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一宿一飯の魔法使い  作者: Sig
第二章 灰鐘編
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第十三話 灰鐘は鐘ではない(6)

 道は人一人が通れる幅しかない。

 左は岩壁。

 右手は、低い灌木の向こうが崖になっている。


 霧で石の印が見えなくなると、シェイラは岩壁に生えた苔の切れ目を目印に曲がった。


 キアラはそのあとを追った。

 薬箱を右腕で抱え、岩にぶつけないよう歩く。


「箱を寄こしな」


 シェイラが言った。


「嫌です」


「肩紐が切れてる」


「腕で持てます」


「上までずっとかい」


「持ちます」


「落とすよ」


「落としません」


 薬箱の角は腕に食い込み、指先は白くなっている。

 キアラは薬箱をさらに胸に寄せた。


「中に割れものはあるか」


 リュカが聞いた。


 キアラがリュカを振り返った。


「小瓶が二本。分かるんですか」


「音が違う」


 キアラが歩くたび、箱の中で布に包まれた小瓶がかすかに触れ合う。

 歩幅の広いシェイラが持てば、もっと強く揺れる。


「シェイラの歩き方では、揺らしすぎる」


「山道だよ」


「その歩き方じゃ、瓶が割れる」


「じゃあ、あんたが持てばいい」


 シェイラが言う。


「俺はもっと雑だ」


「役に立たないね」


「綱は持ってる」


 道が急に細くなった。


「ここだ。

 ニルスが足を取られたのは」


 春の水で端を削られ、土が半分落ちている。

 岩壁には古い鉄輪が一つ打たれていた。


 鉄輪の奥で、石をこするような低い音がした。

 足場の縁から砂がこぼれる。


 しばらくして、谷の下から上門の灰鐘が鳴った。

 さらに遅れて、坂下の荷場と下門が応えた。


 リュカは鉄輪に指を当てた。

 灰鐘が鳴り終えても、輪の奥には細かな震えが残っている。


 シェイラが片手を上げ、二人を止めた。


「ここから、箱を抱いたままでは通れない」


 残った足場は、靴一足分より少し広いだけだった。

 岩に身体をつければ渡れる。


 だが両腕で箱を抱いたままでは、壁をつかめない。


「灰鐘の警告は、正しかったんですね」


「危ないのは確かだね」


「でも、帰るかどうかまでは決めさせません」


 キアラは足場を見た。

 その下は霧で見えない。


 薬箱を抱く腕に、さらに力が入った。


「別の道はありますか」


「戻ればある」


 シェイラが答えた。


「一刻余計にかかる」


 日暮れまで、もう一刻も惜しかった。


 リュカは門の綱の端を鉄輪に結んだ。


「先にシェイラが渡れ」


「箱はどうする」


「渡すかどうかは、キアラが決める」


 キアラが首を横に振った。


「まだ渡しません」


「聞こえたよ」


 シェイラは細い足場の先を見た。


「私は向こうで待つ」


 リュカは綱を引いて、結び目と鉄輪の錆を確かめる。

 その指の下で、鉄輪がもう一度だけ震えた。


「箱を抱いたままでは渡れない。

 それだけは変わらない」


 キアラは薬箱を見た。

 それから、霧で見えない山番の小屋の方を見上げた。


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