第五章 8「沸き潰しはマメに」
「よぉし!初心者の二人は、俺様にちゃんと着いてくるように!」
廃坑の入り口、人為的に拡張された待合室のような空洞の中、持参した松明に火を灯したボックが俺とメライに言い付けた。生来の勝ち気と確固たる自信が満ち溢れているボックは、その自負心で己がリーダーとして仕切ることに独断で決めたようだ。
対象的にボックの様子に一瞥もせず、黙々と装備を整え、予備の松明とランタンを使えるように準備を済ませたロロは、普通の安心感を与えてくれる。歳下であろう彼女の冷静さはメライも感じているらしく、丁寧にさん付けをつけてまで敬意を表していた。
そんな眼下で揺れる赤髪と茶髪から視線を外せば、俺は呑気に廃坑について感想を述べていた……
「意外と、ひんやりするもんだな」
「……そうっすね、自分もびっくりっす」
横から同意するような声が掛けられる。首と視線だけを横にずらせば、鎧姿のメライとの視線が合う。先ほどまで初めての討伐と聞かされ、メイルをじゃらじゃらと揺らし、無駄に緊張していた頃よりは、メライも幾分落ち着いたようで、俺にはにかむだけの余裕はできたらしい。
瞬間、廃坑の奥から抜ける微風が、ボックの持った松明の炎を揺らす。炎の勢いを消すほどの風量ではなくとも、冷気を微かに帯びた微風は外へと抜け去っていく。
風に晒され軽装であったボックはふるふると、幾分身体を震わしたまま、ロロに廃坑の見取り図を広げさせた。
「こ、今回のへくちっ!調査対象は三種、まずはこの辺りでスライムとネズミを狩るぞ」
ボックは簡潔に現状を説明を済ませ、風が当たらないように俺を物陰に仕立て、風除けにしていた。呆れたロロはボックにくどくどと呆れと苦言を表し、ボックに先陣切らせて、廃坑へ先導させるべき先頭に行かせた。
「あのーヴァルさん?自分は詳しく知らないんすけど、よかったら教えてもらえませんか?」
「ん?あぁ、ロロ先輩の説明聞いてなかったもんな。いいぜ」
ボックを追い遣ったロロに続く形で、つかず離れずのまま廃坑へ入る。ギリギリ頭がぶつからない廃坑への道をゆっくり下っていく。
その俺の背後から図らずも最後尾となったメライは、まだ会話しやすいと思ってくれたようで、俺へ尋ねてきた。
俺は少しどうするかと考えたが、軽く応じた。特に断る理由もなかったし、ロロの受け売りである仕事の概要を細々と説明するだけなので、気も揉む必要もなく、気が楽であった。
「この廃坑で自然発生する泥スライム、そのスライムを主食とする砂喰いと呼ばれるネズミ。そしてここから更に深い場所にいる廃坑のボスの岩グモ。これらの調査と必要な場合の討伐だ、もう一度復唱した方がいいか?」
「あ、大丈夫っす!」
調査・必要であれば討伐。ロロから聞いた内容を丁寧に教えてやれば、互いの不利益がないように彼女に理解できたかと問う。
問いかけに首を数回横に振るメライは、仕事の内容を深く理解できたようだ。兜から覗く顔を引き締めて、気を張り出したメライはいつでも武器を抜けるように、腰にぶら下げていたメイスの留め具を離して、抜剣できるようにしていた。
「さて、俺も頑張らないとな」
今回の仕事、もとい依頼内容は廃坑内での討伐・調査のクエスト。該当する魔物を調査し、必要とあれば一定数の討伐数が必要となる。
初心者のウッドランクでも討伐依頼は希少の方だが、廃坑のような非ダンジョンでの仕事は定期的にあるそうだ。こういった仕事を数回やらせて、魔物との戦闘経験を積ませるのがセオリーだと、ボックは自らの手柄のように自慢げに語っていた。
「(だがこういった討伐が含まれる依頼では、ギルド側の条件として最低ウッドランクの1パーティが必須と記載があった。ギルドが干渉を控えているとはいえ、それなりのサポートをしてはいる、と)」
現に俺とメライはパーティー未加入のソロ組。パーティーとして機能しているのはボック達だけではあるが、それでも人員が足りておらず、俺たち全員でやっと1パーティの四人、つまりなんとか最低限揃ったメンツであること。戦力面で考えるとそこまで余裕はないし、個々の連携すら取れるか不安であった。
「ん?なんか動いたか?」
廃坑であるフロアに到着すると、通り道であった細道より視界が開けたおかげで、中の様子がわかる。乱雑に、適当に、かつてここが廃坑であったことを感じさせる廃棄された掘削道具や、台車が散漫に散らばっていた。なんなら使える道具もいくつか廃棄されていた。
障害物を避けるように動いていたボックは、たまたま視線を寄せた先だった台車に松明を近づける。
