最終話 贖いの果てへ
その判決には自然と納得できた。
「主文。被告人を懲役2年6か月に処する」
裁判長が厳かに読み上げた判決の響きに、法廷内を埋め尽くした傍聴人たちの間に、微かな、しかし決定的な動揺が走った。
進学校の優等生による凄惨なリンチ殺人事件――世間がそう騒ぎ立てた事件の裏にあったのは、あまりにも凄絶な闇だった。
大河内たちによる美澄への悪魔的な所業、そして蛇谷が属する非合法組織の圧倒的な無法の暴力。
それらに極限まで追い詰められ、命の危機に瀕した少年が、自らと愛する者の尊厳を守るために過剰防衛に及ばざるを得なかったという真実。
三島弁護士が法廷で一つ一つ白日の下に晒したそれらの事実は、裁判官たちの心を動かすに十分な情状酌量の余地を示していた。検察側が求刑した長期の刑期は大きく退けられ、下されたのは2年6か月という、犯した罪の重さと少年の背景を最大限に考慮した判決だった。
ハルマは、その判決を静かに受け入れた。
自分の手は、明確な殺意と暴力によって血に汚れてしまった。人が人を殺めるという一線を越えた以上、どんな理由があろうとも罪は罪だ。
2年6か月という時間は、自らが犯した取り返しのつかない過ちを背負い、贖うための、当然の、そしてあまりにも慈悲深い執行の猶予のようにも思えた。
閉廷後、手錠をかけられたハルマの前に歩み寄った三島が、静かに語りかける。
「比良坂くん。これで全てが終わったわけじゃない。これからが、君にとっての本当の償いの始まりだ」
「はい……。三島さん、本当に、ありがとうございました」
ハルマは深く頭を下げた。ただの怪物として闇に葬られるはずだった自分を、法の支配する世界へと繋ぎ止めてくれた恩人へ、心からの感謝を込めて。
だが、安堵の念とともに、ハルマの胸を突いたのは猛烈な自己嫌悪と羞恥だった。
(だけど……やっぱり、僕には美澄に合わせる顔なんて、どこにもないな……)
彼女を汚した奴らを見下し、自分は高潔な復讐者であるはずだったのに、結局は自分が一番軽蔑していた大河内たちと同じ暴力に身を委ね、人殺しの怪物へと成り下がってしまったのだ。
あんなに清らかで優しかった美澄の前に、こんな血塗られた両手を突き出して、一体どんな顔をすればいいというのか。
ハルマは、美澄には何も告げず、ただ一人で静かに贖罪の地へと赴こうと決めていた。美澄の未来から、自分の存在を消し去ることこそが、せめてもの誠意だと信じて。
そんなハルマの葛藤を見透かしたように、三島がポケットから一枚の紙切れを取り出した。
「比良坂くん。君は一人で行くつもりかもしれないが……美澄さんから、最後にどうしても君に会いたいと、病院を通じて連絡があったんだ。特別に、移送される前に面会の時間が許された。行きなさい」
「美澄が……?」
用意された薄暗い面会室の、透明なアクリル板の向こう側。そこに、南雲美澄は座っていた。
かつての輝きを失い、どこか虚ろで、細くなってしまった身体。それでも、ハルマが部屋に入ってきた瞬間、彼女の瞳に、微かな、しかし温かい光が灯った。
「比良坂くん……」
アクリル板越しに、美澄の震える声が響く。ハルマは自分の血に汚れたように思える手を隠すように、強く拳を握りしめ、俯くことしかできなかった。
「美澄……ごめん。僕は、あいつらを許せなくて、正しいルールで裁くって約束したのに……結局、一線を越えて、人殺しになっちゃったんだ。君を助けるためなんて言い訳をして、ただの怪物に成り下がった。こんな僕、もう君に会う資格なんて――」
「ううん、違うよ、ハルマ」
美澄がハルマの言葉を遮った。彼女の目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
「私のために、そこまで傷ついてくれて……苦しんでくれて、ありがとう。ハルマが私のために命をかけてくれたこと、私、絶対に忘れない。でもね、もう自分を責めて泣かないで」
美澄はアクリル板に、そっと自らの右手を重ねた。まるで、ハルマの凍りついた手を包み込むように。
「私もね、いつまでもこの暗闇の中に閉じこもってちゃいけないって思ったの。ハルマが戦ってくれたから、大河内たちも、あの怖い人たちも、もう誰も私を脅かさない。だから……私も、自分の心をちゃんと治す。前を向いて、歩けるようになる。だからハルマも、その場所で頑張って」
美澄は、涙を流しながらも、ひまわりのように優しく、強く微笑んだ。
「それまでに、立派になってね。……待ってるよ、ハルマ。今度は二人で、正しい光の中で生きようね」
「美澄……っ、美澄……っ!」
ハルマはアクリル板に頭を押し付け、声を上げて涙した。その涙は、あの廃資材置き場で流した、絶望と狂気の涙ではなかった。己の犯した過ちへの深い悔恨と、それでもなお自分を信じ、待っていてくれる少女への、溢れんばかりの愛おしさと、小さな、しかし確かな『救済』の涙だった。
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「勉学だけの陰キャは無能と言われていた」
──ああ、確かにあの頃の僕は無能で、無力で、美澄が傷つけられるのをただ見ていることしかできなかった。
「ならば対処の復習も兼ね、復讐を始めようか」
僕はあいつらを、この世界のクズどもを社会的に、そして肉体的に排除するために、自らの血に眠る『凶暴さ』を解き放った。
一線を越え、悪魔になり、文字通り命がけの復讐を遂げた。
だけど――僕の本当の『復讐』は、ここから始まるんだ。奪われた僕たちの時間を取り戻すため。美澄と共に、今度こそ誰も傷つけない、誰も脅かされない『明るい未来』を築くため。
僕はもう一度、人間としての正しさを、法律を、優しさを、この場所で死ぬほど勉強し直した。
過去の過ちへの「対処」を胸に刻み、未来を生き抜くための、人生の『復習』を。
――さあ、始めようか。




