表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勉学だけの陰キャは無能と言われていたが、ならば対処の復習も兼ね、復讐を始めようか。〜実は僕、凶暴なんです〜  作者: アルファベータ
前編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/9

第4話 歯止めのない復讐


 薄暗い旧校舎の階段踊り場。埃が白く舞う空間で、空気が一瞬にして凍りついた。


 ハルマがメガネを外し、胸ポケットに差したその瞬間、上田の背筋にドス黒い戦慄が走った。目の前にいる男の佇まいが、あまりにも劇的に変わり果てたからだ。


 背筋はすっと伸び、その佇まいはまるで、獲物を品定めする飢えた肉食獣のそれだった。


「お前……比良坂、なのか……?」


 上田の額から、タラリと冷たい汗が流れ落ちる。大河内グループの中で、上田は常に一歩引いて状況を観察する狡猾さを持っていた。だからこそ分かった。


 目の前の男が放っているのは、並の不良がハッタリで出す殺気ではない。本物の修羅場を潜り抜けてきた者だけが持つ、剥き出しの「狂気」だ。


「上田。君は佐々木よりは少しは頭が回ると思っていたけれど、やっぱり大河内のお零れを預かるだけの無能だったね。わざわざ僕と二人きりになれる、こんな人気のない場所に誘い込んでくれるなんて」


 ハルマの声は、低く、冷たく、そしてどこか楽しげに弾んでいた。一歩、ハルマが足を踏み出す。


 その瞬間、上田は本能的な恐怖に駆られ、反射的に右手を制服のポケットへと滑らせた。


「なめるなよ、ガリ勉がぁッ!!」


 上田がポケットから引き抜いたのは、金属製の折りたたみ式バタフライナイフだった。シャキイン、と鋭い金属音が静かな踊り場に響く。刃渡り数センチの鋭利な刃が、夕闇の差し込む空間で鈍く光った。


「あ?」


上田はニヤリと、引きつった笑みを浮かべる。


「おいおい、何が変わったか知らねえが、調子に乗るなよ? こちとらハッタリでナイフ持ち歩いてんじゃねえんだ。佐々木の腕をへし折ったのがお前だとしても、刃物相手に勝てると思ってんのか!?」


 ナイフという絶対的な優位性を得て、上田の口調に狂乱じみた余裕が戻る。だが、ハルマはその刃物を見ても、眉一つ動かさなかった。それどころか、彼の歪んだ唇から漏れたのは、心底狂おしいほどの「歓喜の笑い」だった。


「――銃砲刀剣類所持等取締法第22条違反。および、それを誇示しての脅迫。さらに、刑法第36条における『急迫不正の侵害』が、素手から『凶器を用いた生命の危機』へと格上げされた」


 ハルマの脳内で、冷徹な法律の条文が目まぐるしく回転する。だが、その冷徹な計算を、ドス黒い狂暴性が一瞬にして塗りつぶしていく。


(ナイフだ。刃物だ。あいつは俺を殺す気で、あるいは切り刻む気でそれを出した。だったら――俺がこいつの肉体をどれだけバラバラに破壊しても、それは『生命を守るためのやむを得ない防衛行為』として、より広い裁量が認められる……!)


「はは……ははははは! 最高だなぁ、上田!!」


 ハルマの口から、怪物じみた笑いが炸裂した。もはや仮面は完全に消滅し、中学時代に数々の不良を地獄へ送った「狂犬」の血が、限界突破して沸騰する。


「死ねやぁッ!!」


 上田が鋭い踏み込みとともに、ハルマの腹部を目がけてナイフを突き出した。上田のナイフ捌きは素人ではなかった。手首のスナップを利かせ、フェイントを交えながら最短距離で急所を貫こうとする。


 確実に対象を傷つけ慣れている、厄介な動きだった。しかし、ハルマの動体視力と戦闘直感は、それを遥かに凌駕していた。


(遅い。軌道が見え透いている)


 ハルマはあえて、自らの左腕の制服の袖を、ナイフの軌道へと滑り込ませた。チリッ、と鋭い痛みが走り、上着の袖が切り裂かれ、ハルマの左前腕の皮膚から赤い血が線となって噴き出す。


「もらったァッ!」


 上田が勝利を確信した瞬間、ハルマの目は冷酷に光った。


「わざと当たってやったんだよ。これで『凶器による傷害』の事実が既遂となった」


「なっ――!?」


 驚愕する上田の隙を、ハルマは見逃さなかった。切り裂かれた左腕をそのまま上田のナイフを持つ右手首に絡め、強引にその動きをロックする。


 そして、空いている右拳を、上田の顔面へ向けて最短距離で突き出した。


ドォン!!!


