第七章 5「来訪者」
翌朝。
俺は珍しく、少し遅めに目を覚ました。
昨日は色々ありすぎたからな。廃坑での一件に、ギルドでの事情聴取。おまけに魔女との密会まであった。
肉体はそうでもないが、精神的に相当疲れていたらしい。
まあ、鎧を着たまま寝ていたせいで、身体の節々が痛いんだが、すぐ治るのも慣れてきた。
「……腹減ったな」と起きたら、とりあえず朝飯だ。
俺は宿屋の広間へ降りると、空いている席を適当に陣取った。
注文したのは、安めのパンとスープ。焼いた卵の目玉焼き?にベーコンみたいな薄れの肉を焼いたものを3切れ。
腹に入ればなんでもいいが、なんだかこう朝食を堪能したくなったのもある。
俺は兜をずらして、口だけ露出させる。そのままちぎったパンを口へ運ぶ。
「……うん。硬いな」
まあ、日本のようなパンではないことはわかってた。こんなもんだろと予想の範疇であった。そう思いながらパンを齧っていると――
「……すみません」
「ん?」
次のちぎったパンを口へ運ぼうとして、不意に声を掛けられた。
俺が後ろを振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。
……誰だ?
年の頃は、俺よりかなり下に見える。アリサぐらいの歳だろうか。
幼さの残る顔立ちに、藍色と灰色が混ざった髪。
その前髪は片目を隠すように垂れていて、いわゆるメカクレというやつだ。
服装も普通の冒険者とは少し違って、かなり機能性重視に見える。
腰、というより背中全体には折り畳まれた弓を背負いって、矢筒も見える。
森の中で獲物を追いかける野伏――そんな言葉がよく似合う格好だった。
「……おへに、にゃにか?」
「少し、話をしたい」
「……別に構わねえけど」
口の中でパンを咀嚼し、全部飲み込んでから、俺は周囲を見回した。
他にも空いている席はいくらでもある。
「座ったらどうだい?立ち話もアレだろう」と俺が向かいの席を指差し、勧めた。
少女はそちらを見るが、そして、ほんの少しだけ首を傾けた。
「……そちら?」
「ん?ああ。空いてるだろ?」
「……嫌」
「ん?」
少女は首を横に振って、俺の隣を見た。
「こちらがいい」そう言って――
壁と俺の間、つまり隣にねじ込むように腰を下ろした。
「……」
はて、なんでだ?
普通、初対面の相手なら向かいに座るもんじゃねえのか?
俺はパンを齧りながら、横目で少女を見る。
すると少女は特に気にした様子もなく、俺の方を向いた。
「それで、俺に何の用?」
「加入したい」
「……何に?」
「パーティー」
「…………はい?」
俺はパンを噛むというより奥歯で砕いて、飲み込む。
「俺たちのパーティーってこと?」
「そう」
「……ごめん、まだ正式に組んでねえから、その」
「知ってる」
「……なんで知ってる?」
「昨日、見てたから」
「見てッ……?」
どこで知ったのか、少女は躊躇わず、即答だった。
俺は怪訝そうに眉を顰めて、少女をじっと見る。
少女も、何も気にせず堂々と俺を見る。
……なんだこいつ。
俺が視線を向けてプレッシャーかけても、表情がほとんど変わらねえ。
ただ、隠れていない方の目だけが、妙に真っ直ぐだ。
「名前は?」
「名前?自己紹介ってこと?」
「ああ。俺は君のことを何も知らない。そんな相手を、はいそうですかと仲間に入れるのも、ねえ?一応リーダーに紹介する際に必要だろ?」
「……なるほど」
少女は少し考えるように黙った。
「では、己から」
「お、おう。」
「己はニオン」
そこは普通「私」じゃねえのか。出会ったばかりで、この子も癖が強いなあ。
「己は――」
少女は淡々と自分のことを話し始めた。
名前はニオン。歳は聞かずに、早速だが冒険者としての経歴を聞かせてもらうことにした。だが――
「シルバーランク」
「……はい?」
「シルバーランクの冒険者」
その言葉に、俺は固まった。
「ちょっと待って?ストップ」
「何?」
「シルバーって……あのシルバー?」
「他にある?」
「いや、ないけどさ」
俺は確かめるように、もう一度少女を見た。
幼い顔にメカクレ。背負った折り畳み式の弓。そして――シルバーランク。
この冒険者という制度の中で、シルバーランクといえば冒険者ランクの序列で第三位。
俺たちウッドランクからすれば、明確に格上だ。
「……シルバーの君が、ウッドのパーティーに入りたいって?」
「そう」
「一応聞くけど、なんで?」
「入りたいから」
「あの、理由を」
「言ったよ」
「……」
俺が困ったといえば、少女は少し考えた。
そして、俺を見る。
「では、理由を言う」
「おお」
「ヴァル、貴方がいるから」
「…………」
俺は口にしていたパンを吐き出しそうになるのを、なんとか飲み込んだ。
「……俺?」
「そう」
「なんで俺?」
「それは――」
少女は一度、俺の方を見て、 そして、ほんの僅かに目を細めた。
「秘密」
「え?」
「秘密は、秘密」
理由は秘密。そう淡々と言い切りやがったよこの子。
俺は思わず頭を抱えたくなる。
昨日、パーティーを結成したばかりで、まだ正式な手続きすら済ませていない。
そこへシルバーランクの冒険者が現れて、俺目当てで加入したいと言ってくる。
怪しすぎるし、魔女の件もある。
この少女まで何かの仕掛けじゃないだろうな?
