1.そういう世界も世にはある
主の謀略には露程も気づかずに、ニコは助手の仕事と実験動物としての役目に追われ、週末を迎えた。
宣言からの二日間、師匠はいつも以上に弟子に魔力を注ぎたがり、若干鬱陶――いや、過保護過ぎたが、お陰で眠ってしまうこともなかった。
なので予定通り、ニコはフォルスと共に例の商会を目指して移動中だ。
妹君の『折角ですし、泊まりにいらして』との返事から、軽く身を整える品も持参している。
しばらく揺られた馬車を降り、とことこと主の隣を歩く。道すがら、ニコは彩り溢れる街並みを眺めた。
この国は、秋に建国祭というものを行う。
商業区はその大祭に乗っかろうと、早くから建物に装飾を始めていた。
休日ということもあってか、人の多い通りには出店もちらほら。
これが当日になると他国から来た露店も加わって、通りは年に一度の機会を楽しむ者で沸き、活気に溢れるのだ。
「楽しいか?」
ニコの隣から尋ねる声が降ってきた。
「常にない景色なので、つい目が行くのです」
事実を答えれば、主はそうかと言って可笑しそうに笑った。
「存分に眺めろと言いたいところだが……とりあえずは面倒事を済ませないとな」
今回は何をやらされるんだか、とぼやきつつも彼の機嫌は悪くない。
むしろ嬉しそうだ。
そんな横顔を眺め、ニコは前を向く主の視線を追いかけた。
煉瓦造りの建物が並ぶ中、遠くに一際出入りの多い場所がある。
さらにそこへと近づけば、灰白色の一軒の店が姿を見せた。
窓の縁には柔らかな曲線を描く細工がなされ、入り口の周りの壁は胡桃色に塗り変えられている。
掲げられた看板には優美な書体で店の名が刻まれていた。
いかにも女性受けしそうな建物の中は、外からも分かる程の賑わいだ。
商会は本日も繫盛しているらしい。
楽し気な客達と同じく、フォルスは色硝子のはめ込まれた重い扉を押し開けた。
ニコがそれに続けば、彼は並ぶ商品には目もくれず、迷うことなく奥へと進んでいく。
関係者以外の立ち入りを禁じる通路の手前、誘導係に手を振って、ニコは師匠と共にその向こうへと足を踏み入れた。
見えてきた木の扉を抜ければ、きらびやかな『表』とはうって変わって、簡素な作業空間が現れる。
そこでは裏方達が商会自慢の品を、最高の形で送り出すための準備をしていた。
(ここはいつも、厳選されていますね……)
品物も、人も、商会の所属であることを誇りにしているように思う。理想の職場とはこのようなところだろうか。
そんなことをぼんやりと考えつつ、フォルスについて階段を登り始める。
各階で扱う商品が変わるのを横目に見つつ、最上階へと辿り着くと――。
「久し振りだねぇ、我が愛息子よ」
手を広げた壮年の男性がいた。
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来週もお目にかかれるよう頑張ります!(*_ _)




