第五章 6「無理は禁物」
「わわわ〜〜〜!?ど、どいてくださ〜〜〜い!」
突然、自らの不運を告げるような甲高い声が俺の頭上から届く。
「むっ……?げっ……」
見上げた途端、俺にはこの後に起きる出来事が安易に想像できた。
兵站所前の坂道を下り、保管庫に舞い戻った俺は、変わり映えのしないほど残存していた木箱を両脇2箱抱える。同じように荷運びしている矢先に衝突事故に遭う寸前であった。
元々坂道とあってか、視界が自然と上に上がっていたおかげで、簡単に声がする方を目にすることが出来た。俺の視界には二つの木箱が宙に飛び、一人の人物が俺の方へ転倒していく姿がよく見えた。
どうやら運び人は随分無理をしていたらしく、1箱でも大変な木箱を、2箱を積み上げて運んでいたらしい。絵に描いたような転倒を目にすれば、避けるのは容易いが、助けを懇願する運び人との目が合ってしまった、気がした。
「はぁ……ま、そういうこともあるか」
まずは冷静に、可能な限り平らな場所に自分が運んでいた木箱を下に置く。それができる猶予と距離があった。だからそのまま前方へジャンプを繰り出すこともできた。
空中に投げ出された木箱は2つ。こちらがなんとかジャンプして、手を伸ばして届くかどうか。
それでも俺はキャッチで受け止めようと、近い方の木箱へ手を伸ばす。人差し指がなんとか届いたので、指だけの膂力で木箱の端を摘む。
「くっ、この……!」
いつもの人間離れした膂力をもったこの体ですら、滅多にしない指だけで物を掴む持ち方はやったことないので、正直きつかった。
本気で力むと木箱を壊しかねない力加減のバランスは、土壇場すぎて人間の頃より難しい。俺は一瞬でも滑りかねない木箱に指をフックのように懐へ引き寄せた。
ここまで来ればと掌で木箱を掴み直し、もう片方の木箱も左手の指に当たる瞬間、地面に自然落下していった。
「ひゃあああああ!いて!」
「ちょ!?」
木箱をなんとか受け取った俺は地面に着地するが、そこへタイミングよく転がりながら倒れ込んできた運び人と、ぶつかるのは必然であった。
ガァン!という金属同士がぶつかるような、甲高い音が鳴る。お互いの鎧同士がぶつかったが、転倒の勢いが殺しきれずいたが、運び人はなんとか俺にしがみつく形で踏み止まろうとしたが……
「(重ッ!?てかなんだこのパワー!?)」
運び人が俺にしがみつくのは問題ない。それよりも俺の予想以上だったのは運び人の力だった。単純な筋力による膂力、この世界に来てたから余程のことで驚いていなかった俺への想定外はそれだった。
それほどまでに運び人のパワーは凄まじい。てっきり最初は重さだけかと思えたし、重い装備で体勢を崩したのもやむなしと思った。
だが実際はSTR、つまり運び人自体のパワーが相当あり、支える側の俺が後ろへ倒れそうになる程だった。転けた原因が”単にバランスを崩して転けた”とは思わないだろう、普通。
しかし俺ごと倒れるわけにもいかないので、足を力を込め、地面にめり込むぐらい踏ん張って留ませようとした。
結果として舗装された石造りの道に穴二つ作ってしまうほど力んでしまったが、それ以外双方怪我なく留まる事ができた。
運び人も俺の腰にしがみつく形で転倒の勢いを殺し切ったようで、異世界でも強かった落下の法則とやら恐るべし、だ。
「大丈夫かい?」
「す、すみません……」
俺は密着するほどに倒れ込んできた運び人に気遣って問いかけてみた。運び人は俺の声に反応にして慌てて顔を上げた。
兜から覗く顔、年は10代後半に見える。日焼けしたような小麦色の素肌に、日本人よりは薄めだが、短く整えられた黒髪がよく似合う。驚いたのはその先だった。
「(お、女の人!?)」
いくらこちらが制限して、化け物じみた身体能力が半分以下だったとはいえ、自分を引き倒しかねないほどのパワーをもった存在が女性であったことに驚かされる。
鎧越しではあるが、素肌が見えている腕や太ももは華奢であり、それでいて幼さが残るような顔立ちの彼女は見たところ普通であった。
「(ははーん?いわゆる怪力キャラ……ですかな)」