「……まあいい」と俺はパンを皿へ戻した。
どうせ決めるのは、リーダーだ。任せよう。そう思えば、彼女に素直に伝えた。
「少なくとも、俺一人で決めることじゃねえ」
「そう」
「ボック先輩たちが戻ってくるまで待ってくれ」
「わかった、じゃあ近くで待たせてもらう」
「……お好きにどうぞ?」
そう言ってニオン、は俺と同じメニューを注文した。
「情報収集だ」
「何の?」
「あなたの」
少女は小さく頷いたが、その少女体型で俺と同じ量を食うのか……
「では、いただきます」
「……どうぞ?」
こうして俺は、共に朝飯を食いながらシルバーランクの謎の少女と、ボックたちの帰りを待つことになった。
しかし――どうにも、この少女。
妙に俺のことを見ている気がする。
いや。気がする、じゃない。
明らかに見ている。
……一体、何者なんだ?
♢
それから、しばらくしてから皆が帰ってきたようで、宿屋の入口から、聞き慣れた声が響いた。
「おーい、ヴァル兄!」
俺が振り返ると、ボックたちが戻ってきたところだった。
「おう、先輩。お帰り」
「ただいま……って」
ボックが俺の隣を見る。そして、固まった。
「……誰?」
「私もそれ、気になってたっス」
メライもボックの後ろから顔を出し、ニオンを見る。
ロロも少し遅れて入ってくると、同じように首を傾げた。
「ヴァルさん、その子は?」
「まあ、とりあえず適当なとこに座って聞いてくれ」
俺は席を立って、改めてニオンを紹介した。
「この子はニオン。さっき……そう、さっき俺に声を掛けてきた」
「初めまして」
ニオンは小さく頭を下げた。
「ニオンです」
「それで、何の御用でヴァルさんに?」
ロロが尋ね、俺はニオンに指で合図を送った。
すると、彼女は特に気にした様子もなく答えた。
「加入したい」
「……加入?」
それを聞いたボックが聞き返すと、ボックもニオンに尋ねた。
「俺たちのパーティーに?」
「そう」
ボックの問いに、ニオンは頷く。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
ボックが慌てて俺を見る。
「ヴァル兄、どういうことなんだ?」
「それが俺もよく分からん、後なんだヴァル兄って」
「いいじゃん別に。それにしても分からんって……」
「朝飯を食ってたら、いきなり加入したいって言われた」
「いきなり!?」
「いいか?驚くなよ?この子――」
俺は一拍置いてから言った。
「シルバーランクだ」
「…………」
「…………」
「…………え?」
3人のうち、ボックだけが反応を示して、間の抜けた声を出した。
「シルバー、ですか?」
続いてロロも目を丸くする。
「シルバーランクの冒険者って、あの?」
「そうっスよね? 序列三位の?」
「そのシルバー……らしい」
俺が答えると、三人ともニオンを見る。
ニオンはというと、俺が食べずにいたパンを食べていた。
「……なんで?」
メライが思わず呟く。
「どうしてシルバーランクの人が、ウッドランクの私たちに?」
「……加入したいから」
「いや、だから理由を――」
「ヴァルがいるから」
「……はい?」
今度は全員が俺を見る。
「なんで俺を見るんだよ」
「いやいやいや!ヴァルさん、どういうことっスか!?」
「そいつは俺が聞きてえよ」
思わず声を荒らげる。
「俺だって今朝初めて会ったんだぞ!」
「初対面?」
「そうだ」
俺が答えると、ニオンが口を挟んだ。
「正確には、昨日から見ていた」
「それ、余計に怖いから、言うのやめような?」
俺が遠慮して欲しくて突っ込むと、ニオンは首を傾げた。
「怖い?」
「怖いよ」
「そう」
……気にしてねえ。
ボックが頭を抱える。
「ええと……ニオンさん」
「ニオンでいい」
「じゃあニオン。どうして俺たちのとこなんだ?」
「ヴァルがいるから」
「それはさっき聞いた」
「なら、説明は終わり」
