第十四話 夜明け前に鳴るもの(4)
日が落ちる頃、三台目の下から咳がした。
同じ隊で一番若い荷運びが、車軸へ油を差していた。
若者が立ち上がる。
頬が赤い。
「熱があるんじゃないか」
荷場番が一歩近づくと、若者は首を振った。
「さっきまで火床のそばにいたからです」
「火床の煙で、そんな咳が続くか」
「朝には治まります」
サラは若者を見た。
彼が外れれば、急坂で四人が一つずつ背負うはずの塩袋が、一つ余る。
その一袋を誰が持つか決める時、まとめ役の目は、残る三人の足へ向く。
傷を見られれば、サラも外される。
「平気です」
若者より先に、サラが答えた。
「この人、昼からずっと働いてました」
若者が四人目に残れば、塩袋は一人一つで済む。
それなら、サラにもまだ北へ出る道が残る。
灰鐘の石縁で、アシェルが手袋越しに溝を撫でた。
中央荷場の灰鐘が低く鳴る。
若者が答えるより先に、その荷札も北行きの札になった。
サラは柱に掛かった白い板を見た。
それでも手を伸ばさず、「北」を伏せた自分の荷札を握り直した。
火床に夜の薪を足す前、北荷のまとめ役は、峠の急坂で荷車から降ろす塩袋を四人へ割り振った。
「塩袋を一つずつ。サラは布包みも持て」
「分かりました」
「峠の上まで止まらない。北風が昼から強くなる」
若い荷運びが、また咳をした。
まとめ役は若者の赤い頬と、サラがかばう右足を見比べた。
「二人とも歩けるのか」
「歩けます」
サラが先に答えた。
まとめ役はサラと若者を見比べた。
「朝、歩けない者は置いていく。途中で止まる方が全員を危なくする」
「歩けます」
若者も咳をこらえて続いた。
まとめ役が荷覆いを確かめに行くと、荷場番はサラのそばへ寄った。
「あの子の熱、分かってたね」
「荷運びは、あれくらいで休んでいられません」
「あんたの踵も?」
「同じです」
「同じにするな」
「あの子が外されたら、次は私です」
三台目の陰で、油差しが石に当たった。
若い荷運びの咳が途切れる。
*
火床に夜の薪を足す頃、アシェルは灰鐘の石段に腰を下ろした。
「なぜ、空欄の札には全部『北』と書く」
リュカは灰鐘の溝を指した。
アシェルは右の手袋を外した。
掌を横切る白い傷が現れた。
古い火傷の跡だった。
「灰鐘の知らせが六か所へ届いても、誰をどこへ出すかは決まらない」
アシェルは掌を火へかざした。
「一人ずつ返事を待てば、その間、六か所で荷が止まる。待てるのは、金と寝床のある者だけだ」
「だから、待てない人間の行き先を先に書くの?」
火床の向こうで、サラが顔を上げた。
「北荷は明朝に出る。先に四人揃えておけば、三台とも止めずに出せる」
サラは右の踵を火へ向けていた。
「私が歩けるかどうかも見ないで?」
「おまえは北へ行かなければ冬を越せない。答えは出ている」
「それは事情。私の答えじゃない」
板屋根の奥で、若い荷運びが咳を押し殺した。
サラはそちらへ目を向けた。
アシェルも同じ方を見た。
「それでも、おまえはあの若者を止めなかった」
「私に外せるわけない」
「だが、『平気です』とは言えた」
サラは右の靴紐を強く引いた。
アシェルは手袋をはめ直し、留め具を締めた。
サラも靴紐を締め直した。
アシェルは火傷を手袋で隠した。
サラも剥けた踵を靴の中に隠した。




