第六章 4「絶対失敗を知らぬ変数」
「ボックさん!」
メライが声を張り上げて、メライの後方へ飛んでいったボックへ呼びかけた。
殴り飛ばされたボックはフロアの壁と激突し、血反吐を吐いて呆気なく地面に落ちた。
「なんだありゃ……」
倒れていたロロを背負った俺は、ボックに近寄ってから岩グモの方を見て呆気に取られていた。
ロロの雷撃とボックの戦技、確かに倒したはずの岩グモの頭から奇妙なものが生えていた。
無機質な岩グモの身体と違い、黒ずんだ肌に明らかな人型の上半身。反響するように喉奥から漏らす唸り声、凶悪な豚ヅラのオークが岩グモの頭上に鎮座していた。
「オークカーストってそういうことかよ」
岩グモと対峙した際に視認した奴の名前、妙だと思っていたが形態変化するタイプのボスだったらしく、ボックは見事に初見殺しされたのだ。
俺はロロを地面に降ろし、ボックの生存確認を取る。メライは岩グモ……オークカーストと対峙し、ヘイトを買うように立ち塞がって、両者互いの均衡を保とうとしていた。
「おい?こいつは……ひでえな」
倒れているボックを仰向けにすると、ボックの小柄の身体はひどい有様だった。
身につけていた革鎧は千切れ、着込んでいた鎖帷子にはオークカーストが殴った拳の跡が残っていた。
そのダメージも凄まじく、ボックの体力バーを見るからにHPの6割が消し飛んでおり、赤いラインに到達していた。
道中で初級の回復の呪文を使っていたロロは気絶、そして新人冒険者の俺が、ボックの負傷を完全に治せる自前の所持ポーションを出すわけにもいかないので、彼らのバックを漁って回復ポーションをかき集め、ボックに飲ませていく。
「なんとかイケるか……?」
ボックの吐血した口を開けてはポーションを注ぎ込むように飲ませていく。だがポーションの等級か効力が弱いのか、微々たる回復程度に留まり、ボックの体力バーは精々黄色のラインまで戻った。合わせて計6本使用して、なんとか一命を取り留めた。
「だあああ!」
その間にも、メライは果敢にもオークカーストへ挑む。しかし、オークの部分に攻撃を当てようにもメライの大振りの攻撃を、俊敏になったオークカーストが避けていく。
それでも、時たま岩グモにメライの攻撃が当たる。
───が、食ったオークたちの打撃耐性を引き継いでいるのか、岩グモへの攻撃のダメージ効果が出ていないのだ。
この世界のオークたちは斬撃に弱く、打撃に強かったはず。つまり今の岩グモ……オークカーストには斬撃耐性と打撃耐性を積んだダンジョンボスになったことを示していた。
「どうする?このままあいつを野放しにはできねえが、ボックたちを助けなくては……」
撤退するのであれば、誰かがここに残ってオークカーストの相手、つまり殿を務めるしかない。
だけどメライは連戦続きで既に疲労困憊、今もオークカースト相手に防戦一方であった。
そうなると、残るのは動ける俺だけ、決断を下した俺の隣へメライが吹き飛ばされてきた。
「おい大丈夫かメライ?」
「いててて、だ、大丈夫っす」
「……メライ、一つ頼めるか?」
「……?」
「二人を運んで、撤退してほしい」
「なっ、そ、それじゃヴァルさんは!?」
メライはこちらを見上げ、俺が言っていることを理解したが、その顔には戸惑いがあった。
「誰かが残って殿を務めて、時間を稼ぐしかない。メライはもう限界だろう、二人を運んで撤退するんだ、いいか?」
「でも……了解っす」
なまじ賢い彼女は渋々受け入れ、武器を背負ってボックとロロの二人を抱える。再度俺の方へ振り向けば、何かを言おうとしたが、フロアの入り口を走っていき、撤退を開始した。
「少し、ちょっくら相手しますかね」
メライの足音が遠ざかっていくことを確認すれば、改めてオークカーストと対面する。
オークカーストの上半身、つまりオークのような部分は先ほどよりも黒ずんで昆虫の甲殻のような部位に変態していた。
「……なんだかアラクネみたいになってんな」
ロックスパイダー・オークカーストLv32。ボックたち低レベルが奮闘しただけ奇跡のようなレベル差、なんならこないだのゴブリンキングLv30より高いのだ。
ステータスとレベル差の有無がこの世界であるかどうか知らないが、リアルである以上、あると見ていいだろう。
「おまけにめんどくさい耐性ガン積みか。初心者向けじゃねえよ、お前」
前提条件で斬撃耐性を持った岩グモ、そいつがオークたちを貪って打撃耐性まで獲得。ゲームであるならクソボスと言われそうなほど、プレイ体験に悪影響まちがいないのだ。
「ここに残った武器は、ボックの双剣。ロロの槌、あいつに刺さったままの俺の剣」
メライが取りこぼしたボックの双剣。ボックがオークカーストの攻撃を間一髪で防いだのか、双剣の剣身は折れ曲がりそうになっており、もはや鈍器として使うしかない。
ボックとロロの武器を拾い上げ、自分に装備するように手に持てば、メライたちが脱出するまで時間稼ぎの準備を始める。
誰もいない以上、いつものように偽ることなく戦えるが、その戦闘の余波でこのダンジョン、廃坑を壊さないようにしなくてはならないのだ。
「差し詰め5分か……やるしかねえな」
ちょうど俺の視界に映るパーティ、離脱判定になっているメライたちの脱出にかかる時間が、04:50と映り出されていた。
ありがたい世界のシステム様様だと思った矢先、フロアも大きく揺れた。
「地震!?いや、これは……!?」
仲間たちの脱出にかかる時間の下、そこにはフロア崩壊まで、あと06:00とあった。突拍子もないイベント発生に戸惑う俺。つまり、ギリギリでの奴との戦闘を済ませ、即座にここから離脱しないと、そのまま生き埋めにされてしまうことを、俺に瞬時に理解させた。
永遠に土の中で生きたまま。不老不死である吸血鬼の体の俺は、ゾッとする想像に首を振って掻き消す。落ち着いてオークカーストと向かい合う。
不敵にも俺の出方を待つオークカーストは、出待ちの構えであった。
「ったく、わりに合わねえ仕事を引いちまったかな。っと、せっかくだし借りますか」
俺はほんの少しだけ、剣身についていた赤い血を舌の上に落とす。おそらく殴られた際に吐血したボックの血を、糧にさせてもらう。
「────やっぱりあいつの、記憶か」
記憶を見るという面倒ごとは後にして、まずはオークカースト相手に、俺は気を引き締めるのであった。