ニオンはパンを食うことに戻る。
「ちょっ、えぇ……〜?」
ボックの勘弁して欲しそうなか細い声が空虚に消える。
メライが口元を押さえて笑っているが、好意的に見ていいのだろうか。
「ヴァルさん、面白い子っスね」
「面白がってる場合か?あと一応先輩だぞ?ニオンは」
「でも、どうするんスか?」
メライが俺たちを見る。
「シルバーランクって、普通に考えたら凄い戦力っスよ?」
「それはそうだが……」
ボックはニオンを見る。
「俺たちはまだウッドランクだぞ?」
「知ってる」
「それでも?」
「問題ない」
「……」
ボックは困ったように俺を見る。
その視線だけで、何を言いたいのか分かった。
「先輩」
「ん?」
「決めるのはリーダーたる先輩に任せるよ。皆もそうだろ?」
俺がメライとロロに問えば、二人とも頷いてくれた。
「……そうだな」
ボックも分かったようで、少しだけ背筋を伸ばした。
昨日までなら、こういう時に俺や皆へ判断を投げていたかもしれない。
だが、今は違う。
俺たちのリーダーはボックだ。
「ニオン」
「はい」
「俺たちのパーティーに入りたいっていうのは、本気なのか?」
「本気」
「後悔しないか?」
「しない」
「俺たちはまだ駆け出しだ。依頼だって、これからどうなるか分からない」
「構わない」
「……」
ボックはしばらく考え、そして、俺たち三人を見る。
メライは乗り気であり、ロロは小さく頷いた。
最後にボックは俺を見る。
「ヴァル兄は?」
「俺?」
「ああ。ヴァル兄はどう思う?」
俺はニオンを見る。
相変わらず、何を考えているのか分からない顔。
俺を見ている……いや、見すぎだろ。
こいつの目的が何なのか、俺にはまだ分からない。
魔女の件もあるし、加入も昨日の今日だ。
こんなタイミングで現れたシルバーランクの冒険者を、無条件で信用するなんて無理な話だ。
だが――
「……ひとまず、いいんじゃねえか?」
「ヴァルさん?」
「もちろん、俺はまだ信用してない」
「……そこはハッキリ言うんスね」
「だって見るからに怪しいだろ」
俺がそう言うと、ニオンは小さく頷いた。
「信用しなくていい」
「……え?」
「これから、あなたの信用を得ればいい」
「……」
なんだろうな。その言葉だけは、妙に真っ直ぐだった。
「まあ、そういうことらしい。本人がそう言ってる、俺は断る理由はないな」
俺はボックの背中を押してやることにする。
「先輩がリーダーなんだ。最終的には先輩が決めればいい」
「……分かった」
ボックは一度息を吐き、ニオンへ向き直った。
「ニオン」
「はい」
「俺たちのパーティー――紅の剣に、加入してくれ」
「分かった」
ニオンは頷いた……本人がアレな分、随分あっさりだな、おい。
「ただし!」
ボックが人差し指を立てる。
「俺たちはまだ出来たばかりだ。これから色々と決めることもある。もし問題があったら、その時はちゃんと話し合おう」
「了解」
「あと、ヴァルだけを見てないで、ちゃんと俺たちとも話してくれよ?」
「善処する」
「善処なんだ……」
ロロが苦笑していたが、メライはニオンを見ながら、楽しそうに笑っていた。
「なんか一気に賑やかになったっスね」
「そうだな」
俺もその点は苦笑しかない。
昨日、四人で結成したばかりのパーティー。
それが一夜明けたら、シルバーランクの少女が一人増えた。
……なんだこれ。
「というわけで、よろしく。ニオン」
「よろしく」
俺が手を差し出す。
ニオンはその手を見て、少しだけ目を細めた。
そして――俺の手を両手で包むように握った。
「……よろしく、ヴァル」
「お、おう」
なんだ?今、ほんの少しだけ嬉しそうだったような……気のせいか?
こうして俺たち――紅の剣に、新たな仲間が加わった。
ただ。俺にはまだ、一つだけ分からないことがある。
ニオンは一体――《《俺の何を知っている?》》