 人間の顔面を拳で殴ったとは思えない、肉と骨が激しく衝突する鈍い音が響く。ハルマの拳は、上田の鼻骨を正確に捉えていた。


「ぶふっ!?」


 上田の鼻から鮮血と鼻水が同時に噴き出し、激しい衝撃に脳を揺らされた上田の身体が大きくよろめく。


「カハッ、あ、ガ……ッ!」


「お前の厄介なところは、その小賢しさと、人を傷つけることに躊躇がないところだ。だから、徹底的にその自由を奪ってやる」


 ハルマは上田がナイフを手放す前に、その右腕を掴んで壁に押し付けた。そして、自らの肘を、上田の右肘の関節に向けて上から容赦なく叩き落とした。


ベキキッ!!!


「ぎゃあああああああああああッっっっ!???」


 踊り場に、佐々木の時以上の凄惨な絶叫が木霊する。上田の右肘は本来曲がってはいけない方向へと強制的に曲げられ、バタフライナイフがカランと音を立てて床に転がった。


しかし、ハルマの猛攻は止まらない。


 血管を巡る凶暴性が、「もっと壊せ」とハルマの理性を突き動かしていた。


「おい、上田。美澄を襲った時、お前はその長い足で、彼女の退路を塞いだんだよな? 逃げ惑う彼女を見て、楽しそうに笑っていたよな?」


 ハルマは上田の髪を掴み、その顔を覗き込んだ。上田の目は恐怖と激痛で血走り、涙で視界を濡らしている。


「ひ、ひい……た、助けて……大河内、大河内助け……」


「大河内は来ないよ。ここは誰も来ない、君たちが作った最高の無法地帯だからね」


 ハルマは冷酷に微笑むと、上田の長い左足を狙い、自らの踵を思い切り踏み下ろした。ターゲットは膝関節だ。


 ボキッ、という嫌な音がして、上田の膝が奇妙な形に折れ曲がる。


「あああああああッ!! あ、あ、足が、足がああぁぁッ!!」


 上田は床に崩れ落ち、のたうち回った。右腕も左足も破壊され、もはや立ち上がることすらできない。完全に「無力化」された状態だった。ここで止めれば、完璧な正当防衛で終わったかもしれない。


 だが、今のハルマの奥底で目覚めた獣は、それでは満足しなかった。


(足りない。美澄の受けた絶望、恐怖、未来を奪われた苦しみに比べれば、こんな肉体の破損くらい、生ぬるすぎる……!)


「ああああ!殺して……やる」


 ハルマの目に、狂気の色が濃くなる。彼は床に転がっていた上田のバタフライナイフを拾い上げた。


「ひっ……!? や、やめろ、それだけは、それだけは勘弁してくれ!!」


 上田は芋虫のように床を這い、必死にハルマから遠ざかろうとする。その顔は恐怖で完全に引きつり、失禁していた。


 ハルマはゆっくりと上田に近づき、その背中にまたがると、ナイフの刃を上田の右手の甲へと突き立てた。


グサッ。


「ぎゃあああああああああッ!!」


「この手で、彼女の服を破いたのか? この手で、彼女の身体を汚したのか?」


 ハルマはナイフをグリグリと肉の中で回転させる。上田の絶叫が旧校舎に響き渡るが、鉄筋コンクリートの壁がそれを吸い込み、外には届かない。


(あはははは! 壊れる、壊れるぞ! こいつらの傲慢な面が、絶望に染まっていくのが堪らなく気持ちいい……!)


 ハルマの心の中で、復讐の「爽快感」と、抑えきれない「凶暴性の快感」が完全に融合していた。ハルマはさらにナイフを突き刺そうとしたが、その時、脳裏に病院のベッドでガタガタと震えていた美澄の姿が過った。


『比良坂くんは、将来、素敵な社会人になるね』


 その幻聴のような声が、ハルマの暴走する右手を、ミリ単位のところでピタリと止めた。


(……いや、待て。ここでこいつを殺せば、あるいは再起不能の廃人にすれば、医学的所見から『防衛行為としての妥当性』を検察に否認される可能性がある。過剰防衛、あるいは復讐目的の傷害罪に問われれば、俺は美澄の側にいられなくなる)


