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勉学だけの陰キャは無能と言われていたが、ならば対処の復習も兼ね、復讐を始めようか。〜実は僕、凶暴なんです〜  作者: アルファベータ
中編

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第9話 血と憎悪の抗いの末に


「――ぁぁぁぁああ゙ッ」


 人間のモノとは思えない、獣の咆哮が廃資材置き場に轟いた。死の淵にいたはずのハルマの身体が、弾かれたように跳ね上がる。その手には、大河内から奪い取った泥塗れのナイフが握られていた。


「ッ――!?」


 蛇谷の冷酷な面に、初めて明確な驚愕が走る。ハルマは折れた右腕をだらりとぶら下げたまま、左手一本でナイフを狂ったように突き出した。


 全力を超えた、命の最後の灯火を燃やすような猛撃。蛇谷は咄嗟に上体を引いてかわすが、鋭利な刃先がその頬を深く切り裂き、鮮血が夜の闇に舞った。


「面白い……っ! 死に損ないが、本当に犯罪者になりやがった!」


 蛇谷の目が嗜虐的な歓喜に染まる。ここからは、小細工も法律も介在しない、本物の怪物二人の殺し合いだ。


ドカッ! ズシャッ!!!


 蛇谷の容赦ない拳がハルマの顔面を捉え、鼻骨が砕ける。しかしハルマは怯まない。痛覚などとうに焼き切れていた。


 ハルマは突き出された蛇谷の腕に噛み付き、肉を引きちぎらんばかりに顎に力を込めた。


「がっ……このクソガキが!」


 蛇谷がハルマを突き飛ばし、二人はうず高く積まれた鉄屑とコンクリート瓦礫の山――その頂上へと、互いの肉体を殴り、掴み合いながら泥泥になって登り詰めていった。


 一歩動くたびに、足元の廃材が崩れ、金属同士が擦れ合う不気味な悲鳴を上げる。


 ハルマの視界は完全に血の赤一色だった。肺は破れ、呼吸をするたびに血の泡が口から溢れる。蛇谷もまた、ハルマの執念のナイフとバールによって、全身数十箇所をズタズタに切り裂かれ、その仕立ての良い黒シャツは赤黒く染まりきっていた。


「死ねッ! 比良坂ァ!!」


 瓦礫の山の頂上。蛇谷がハルマの首を両手で掴み、そのまま窒息させようと全力を込める。ハルマの脳に酸素が行かなくなり、意識が急速に遠のいていく。


「ぁ……が…ッ…………」


 だが、ハルマの左手は、蛇谷の胸ぐらを掴んだまま離さなかった。


(殺す……こいつを……殺さなければ……俺が……美澄が……っ!)


 ハルマは最後の力を振り絞り、自らの身体ごと、蛇谷の巨体を横へと猛烈に押し込んだ。限界を迎えていた足元の廃材の山が、二人の体重に耐えかねて、凄まじい音を立てて崩落を始める。


「――しまっ――」


────────────────────


 蛇谷が危険を察知し、ハルマの手を振り払おうとした。しかし、ハルマの指は肉に食い込むほどの力で固定されていた。


 ガラガラと瓦礫が崩れるなか、二人はバランスを完全に崩し、高低差のある崖のような廃材の山から、真っ逆さまに落下していった。


 ハルマの身体は、途中のクッションとなった古い車のシートの上に叩きつけられた。


しかし、蛇谷の落ちた先は――最悪だった。


――グシャッ!!!!!


 夜の静寂を切り裂く、肉と骨が、鋭利な鉄筋とコンクリートの塊によって「完全に押し潰された」鮮烈な音が響き渡った。


 鉄屑の山の最下層。そこには、崩落した数トンもの瓦礫と、鋭く突き出た錆びた鉄パイプの群れがあった。蛇谷の身体は、その凶器の群れの真上へと、背中から垂直に叩きつけられたのだ。


 太い鉄筋がその胸腹部を容赦なく貫通し、上から降ってきた巨大なコンクリート片が、彼の右頭部と四肢を容赦なく圧殺していた。


「あ……、が……、……っ……」


 蛇谷の口から、信じられない量の鮮血が噴水のように吹き出る。パクパクと口を何度か開いた後、彼の冷酷だった目は大きく見開かれ、数回、痙攣するように手足を震わせた後――完全に、光を失った。


 あの街の暗部を支配していた圧倒的な怪物が、ただの、肉と血の泥人形へと変わり果てた瞬間だった。


静寂が、廃資材置き場を支配した。


 ハルマは車のシートから転がり落ち、冷たい泥の中に顔を埋めていた。耳鳴りが止んでいる。風の音も、遠くの街の喧騒も、何も聞こえない。


 まるで、世界全体の「時が止まった」かのような、圧倒的な静寂。ハルマは、ズタボロの身体を這わせ、蛇谷の死体の前へとたどり着いた。


 そこにあるのは、完全に潰殺され、ピクリとも動かない人間の死体。自分が、生き残るために、明確な殺意を持って「殺した」男の姿だった。


「あ……」


ハルマの口から、かすれた声が漏れた。


 その瞬間、止まっていた時間が、濁流のような圧倒的な現実となってハルマの精神に襲いかかった。


(俺は……何をした……?)


 頭の奥が、キィィィィンと狂ったような音を立てて鳴り響く。目の前にあるのは、自分が犯した「殺人」という、取り返しのつかない絶対的な過ちの証拠だった。


「あ、ああ……、あああああ……っ!!」


 ハルマは自分の血塗れの手を見つめ、激しく身体を震わせた。法律を学び、正義の側に立ち、あいつらクズどもを「正しいルール」で裁くハズだった。


 美澄を汚した奴らを見下し、自分は高潔な復讐者であるハズだった。


なのに、今、自分は何をしている?


 法の網を一線を越えて踏み破り、自らの手を血で汚し、人間を一人、この世から消し去ってしまった。


「嫌だ……違う、僕は……僕はあいつらを、正しく……っ!」


 ハルマは泥を掻きむしり、自分の頭を地面へ激しく叩きつけた。精神が、急速に歪み、崩壊していく。自分が一番軽蔑していた大河内たちと、今の自分は何が違うというのだ。


 暴力を振るい、他人の命を奪い、世界を破壊する。自分もまた、ただの、救いようのない「人殺しの怪物」に成り下がってしまった。


「美澄……美澄……っ! 俺は……僕はどうすれば……っ!!」


 激しい悔恨と、過ちへの嘆きが、血混じりの絶叫となって夜空に消えていく。


肉体の痛みなど、もうどうでもよかった。


 宿敵を倒したハズなのに、ハルマの心に残されたのは、爽快感など微塵もない、暗黒の深淵へと堕ちていく圧倒的な絶望と、狂気的な精神の不安定さだけだった。


「…………」


 血の雨が降るかのような錯覚の中、少年はただ、自らが犯した罪の重さに、狂ったように涙を流し続けるしかなかった。


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