手に持った松明で、台車周辺を照らせば、ずりずりと台車の影から分離するように一つの影が動いた。
目標の一つである泥スライムが、ボックから逃げるように地を這っていた。
「聞いてはいたが、あれもスライム……なのか?」
脳内で浮かべていたイメージのスライムは、水や液体などの単一の物でできているもの。と思っていたが、この世界では泥と砂の混ざり物でもできており、スライムというよりタールに近しい存在に見える。
それに加え鈍重。
目の前にいる泥スライムの動きは、その言葉が過大評価ではないことを証明していた。実際に動きは緩慢と性急を繰り返してはいたが、追跡から逃れると基本的に実にゆっくりであった。
どの個体も共通してゲームのようにぴょんぴょん跳ねて動くのではなく、まるで身体が割れないように身重に移動していた。
「おーおー結構いるもんだな。見つけやすい奴はボックたちに任せるとして……」
一人、この中で唯一俺だけは光源がなくても暗視でよく見える。それに他のみなも手分けして探索を始めていた。なので俺がこうして別なところを探しても、問題はないはずだ。
そう、滅多に視線を向けないであろう場所へ俺は足を進める。入り口と違う、異なる細道。奥は積もった岩と土砂で塞がれているが、その通路には無数の穴があった。
試しにその穴に転がっている小石を放り込む。穴が深ければ、いつかは落ちる音がするはずだろうと予想した通りの反応を待った。だが数分経っても一向に何も聞こえないので、それから何度か同じことを繰り返した。
「今度はなんだ?」
ボックは急いで手に持った松明を音がした方角に掲げる。炎に照らされ、蠢く影の正体が露わとなっていく。正体は横穴近くの影、這いずる泥スライムに噛みついて仕留めた大型のネズミだった。
「あれが砂喰いっすか」
砂喰いと言われるネズミとあって、仕留めた泥スライムを難なく頬張るように喰らえば、次なる獲物であった近くのスライムも仕留め、巣穴に引きずって捕食していた。
元は炭坑であったこの坑道には、いくつもの人為的に掘った穴があるらしく、ネズミ達はそこの穴を根城にしているらしく、穴の奥からネズミの鳴き声が聞こえてくる。
「そらっ!」
ボックはすかさず小さい方の剣を抜けば、ネズミの首に突き立てて仕留める。ネズミも剣身に伝わるぐらい数回身悶えたのち、ぴくりとも動かなくなった。
ボックはそのままネズミを穴から引き摺り出し、剣を抜く。討伐より駆除感が否めないのはネズミ相手だからだろう。
「ま、こんな感じよ」
ネズミを仕留めたボックは俺らに誇らしげにいた。俺とメライがパチパチと拍手すれば、気をよくしたのか、手本のようにレクチャーをしてくれる。先ほどのように食事中を狙うといいとも教えてくれた。
「せいっ!」
試しに俺も見よう見まねで、ネズミに直剣で突き刺してみる。あくまで最低限の膂力を持っての刺突攻撃。派手にせず、あくまで淡々と、腕を前に出す。
腕の延長であった直剣はネズミを捉え、まっすぐ直下していく。
「ヒギィ!?」
狙いはバッチリであった直剣はネズミを無事に仕留める。だが俺の場合、刺し殺すどころか、ネズミの首を綺麗に胴体から削ぎ落としてしまった。
勢い余って宙に舞うネズミの頭に、全員の視線が集まる。そのままネズミの頭はぽと、と地面に落ちるが、少しの間をあけても、静まり返っていた。
俺は恐る恐る他の3人と顔を見渡せば、唖然とするボック、「す、すごいっす……」と苦笑いしか出ないメライ、「素手で殴っても頭取れそうですね」というロロの呟きに、俺は首を縦にして頷きたくはなかった。
「(んぇ……、獣の血はこんなもんかって、何してんだ俺……)」
つい俺は、手の甲についたネズミの血を受動的に舐めてしまった。人の血と比べるといささか味気ないものだ。と迂闊にそんなことを思っていると慌てて見回す。
幸い暗い場所だったので誰も見てなかったようで安堵していた。
不自然に冷静を取り繕って、駆除という名の、討伐作業に戻る。ふと屈んだロロは死んだネズミの右手の前爪を剥いでいた。それを興味があったメライが覗き込んでいた。
「何してんすか?」
「これ?これでギルドへの報告の際の討伐数の証拠にするの」
このネズミの両手の爪は一本だけゴツく、鋭利なものになっている。それで大体の個体差がわかるそうなので、持ち帰るらしい。ちなみにスライムには取れる物証がないので、しなくていいとのこと。
こうした地味な作業は好きだったので、自然と二人ずつで作業に没頭していった。
ヴァルツ Lv99 戦士
メライ Lv8 騎士見習い
ボック Lv9 戦士見習い
ロロ Lv8 神官見習い




