4.自分自身が望むこと
医務室の診察場は三か所あり、全て横並びになっている。
大きな空間を壁で分けたような作りで、入口こそカーテンで目隠しされているものの、奥まで進めば仕切りはなく、どこの診察場にも行き来出来るようになっている。
これは壁側の薬品棚を利用しやすいよう、動線を考慮した結果だそうだ。
その中でイアンが腰を下ろしたのは、向かって右側の空間。滅多に使われず、ほぼ彼の作業空間と化した場だ。
その馴染みの場所で、彼はフォルスが書いた記録に目を通し、ニコの瞼に、首に、肩にと順に触れ、診察を進めていく。瞳を覗き、腕を上げさせ、あらゆる機能異常がないかを診る医師に、ニコも慣れたように応えていった。
イアンには、機関に来た頃から世話になっている。この健診も幾度も繰り返されてきた作業だが、彼が手を抜いたことは一度もない。流石だとしみじみ思いながら、晒した印に目を落とす。
「五級魔法までなら、連続使用でも熱傷はなし。……これ、休眠時間が短かったようだけど……発作はいつも通り、だったのよね?」
「はい、特に変化はありませんでした」
「……、それからはどう? 記録上は変わりないようだけど」
「そうですね……、何もなかったと思います」
眠る間寒そうな景色を見ていただけで、覚醒後は普段と同様に活動している。ニコも、胸に輝く師匠の印も、何ら異常は生じていない。
その事実を伝えれば、イアンはぴたりと手を止め、溜め息を吐いた。
「……次から休眠時間が短い時は、検証作業は一月延期。魔法の無駄遣いも勿論禁止」
「はっ、何故ですか……!?」
「あのね……、あなたもう感覚が麻痺してるけど、その発作で死ぬ人間もいるのよ。所見がないとはいえ、体が休めないのに負荷を掛けられるわけないでしょ」
「いえっ、ですが、その後ちゃんと眠れば……っ」
「じゃあアレの夜更かしには付き合わないのね? アイツがどれだけ研究を進めていようが横になって、次に実験場へ行くまでの六日の間で絶っっ対に、検証後の――三十六時間分の休眠も取るのよね?」
「そ、それは……」
出来なくはないが、多分そうしない。一度目覚めてしまえば、師匠のことが気になってしまって眠れないからだ。彼が他人に迷惑掛けていないかとか、そもそも食べているかとか。
「あたしはね、別に意地悪で言ってるんじゃないの。一日一時間早く寝る。それを一月続けられれば、発作の負担を癒すための時間に相当するの。本当は量より質を問うべきでしょうけど、何もしないで負荷を掛け続けるより余程ましよ」
「ぅぐ……」
「そもそもアレも、あたしと同意見でしょ」
ばさり、と音を立て、資料が机に投げ出される。
「あれだけやってた検証が、ぱったり止まってるんだもの。……まぁ、思うほど眠ってないし、魔法の使用制限も出せなかったみたいだけど」
――あなた、本当に魔法が好きだものね。
そうイアンに告げられ、ニコは今度こそ言葉を失った。
五級を五回で発作を起こした次の週。機関長から印の公表を命じられ、手続きや対応の検討などで検証作業が中止になった。
さらにその翌週は、四級魔法を一度使って胸部が発赤。師匠がとうとう来たと興奮し、身体状況の観察と考察で時間が潰れた。
そして先週は――。
『今週末は商会へ行くからな。魔力を使い切って発作を起こしたりするなよ』
預金と情報収集のため、二人で街へと赴いた。
(……私は、ずっと……、偶然だと……)
確かに、出来事自体は偶然だ。だが、ニコが一月近くも発作を起こさなかったのは、偶然などではないだろう。
週末を空けたければ、検証の日を前にずらせば良い。週の中日に行えば、休日前には目を覚ます。なのに師匠はそうしなかった。
彼自身が、それを望まなかったからだ。
きゅぅ、と唇を噛み締める。
きっと、この「偶然」がなければ、師匠は「理由」を作り出していた。検証を避け、弟子の関心を別のところへ向けただろう。そして恐らく、ニコはそれを疑問に思わなかった。
(どうして、……)
「――被験者を守るため。状況に応じた計画の変更が出来ているって評価しなきゃいけないんだけど……あなたはそうじゃないみたいね?」
「……」
やりきれない思いで俯くニコに、イアンは告げた。
「自分を大事にしないのはだめだって言ったでしょ」
「それ、でも……っ」
「でも、なに?」
「……っ……」
もどかしい、と思うのだ。
誰もが魔法を使える理由も、ニコの器官が壊れた原因も。
効率よく印を動かす方法も、彼の知識の再現も。
知りたいことも、成したいことも、彼には山のようにある。ニコはそのことを、誰よりもよく知っていた。
(死んでもいい、訳ではないです。ただ)
気づきたかった。彼の考えに。
そして出来るなら、大丈夫だと伝えたかった。
大丈夫だから、平気だから、止まることなく自由に進み、その手で望みを叶えて欲しいのだ、と。
何故なら。
「……わたし、は」
それを傍で見られることが、何より――。
口を開きかけたその瞬間、ばんっと大きな音がした。
読んで下さり、ありがとうございます!
ちょっと遅れてしまいました……すみません。
猫の日の活動報告で、久々に変態師匠が出現しました。久々すぎてセクハラが極まってます。




