3.いろんな意味で凄い人
昔々、老人のような白髪を持って生まれた少年がいた。彼はその変わった色を持つ故に、周りの男の子から虐められ、よく一人で本を読んでいた。
そんな彼に、ある日一人の少女が声をかける。優しく穏やかで、それでいて芯のしっかりとした女の子。
彼は毎日のように訪れる、その少女にいつしか恋心を――……抱くようなことはなく、何故か彼女のようになりたいと思ってしまった。
こうして『アン先生』が生まれることになったのだが。
「えぇと……、アンはやはりその、そちらの気持ちが……」
「分からなかったら言わないわ」
なら紛らわしい格好を止めてくれ。
そう思ったが、ニコは口には出さなかった。装いも恋愛対象も、本当は個人の自由なのだ。
「分かったらそろそろ診るわよ。あたしももう腹を括るから」
「はぅ……」
括らないで欲しい。外堀が埋められている気がして、ますます落ち着かなくなってしまう。でも万が一、何かが起きてニコが体調を崩すことがあれば、イアンが診るので止められない。
ぽてぽてと医務室の奥へ進む背を追いながら、溜め息を吐く。
すると廊下の端に、括られた紙束が置かれているのに気がついた。
「……今年、少ないですね」
「まぁね。その年は辞める人が少なかったし、ほとんどここには来なかったから」
あまり棚が空かないのよね、と呟く声に、ニコはちらりと医務室内の小部屋に目を向けた。その微かに開いた扉の隙間から、膨大な量の書類が棚に納められているのが見える。
それは全て、機関に所属する人間の診療記録だ。
医務室は毎年、部署毎に時期をずらして職員の健康状態を確認している。そして万一事故や急な疾病があれば、その記録を参照し診療を行うのだ。
ちなみに職員が退職すれば、記録は数年保管した後に、先程のように纏めて医務室側が責任を持って灰にする。
これらが医務室の基本業務なのだが、イアンはそれに加え、得た個人の状態を元に病を防ぐような生活も指導している。
疾病には治癒魔法が効かないものが多いからだ。
骨折などの外傷は、正しい位置に整えさえすれば――魔力はかなり使うが――きちんと完治させられる。
だが特に内蔵の、目に見えない部位の障害は魔法だけで治癒させることが難しい。何より、痛みを取る魔法は存在しない。
だから起こさないこと、悪化させないことが大事なのだと彼は言った。誰もが高度な魔法は使える訳ではない。けれど予防は誰でも出来るのだと。
強い言葉だ、とニコは思った。
信念と言い換えてもいいだろう。
そしてその思いに惹かれ、イアンの下についた少女をニコはよく知っている。
暴走しがちだが、真っ直ぐで憎めない。何より自分の力で運命に抗おうとしている逞しい子。
彼女に与えられた十級という、最も低い魔力量。それは他人の世話はおろか、自分の面倒も見られるような等級ではない。
軽んじられた事だろう。出来ないのだと否定され、笑われたこともあるだろう。それでも顔を伏せることなく、歩いている。
尊敬する、彼女の師の背を追いかけて。
(でも、私は……)
飴色を輝かせ、告げた言葉と願った想い。その熱に流され続けてきただけで、何かを成すことが出来ていただろうか。
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