俺が何も言わない間に、彼女の方も状況を理解したらしく一瞬のうちに、置かれている状況を理解したのか一瞬で赤くなった。
本人的に照れてるのか、恥ずかしいのか、頬をほんの少しだが肌よりも赤く染めていたが、慌てて飛び退くように俺から離れた。
「ご、ごめんなさい!!!」
離れた途端ブン!と勢いよく頭を下げて謝罪する彼女。見るからに丁寧なお辞儀、おそらく45度で、洗練された謝罪であった。そんな振り下ろされたヘッドバッドじみたお辞儀に、危うくぶつかりそうになったのを後ろに下がって間一髪避けた。
「っと。うん、まぁ、お互い怪我なくて良かったよ」
第一印象から既に危なっかしい彼女を横目に、持ったままであった木箱を降ろし、手早く中身が無事か確認する。対する彼女も頭を下げたまま、こちらを覗き込む形で話しかけてきた。
「あ、ありがとうございます。あれ?兵士の方ではないんですか?もしかして冒険者の人?」
「ん?あぁ、そうだ。俺もここで仕事の依頼やってるヴァル……だ。そっちは?」
「じ、自分も同じです!あ、メライと申します!ウッドランクです!」
またしても名乗りそうになる俺と違って、少し早口になった彼女も今年からの新人冒険者らしく、首からぶら下げたウッドの証を見せてきた。
丁寧に品の品質を確認した所、木箱の中身は無事であり、木屑を元に戻しながらメライと簡単なやり取りを行った。
その後も無事に荷物の確認が済んだ後、彼女が1個。俺が3個の木箱を抱えながら、少しばかり探りとばかりに彼女のことを聞くことにした。
「しっかし驚いたな、俺以外にこの依頼してる先輩冒険者がいるなんて」
「そそそそー、ですかね〜自分もまだまだ新人なので、ヴァルさんと同じっす!」
なんでもギルドの方でまだアイアンへの昇格実績がないメライは、自分がやれる範囲としてこうした雑用のような依頼での仕事をしているらしい。
「でも珍しいな。普通新人たちでパーティー組むんじゃ?俺は、後発組だけど」
「えっと、組んではいました、組んでは……」
「?」
「その、大した理由ではないのですが、その勘違いと寝坊を……」
メライも本来であれば、パーティーを組もうとしていららしい。
だが寝坊してしまって、ギルドが一日だけ設けた新規の冒険者向けの集会を逃したそうだ。それで次の日に訪れたメライは、自分の勘違いでパーティーを組み損ねただとか。
そうしてパーティーを組めずにそのままソロをしているらしいが、果たしてそれだけの理由でソロのままなのか?さらに深掘りすることにした。
「どうしてソロのままなんだ?見たところ、その装備は前に出るタイプの職だろう?なら引き手数多だろうに」
「それが、鎧とか大盾で、足が遅くてですね。脱げばいいんですけど、今度は筋肉をつけ過ぎちゃいまして……」
「はい?」
筋肉がなんだって?聞き返してしまった俺は、彼女の諸々を聞く。
聞けば彼女の生まれは没落ではあるが騎士の家系だったらしく、今の冒険者をしているもの家の習わしだとか。
曰く曾祖父が戦士上がりの騎士だったのが由来だそうだが、さまざまな経験を積んでこそがようやく一人前と妄執寄りで強く語っていたためか、没落した今でもメライなりに経験を積むべく不確定要素の多い冒険者をしていると。
「えっとつまり、動きが遅過ぎて、他のメンバーと連携を取りづらいとか?」
「え、あははは……ソウデス」
痛いとこを突いてしまったようで、メライは苦笑いを浮かべる。
メライが言っていた鎧と大楯という言葉を聞けば、メライの戦い方は超至近距離の近接戦闘だろうと推測。武器も片手で持てるメイス・アックスなどを使用し、敵の攻撃を大楯で凌ぎ切って、堅実な一撃を叩き込むタイプだろう。
そうなると自ずと鈍重の重装になる訳だ。俺の視界では彼女のパラメーターも見えないが、筋力重視だろうし、特に連携が浅い冒険者なりたての連中とは噛み合わないだろう。
なんて色々考えている間に兵站所に着いたので、ひとまずこの仕事を終わらせようと、メライと協力して荷運び作業を終わらせる事ができた俺たちは、互いに労いを交わした。




