まれば、失うものもある」
「止まらなかったら、何を失うか選ぶ時間もなかった」
サラは荷札を持ち上げ、「下の宿」の字をアシェルへ向けた。
それから、ひびの入った白い板を柱の釘に掛け直した。
アシェルは黒革の手袋を引き直し、北道へ向かった。
荷場を出るまで、一度も足を止めなかった。
昼前、サラは二つの薬箱を背負い紐にくくり、荷札を上の箱へ結びつけた。
踵には新しい布が巻かれていた。
下の宿までなら歩ける。
荷場番が白い板を柱の釘から外した。
太い横線の下に、炭で短く書き足した。
止めてから聞け。
板を柱に一度打ちつけ、革紐を釘に掛け直した。
乾いた音を聞いて、火床番は薪を石へ置いた。
水汲みの少年も桶を井戸端へ下ろし、荷場番はサラを見た。
「この板は中央荷場に置く」
「うん」
サラは板のひびを一度なぞった。
荷場番は火床脇の焚き付けから、平たい板切れを一枚抜いた。
白灰をすり込み、太い横線を一本引く。
その下へ、炭で「止めてから聞け」と書いた。
「それと、この見本を下の宿の荷場番へ届けて」
荷場番は板切れをサラへ渡した。
「今朝使った荷止め板の見本だ。向こうでも、これと同じ板を作ってもらいな」
「これも荷?」
「今日の三つ目の荷だ」
サラは白い板切れを薬箱の上にくくった。
板屋根の外で外套の留め具を掛けていたリュカへ、サラが声をかけた。
「あんたも下の町へ行くの?」
「ああ。下の宿までは一緒だ」
サラは荷場を出る前に、北道を見た。
「北へは行かなかった」
「そうだな」
サラは、薬箱に結んだ荷札に触れた。
「でも、鳴らしたのは私」
「そうだ」
サラは下の町へ続く石段へ足を向けた。
リュカは一歩遅れて、そのあとへ続いた。
サラが右足を引きずるたび、背の白い板切れが薬箱に当たる。
こつん。
一歩置いて、また、こつん。
鐘にはならない小さな音が、下の宿の方へ遠ざかっていった。




