第五章 4「初めてのお仕事」
「で、確かこのあたりにある筈なんだが……」
今では見知った土地のはずなのに、キョロキョロと辺りを見渡す。通行人からもこの街へ来たばかりの新参者といった視線を受けながら、俺は足早に歩き出す。
本来の潜入という名の監視計画とは別に、俺には他の目的があった。
そう、冒険者だ。
本来であれば、子連れ狼のように日々働き、たまの休日と甘味をアリサと分けて食うぐらいの慎ましい冒険者ぐらいを浅い夢見していた俺が、まさか公の場に出て戦争の功労者になるとは思わなかったのだ。
「ここだな。って、アレか……?」
まだ覚えが浅い記憶を頼りにしていく。戦争が終わってからと言うもの、メリネへの指南の合間にだが、総督から本を幾冊借りて勉強していた。
世俗に疎いことを総督に相談した結果、民俗学など書物、あとは規則や都市の自治など雑学などを中心的に勉強する羽目になった。
テキストをコピーするオプション効果があるので、ほとんど流し目で見ていたが、ある項目でそれも止まる。
「あった、冒険者ギルド」
昔にあった攻略本のような厚みのある本のページを捲って行った先に、やっと知りたかった情報に辿り着く。
冒険者。
上の一行目からたどたどしい読解能力をもって、しっかりとページに目を通し始める。 冒険者については数ページに渡り記載が有り、理解に努めようとしていた。
この世界ではアニメとかでよくある、あんな風に街の一画にギルドを構えてはいないらしい。
あくまで独立した存在としてではなく、商人ギルド傘下の組織としての冒険者ギルドがあるのみだが、過去何度か独立を果たしたのはいいが、その後に破産申告があったそうで、今となっては独立の兆しもなくなったと書き込まれている。
「色々思っていたものと違うが、あの本のおかげで概ね理解はできたな。しかし冒険者か……」
今回の監視計画で、身分を隠す必要があるが、何もしないまま都市の中で過ごしていると不審に思われるのを避けるためでもある。
そういうわけで商人ギルドたる建物にたどり着いたのはいいが、内心では戦争の時よりも別の意味で心臓がバクバクしている……気がした。
「すぅぅ……はぁ〜……すぅぅ……」
久しぶりに思いっきり深呼吸を挟み、兜の隙間から商人ギルドの建物を見上げる。
厳格。加えて他の建物よりなんと雄大で、なんと慇懃的な雰囲気を感じられるが、どこかで見たような気がした。
「……よし」
落ち着いたまま扉を開き、鎧の金属の装飾同士が擦れ、ドアが軋む音を立ててながら、中へ入っていく。
入った商人ギルドの中では予想以上に人が集っていた。
数多くの受付嬢に、実際の取引した後であろう商人と職員が握手をしている。他にも職員から依頼の報酬をもらって帰る冒険者もいれば、掲示板に群がる人々を見れた。
ここに来たのは間違っていないようで安堵した矢先、足元近くから声が届く。
「こんにちは!ご用件はなんでしょうか?」
「えっ、あぁ。ぼ、冒険者の登録をしたいんだが」
「かしこまりました。ではあちらの6番の方でお待ちください、みょん」
「みょ……?」
疑問を解消する暇もなく、親切な誘導係の案内を受けた俺は、見慣れた数字、「6」と書かれた木の看板近くで待つことになった。
初見であれば信じ難いほどに見慣れたアラビア数字。現実は違う異世界だというのに、この文字が使われてるとこを見ると、不思議と受け入れるしかない。
いつかはロストテキストと呼ばれる本を手に入れたいところだが、果たして俺が読めるものだろうか。
「次の方」
俺の思考を切るように、呼びかけの声。座ってからものの数分経たずに俺の番が来たようで、呼ばれた席の前の椅子に座り直す。
視線を向けると相手の受付嬢は黒猫の獣人であった。
アリサのような人要素が多い獣人ではなく、柔らかな印象を持ちながら、獣そのものといった人離れした風貌であった。
「ご要望をどうぞ」
「モフ、いや冒険者登録をしたい」
