第十四話 夜明け前に鳴るもの(1)
結論から言う。
夜明け前、一人の荷運びが三台の荷車を止め、二つの嘘を自分の口で終わらせた。
灰鐘が出した答えを隠し、本人に尋ねる。それだけでは足りなかった。
その前日の午後、サラの荷札には、本人が行き先を答えるより先に「北」と書かれていた。
その札を腰に下げたサラは、右の靴から血をにじませ、北行きの荷車へ急いでいた。
上門を出たリュカが中央荷場へ入ったのは、日が岩壁に隠れる一刻前だった。
上門から下の町へ続く石段は、谷の途中で三つの大きな荷場を横切る。
その真ん中が、中央荷場だった。
三台の荷車。
板屋根の高さまで積まれた塩袋。
下の町へ返す空箱と、北へ運ぶ布包み。
荷場の中央には、上門で見たものより太い灰色の筒が立っていた。
六本ある灰鐘の一本――中央荷場の鐘だった。
リュカの前を、サラが右足を引きながら横切った。
腰の薄い木札には、名の下に「北」とある。
右足を下ろすたび、肩がわずかに跳ねた。
一歩。
二歩。
三歩目を踏み出す前に、リュカが行く手を塞いだ。
「止まれ」
サラは止まった。
右手だけが、荷車の革帯へ伸びたままだった。
「その足で北へ行くのか」
サラはリュカを見ず、腰の荷札へ目を落とした。
「どいて。私の荷です」
右の靴の下に、黒い染みが一つ残っていた。
水ではない。
「血が出てる」
塩袋を数えていた荷場番が、札束を腰へ差して近づいてきた。
サラが右足を引くと、荷場番の目が石床の染みへ落ちた。
「平気です」
「靴の中まで赤いのに、誰が信じる」
「明日の北荷から外されたら、次はありません」
灰鐘の石縁から、低く鈍い音がした。
サラの腰で荷札が震えた。
荷札の「北」が、上からなぞられたように濃くなる。
荷車のそばにいた男が「北」の字を確かめ、サラの塩袋を一台目へ積み込んだ。
サラは止めなかった。
灰鐘の根元に、黒衣の男が立っていた。
黒革の手袋をはめた指で、石縁の細い溝を撫でている。
「アシェル。まだ答えていない人間の札まで、先に決めるのか」
荷場番が聞いた。男の指は、溝を離れなかった。
「行き先の空いた札には、先に『北』と書く」
アシェルは、サラの荷札へ目を落とした。
「返事を待っていたら、朝までに北荷の人数が揃わない。迷った者から仕事を失う」
リュカは灰鐘の溝と、サラの荷札を見比べた。
中央荷場の灰鐘が、また低く鳴った。
少し遅れて、上門と下門の方角からも鈍い音が返った。
リュカは荷場番へ向き直った。
「明日の荷が出るまで、ここにいさせてくれ」
荷場番はリュカを頭から靴まで見た。
「何のために」
「朝、あの荷運びに北へ行くか聞く。行かないと答えたら、北荷から外すのか見届ける」
「見物人を泊める荷場じゃないよ」
「働く」
「何ができる」
「綱なら扱える」
荷場番は三台の留め綱を見た。
「なら、全部締め直しな。寝るのは、夜番の目が届く火床脇だけだ。朝は粥だ」
サラは荷札ではなく、自分の塩袋が載った一台目を見ていた。
「私、北へ行かなきゃ」
リュカはサラの荷札と、血のにじむ靴を見比べた。
行きたいのか。
行かなければならないのか。
札には「北」としか書かれておらず、まだどちらなのか分からなかった。




