第五章 3「逆潜入作戦開始」
二日後。
「世話になったな総督。お元気で」
彼に手を差し出して、握手を求める。彼も驚いてはいたが、握手に応じてくれた。
「こちらこそですぞ黒騎士殿、此度のことは残念ではありますが、我ら一同またの来訪をお待ちしておりますとも」
手を強く握り返す総督は、こちらの事情を把握してくれている。アリサの滞在面も工夫して、安全面も盤石に整えてくれているので、こっちも安心だ。
「ああ、また”後でな”」
ただその言葉に首を傾げる総督たちと熱い握手を交わしたところで、早々に歩き始め、ここを去る。
泣かないように我慢していたアリサと見送りに来ていたメリネたちに手を振って、都市がどんどん遠くなっていく。
急ぎ足のまま森へ潜れば、適当な茂みの中で準備に取り掛かる。
「総督には俺が東に行ったと偽装工作してくれるらしいし、俺も急いで準備に移りますか」
あくまで総督の相談では「俺は身を隠すから情報工作を頼みたい」と相談しただけであり、俺自身の動向は言っていない。
いざとなれば俺が一人で責任を取るつもりだからだ。
これに関してはメリネやアリサたちにも伏せてあるので、まるで信用してないようで悪い気がするけど、仕方ない。
俺の大事な人たちを守るために、やれることをするだけだ。
その間にも愛用の防具と武器を空間に仕舞えば、ある防具を探して手を伸ばす。
「こっちか?いや、これでもねえ。どこいった?毛玉に頼んで整理しとくべきだったか」
エンデスで使っていた武器ならば、それぞれ特徴があって、記憶を頼りに手繰り寄せられるが、防具に関してはなにぶん保有しているアイテムが多いせいと、似たような装飾のせいか、手探りで探すしかないので大変だ。
それから数分後なんとか取り出した防具は、いつもの黒を基調とした全身鎧の正反対の鈍い鉄色した全身鎧。
これはエンデスでは素性騎士、あるいは防御を重視する戦士ビルド向けの初期装備である「円騎士の鎧」一式である。
安めの価格で、耐性面もそれなり。そういう意味では初期装備にしては破格であった。
いつもの重装の「牢狼」とは違って、防具が軽い。ありふれている装備ではあるが、これを最後に着たのはゲームプレイの中級者になった頃だったはず。
懐かしい気持ちに浸りながらも、全防具を身に通す。
「まぁこの世界だとオンリーワンになりそうだなこの鎧も」
苦笑いしつつも兜を被り直せば、思いの外着心地は悪くない。これもゲームではそこまで気にしてなかったが、意外とこの世界では大事かもしれない。
兜を深々と被り、仕舞った大剣の代わりに片手で振れる直剣と、装飾も派手じゃない中盾を持ってみる。
手に持った直剣を何度か振ってみる。当然ながら大剣よりも軽く、自分の腕が長くなったような錯覚を覚えるほど、素直に従ってくれる。
大剣は片手や両手で振るうこともあるが、重さも当然あるので別の存在として認識できる。そんなものを膂力だけ振るっているのも、別の意味で素直といえるが。
「よし。これでどう見ても成り立て冒険者だろう、派手じゃねえしな」
直剣を鞘に納め、腰にぶら下げる。四角い中盾を左腕にくくりつけて、踵を返すように都市へ”初めて”訪れることにしたのだ。
これは俺が独断で計画し練ったプラン。その名も「都市アリューンに来るであろう賞金首を募った首謀者を監視し、捕縛した上で賞金首取り消し作戦」
何せ最後に”俺”がいたのはこの土地であり、総督直々に俺の消息が経ったという情報を流してくれたので、本当に俺に用事がある連中なら、アリューンに訪れるであろう確率は高いはずだ。 周辺の村々の中もくまなく探すに違いない。
計画を振り返りつつも、ついさっきぶりに去った都市へ赴くと、改めて都市の全貌が見えてくる。
流石に俺が姿を消したのを見届けたからか、総督たちの姿はもういない。
代わりに入国希望者が城門の前で列を成しているのが見えた。
遠くからでもみるからに商人、旅人、傭兵に冒険者。いろんなゲームで似たような服装や防具を見たおかげで、なんとなくだが識別できていた。
それに彼らの頭上にはレベルなどが見えるだけに留まっていた。これも新たなる知見として、情報の開示は思いの外少ないらしい。
双方同意の上でパーティーで行動してた場合はメリネやアリサたちのレベルの他、ジョブなどの職業が見えたが、他の人々の情報は断片的にしか見えないらしい。
それもそうか、メリネとこの副隊長やレーン、総督なども詳しく知らないことで納得できた。
「にしても長えなこの列」
「だな。戦争が終わった後だから余計に混むらしいぜ」
「ん?あんたは?」
俺が呟くと、前に並んでいた若い男が同意と言った様子で、俺の呟きに頷いた。
「おっと、いきなりで悪いな。俺はメクス、旅商人さ。あんたは?」
小麦色の、太陽によく焼けた朗らかな若い男は、メクスと名乗った。
突然自己紹介する羽目になったので、俺は一瞬言い間違えそうになったが、偽名を伝える。
「俺はヴァル。東の方から来た、冒険者志望だ」
「へえ、東から。わざわざここまで……。なるほど、ここのダンジョンに挑むんだな?」
ダンジョン?この都市に?そんな話は聞いてなかったけど、どういうことだ?
「……」
「ありゃ違ったかい?って詮索はいけねえな。わりぃなヴァルの兄さん」
「……まぁ、いずれは挑むといったところかな。仲間も募りたいし」
「そりゃそうか、一人は大変だしな」
納得したメクスを見ながらも、悪い男ではないなと少し気を許していた俺は、頷き問う。
「そういうメクスは何しに来たんだ?さっき旅商人と言っていたが」
「あぁ!俺はここでレーン商会と取引をすることになってんだ。あんま多く言えねけどな、なんでも先日から魔物の素材を買いたがってるらしいぜ、あの商会のお嬢さん」
「へ、へぇ……魔物の素材ねえ」
南から商人らしいメクスと雑談しながらも、初めて書く入国許可の申請をメクスの言った通りに記していく。
話しながらしてたせいか、うっかりヴァルツと書きそうになるのを慌てて踏みとどまり、ヴァル:冒険者志望と記入する。
「じゃメクス、俺はここで」
「あぁ、俺もここらで失礼するわ。機会があったら、うちにも来てくれよな!」
互いに握手をすれば、綺麗に二手に別れる。彼は屋台での商売をするらしいが、先にさっき言っていたレーンと会うらしい。
ついて行ってもよかったが、めざとい彼女の事だ、勘付かれる前に別れることにしたのだ。
見慣れたはずの景色なのに、全く違う感覚を覚え、もう一つの目的のために歩き始めた。