 ハルマは荒い息を吐きながら、間一髪のところで理性の手綱を引き戻した。危なかった。凶暴性に呑まれ、せっかくの「知識の武器」を台無しにするところだった。


 ハルマは上田の身体からどくと、ナイフを上田の制服の生地で丁寧に拭き、上田のポケットへと戻した。


 そして、自分の左腕の傷を確認する。浅い。皮膚と脂肪層までで、大きな動脈は外れている。


 これなら「相手がナイフで切りかかってきたため、身を守るために応戦した」というストーリーに何の矛盾も生じない。


「……上田。君の治療費は、君の親が出すことになる。そして、君が持ち込んだナイフから僕の指紋は出ない。手袋は付けていたからな。君が僕を襲い、僕が必死に抵抗した結果、君の関節が『偶発的に』折れてしまった……そういうことになるからね」


 ハルマは胸ポケットからメガネを取り出し、再び顔にかけた。何から何まで彼は用意周到なのだ。


 レンズの奥の瞳は、またしても「無能なガリ勉」へと擬態を完了していた。


 床で血の海に沈み、意識を失いかけている上田を見下ろし、ハルマは静かに吐き捨てた。


「残るは、大河内。お前だけだな」



◇◆◇


 翌日。学校は前日以上の大騒ぎになっていた。今度は上田が、旧校舎の階段で「全治数ヶ月の重傷を負った」というニュースが駆け巡ったからだ。


 上田の右腕と左足は粉砕骨折しており、精神的にも深いトラウマを負って、まともに会話ができない状態だという。


 クラスの誰もが恐怖に怯えていた。二日連続で、クラスの権力者だった不良が凄惨な目に遭っているのだ。


 そして、その恐怖を一番生々しく感じていたのは、他ならぬ大河内だった。


「クソが……何が起きてやがる……!」


 昼休みの教室。大河内は自分の席で、爪を血が出るほど噛み締めていた。佐々木がやられ、上田までもが壊された。


 しかも、上田の現場からは、上田自身のナイフが見つかっている。警察は大河内にも事情聴取をしたが、大河内は何が起きているのか本当に分からなかった。


(まさか……あの陰キャの比良坂がやったのか? いや、あり得ねえ。あんなノートを取るしか能のないゴミに、佐々木や上田がやられるはずがねえ。だが、あいつらが消える直前に関わっていたのは、間違いなく比良坂だ……)


 大河内はギロリと、教室の隅で静かに参考書を読んでいるハルマを睨みつけた。ハルマはいつも通り、怯えたように背中を丸め、周囲の騒ぎにビクビクしているように見える。


 大河内は立ち上がり、ハルマの机を激しく蹴り飛ばした。


バンッ!!!


「ひっ!? な、何、大河内くん……?」


 ハルマがわざとらしく椅子から転げ落ち、メガネをズラしながら大河内を見上げた。


「てめえ……比良坂。お前、何か隠してんだろ? 佐々木がお前に金を取りに行った後、佐々木は消え、更に上田までボコボコにされてた。お前、誰かヤバい奴でも雇ってんのか!?」


 大河内がハルマの胸ぐらを掴み、怒鳴り散らす。教室内が静まり返り、全員の視線が集まる。ハルマは涙目を浮かべながら、必死に首を振った。


「し、知らないよ! 僕は、お金を渡そうとしたけど、二人は急に怒り出して……僕は怖くて逃げ出したんだ! 本当だよ、信じて大河内くん!」


 その完璧な「弱者の演技」に、大河内は逆に底知れない不気味さを感じた。


 こいつは本当にただの陰キャだ。だが、何かがおかしい。背後に誰かプロのバックがついているのか、それとも――。


 大河内はハルマを突き放すと、忌々しげに吐き捨てた。


「チッ……もういい。お前がどんな細工をしてようが、関係ねえ。お前がその気なら、こっちにも考えがあるからな」


 大河内はスマートフォンを取り出し、ある番号へと発信しながら教室を出て行った。その背中を見送りながら、ハルマは床に落ちたメガネを拾い上げ、ゆっくりと不敵な笑みを浮かべた。


(最後まで泳がせてやるよ、大河内。お前がどんな悪あがきをするか、見ものだな)


 しかし、ハルマはこの時、まだ知らなかった。追い詰められた大河内が呼び出そうとしている存在が、「手強き捕食者」であることを。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