「……?では、こちらに諸々記入をどうぞ」
猫の手で押し出され、目の前に差し出された羊皮紙を手に取る。記載すべきは性別名前と職業。下の空いているスペースには特技など記載できるらしいが、今の俺は正体を偽っているので、名前のヴァルと職業戦士とだけ書き記す。
羽ペンを片手に名前を綺麗に書こうと悪戦苦闘した末に、やっと提出した。
「これでいいかい?」
「ありがとうございます。では簡単にご説明します。ヴァルさんは今日から冒険者なので、一番下のランクから始まります。ランク上げに関しては昇格試験の際にご説明させていただきますので、ここでは割愛します」
それから黒猫の受付嬢さんは澱みなく説明してくれた。
冒険者ギルドとその制度についての説明はとても簡潔だった。冒険者への依頼は多種に渡るが、ランクによって依頼される危険度が違うらしい。
ソロでもパーティーでも、ギルドが出す最低基準を満たさないと受注すらできないとのこと。
また依頼を受注する際はサインと先約としての手付金が必要らしい。その他報酬の分配などはパーティー内での相談となるそうで、ギルドは必要以上に干渉はしないとのこと。
とまあ他にも色々教えてもらったことを、暴れるミミズのような文字をメモに留める。 これでひとまず登録も済んだので、冒険者デビューを果たしたのだ。
とはいえ受付嬢さんの話を思い出す。本来であれば温暖な時期に一斉に新人達が冒険者となり、パーティーを組むだそうだが、俺はその時期と外れた頃、ちょうど今は温暖と閑散した時期の間に登録したので、今のところ他の冒険者と組む予定は皆無と言えるだろう。
「えーと…俺が今受注できる範囲は、ここら辺か」
それでも構わず人が去った後の掲示板を覗く。めぼしい依頼や人気なものは先ほど屯っていた人々がもっていってしまったが、一番ランクの下の俺には関係ない話だ。
受付嬢さんからもらったたペンダントもとい、木片のタグを片手に掲示板の隅から隅まで探すように見渡すと、冒険者のランクの一番下のランクを示された箇所を見つける。
「いっぱいあるなあ〜……ちなみに他のランクは?」
目線の先、最初に目につくウッドと呼ばれる駆け出しの向けの依頼。何枚もピン留めされており、古い依頼書は少し日焼けしたように茶色にくすんでいた。
カランカランと揺れる木片タグを揺らしながら、他のランクの依頼にも視線を移す。
この掲示板に乗るのはプラチナランクまでであり、それ以上はギルドからご指名という形で依頼されるらしい。
「へぇ海のドラゴン退治。ランクはシルバーか。ん?こっちの炎竜?ゴールドか。でもこれが……プラチナ」
プラチナの他にも特殊なサファイアランクと最高峰のダイアランクのチームがいるそうだが、彼らの屈強な実力ゆえ各地を回っているらしく、一部のぞいて滅多にその地域に居座らない故、このようなギルド側の処置であると聞けば、納得。
ランク自体も安直だが、過去に宝石好きであったギルマスが定めたそうで、ギルド側としても分かりやすい指標として、今日でも使われているらしい。
「薬草集めに、地下の駆除。物資運搬に、教会の掃除?まぁこれ全部でもいいか」
受注に制限はない。ならば少々のマルチタスクでもいいかと依頼書を掲示板から引き剥がせば、先ほどの猫の受付嬢さんの元へ持っていく。
受付嬢さんは受け取った依頼書を素早く何を書き込めば、まとめてサインを求めてきた。
なお今回の依頼達の報酬として、金ではなく物品での褒賞だったので、他の冒険者からもわざわざ受注うするほどでもないので、ずいぶん不人気クエスト。
なので手付金も出す必要もなく、ノーコストで受注できた。
依頼の契約を手早く済ませてくれた受付嬢さんにお礼を述べてから、脳内でマルチタスクの優先度を立てて、ギルドを出る。
その時、俺を見つめる鳥が一匹いたが、初めての仕事に意外と緊張していた俺は気づく余地もなく、足早にその場を後にした。




