第六章 1「汝、勇猛を忘れる事なかれ」
「あれは……」
俺はボックたちと共に廃坑の最深部、そこに新たにできた地下ダンジョンの階層を、マッピングしながら下っていた。
セーフティエリアから気を張っていたが、集中力が散漫なメライと位置を交代し、最前列になった俺は通路の壁に何かを発見した。
後ろにいたボックたちを腕で静止させ、一人で前に進み、近くでそれを見た。
「おいおい、マジか」
壁から飛び出していたもの。正確には《《壁に刺さっていたオークの斧》》であった。
俺は周りの気配を確認してから、斧を壁から引っこ抜いた。
人が振るうには大きめの両刃斧。
だが片方が欠けており、刺さっていた周りでは───夥しい血の跡が残っていた。
「なぁボック先輩。このダンジョン、いや廃坑に亜人なんて出るのか?」
みんなの元へ戻ってきた俺は、ボックに尋ねた。ボックは言われたことに目を丸くしたが、横にいたロロが首を横に振った。
「いいえ、出るはずないわ。何か見つけたみたいだけど、見せてもらえる?」
片手で持っていた斧を丁重にロロの目の前で差し出せば、ロロは斧を凝視したのち、眉を顰めた。
「これは、亜人……オークのね。あの戦争のあとで清掃活動で、確かにこれと同じ形状の武器を戦場で見たわ」
「なるほど……」
ロロの解説に頷く俺。ボックは俺から斧を手に取っては、次いでメライに持たせた。メライも俺と同じように片手で持って、刃先をジロジロ眺めていた。
「つまりは、なんだ。この先にオークがいるってのかロロ」
「違うわ、これはオークの武器よ。生きているなら手に持っているはず。でもこれがここにあるのは……」
「オークを倒した奴がいるって……ことっすか?」
小さく頷くロロに、察したメライは残った手で俺の腕を掴んで離さない。ボックも唾を飲み込めば、冷や汗をかいている。
冒険者に成り立て(嘘)である俺と違い、残りの3人は戦争に参加している口ぶりであった。
とはいえ、彼らもオークもとい、亜人の強さを知っているからこそ、オークが何者かの倒されたという事実を知ってしまった。
俺の視界に映る彼らのステータスには、MPの少々減っていた。鑑定結果によると、恐怖効果による一定量の減衰のようで、それから減衰は止まった。
「くれぐれも、用心していこう……」
皆を引っ張るように先陣きって歩き始めたボックに、皆を押す形で、列の最後尾に俺がついた。
だが進むたびに、奥から血の匂いが濃くなっていく。散々血を浴びた甲斐あって、特に亜人の血の匂いは識別できていた。
ボックも斥候のスキルがあったようで、この先が大部屋になっていることを身振り手振りで伝えた。いつもの調子者が、警戒しているのはよく伝わる。
その先に、想像できない光景が広がっていた。
「……?」
薄暗い部屋であったが、血の匂いと何かがいる気配に気づいた俺は、ボックたちの方を振り向く。
ボックは目配せして、ロロの数少ない使える呪文を頼んだ。神官見習いであったロロは、魔術師でなくとも使える魔法を唱えた。
「《ライト!》」
ロロの手先から、光の玉が上空へ飛ぶ。光の玉は天井にぶつかり弾け、大部屋を照らした。一瞬だけかと思ったが、使えば明るさは保たれる呪文らしい。
「……!こいつはぁ……やばそうだな」
ライトの魔法で照らされた大部屋には、オークたちが転がっていた。この世界では魔物は死んだら消えるはずだが、目の前で転がっているオークたちは《《かすかに生きていた。》》
だが腕や足、頭などをもがれた昆虫のように這いつくばって生きているだけに過ぎず、オークたちのその先に、小山が動いた。
「ボック!アレって……!」
「あ、あぁ。間違いねえ、岩グモだ」
「何?」
オークの一匹を摘み上げ、そのまま口へ運んで丸呑みした魔物が、お目当ての岩グモであった。しかし、俺の目には別の情報として、映っていた。
「《ロックスパイダー・オークカースト》?」
ロックスパイダーが本来の名前だろう。その後のカースト周りの文字がバグって読みづらくなっている。それよりも目を引くのはその外見であった。
大蜘蛛には文字通り背中に岩山を背負っていた。ただし、その体躯はオークたちすら軽く超える巨大な大蜘蛛であった。
大部屋の中心を陣取り、転がるオークたちを貪り食って、肥大しているようにも見えた。
薄茶色した胴体にあった頭は、一心不乱にオークたちを平らげていく。
「ボック、どうする?手に負える相手じゃないわよ?」
「こいつはまだ倒せる範囲だ、ここで倒すしかない!やるぞ!」
「うええええ!?か、勝てるんですか?」
「討伐のやり方は心得ているんだ、俺様たちがやるんだよ!」
メライも想像してなかったのだろう、動揺したが、ボックの気迫に頷けば、背中に背負った武器を手に取って準備にかかる。
ロロも距離をとって、膝をついて詠唱を始める。みるみるMPが減っていくが、その分詠唱も長くなっていた。
「ヴァルさん!俺たちは時間稼ぎだ、頼めるか!?」
「あいよ!リーダーに任せるぜ」
「キシャアアアアアアア!」
ロックスパイダー、もといも岩グモがロロの魔力に気付いたのか、こちらを向いて咆哮を上げた。
ボックと俺は、素早く左右に別れ、岩グモの両端へ飛び込んでいった。




