第一章 5「誰かの日常」
手始めに俺は受けた依頼の一つ、物資運搬の仕事へ向かう。早々に依頼書に示された場所へ足を運べば、もうすでに始まっているらしく、喧騒が聞こえてきた。
いや、喧騒というより辟易している声が多い。その中で一際身なりが整った人に声をかけた。
「あのー仕事で来ました、よろしくお願いします?」
「ふむ………。よろしい、では依頼の説明を始めましょう」
俺と彼を残して、ゾンビのように人々が通り過ぎていく中で、彼は簡単にだが仕事内容を説明してくれた。
「仕事はごく単純。この保管庫に積まれた木箱たちを、この先の区画にある兵站所まで運ぶだけの仕事です。君の場合ノルマはありませんが、何かあれば私の元へ報告するように」
最近見慣れ始めた藍色をベースにした下地の軍服に、この世界では初めて見るメガネのようなアクセをしている。腕にはメリネと身につけていた物と同じ腕章があった。同僚か、あるいは同じ地位の人物だろう。小隊長さんと心の中で決めた。
「わかりました。あの……」
「それでは」
多忙だ。
俺への説明を簡潔に終えた彼は、合間見た彼の表情がそう語る。手に持った記録用紙に眉間に皺寄せて、何度かため息と呻く声、独り言を重ねて小隊長は、次の現場に向かっていった。いくつか聞きそびれたことがあるか、まあいいかと質問を放棄した。
「それにしても、どの世界でもああいう人はいるんだな」
人々の波の中で小さくなっていく小隊長の背中を尻目に、兜の隙間を通って伝わる、ひんやりとした空気の保管庫に足を踏み入れる。
日差しが全く入らない保管庫は入り口から漏れる光でやっと薄暗い。その奥に積まれた木箱たちの前にして、暗がりでも関係ない俺の目で、木箱に書かれた文字を視認する。
「食料に非常食、弓矢、回復ポーション。なるほど、買ったばかりか?」
俺の視界には、映った物体の詳細が写る。こないだアリサやメリネに使ったポーションは品質が劣化のしていない未使用のポーションだった。
そして目の前の物資の一つ、ポーションと書かれた木箱には同じように未使用ではあるが、品質を表す緑のゲージが見えた。他にも食料品と非常食で、品質の劣化の差があり、なるほどと、また一つ勉強になった。
「おっといけない、運ばねえとな」
ひとまずは手堅く弓矢と書かれた木箱を二つ、軽々と両脇に抱えて保管庫から運び出す。
俺が保管庫を出たと同時に、先に荷運びを終えたであろう快活そうな若い男が、入れ替わるように保管庫に入る。
ほんの一瞬ではあるが、興味がてらチラ見をするように俺の視線が男に向く。男は動きやすい平服と最低限の腕章を身につけており、メリネと似たような腕章のようにも見える。
木箱を運びながら坂道を下っていると、先ほどのソンビのような人々が横を通り過ぎて坂道を登っていくが、皆最初に見た男と似たような格好であった。
「ったく、こういう仕事が軍の中でも一番きついんだよなぁ」
「うだうだ言ってねえで、早く終わらせちまおうぜ」
「明日もあるらしいぜ?」
「うへえ、あと何日この坂道往復すんの……?」
ダレるように足を動かす兵士たちの呟きを聞き流しながら、俺の前で木箱を運ぶ兵士の後をついて歩く。
腕章をつけているのが兵士だとすると、荷運びしている連中のほとんどが兵士だ。
どうやら動ける兵士たちを動員しているようだが、それでも人手が足りないようで、今回のように下級ランクの冒険者辺りに依頼を出しているということだ。
それにしてもどの木箱も結構重たいらしく、前後の木箱を運ぶ兵士たちはひぃひぃ言いそうなほど激しい呼吸を繰り返す。
彼らは次第に汗を流し、なんとか落とさないように気張ってはいるが、直射日光が届く道だったためか、かなり大変そうだ。そんな彼らの姿を見ると、自らの特異な肉体に感謝せざるを得ない。ならば───
「運べるだけ運んで、今回ぐらいは手助けってことだな」
手重らしい木箱を両手で抱えたまま、高低差が均一ではない坂道に苦しむ兵士達をよそに、俺は彼らの横を、軽い物を持っているように楽々と通り過ぎていく。
彼らと違って鎧を着たまま楽々と進んでいく俺を見た兵士たちは、唖然と呆然としたまま坂道に取り残されていった。
本来であれば、兵站所の道なんてものは詳しくは知らなかったが、他で荷運びしていた兵士たちの通り道とあってか、迷うことなくたどり着く。
兵站所では最低人数の一人が机と向かい合って、さまざまな記録にペンを走らせていた。おかげで各々が一々確認を取る必要はなく、一定数集まった木箱をまとめて記録に取っているらしい、警備をしていた親切な兵士の一人が教えてくれた。
先のいた兵士に習う形で、抱えた木箱を置き場であろう場所へ降ろしていく。だがここで気づく。本来であれば余裕で置けるはずの場所が、木箱が乱雑に置かれたせいで、置けるスペースがまばらであることを。
うわ。
手重の木箱のせいか、すぐに降ろしたかったのだろう。気持ちはわからなくもないが、後が困るのだ。しかし、だ。几帳面であった俺は、仕方なく片付けてやるかと、乱雑な木箱を積み上げていく。
仕分けるように一段ずつ、木箱をピッタリと置いていく。幸い視界にはどれがどれと視認できるおかげで、間違えることなく積めていける。
せこせこと積み上げ作業を何度か繰り返しているうちに、妙に楽しくなってしまった。パズルのような感覚、テト⚪︎スのように、凹凸のある積み上げられた木箱たちを揃えたくなってしまうが……
───遅い。
時間だけが過ぎるのを待ちながら、他の物資が運ばれるのを待つ。ある程度積み上げ作業が終われば、他にも運んできた荷を代わりに受け取り、積み上げを繰り返すのだが、これが思いの外遅い。運んでくる兵士たちの数も足りているはずだが、ペースが遅いのだ。
この仕事が思ったほど楽しくなってきてしまった俺は、本来の目的である荷を運ぶより、積み上げることに楽しみを覚えてしまったことを悔む。
渋々仕方なく兵站所を後にして、保管庫へ戻る。そこから速攻で荷を運び始めたが、このまま普通に終わりそうにもなかった。




