第五章 1「歴史のお勉強」
「師匠は、これからどうするんですか?」
なんとかこちらの歩幅に追いついた声。目線だけ横を向くと、以前よりも親しくなったはずの、図らずも弟子一号になったメリネから尋ねられる。
目に入るのは先日の銭湯で切られてしまった揃っていない髪。未だ生え揃っていない金髪を揺らしながらも、以前よりも表情の明るい彼女は、出会った頃と比べると別人だ。
俺とメリネ、二人揃って歩いていると、こちらに気づいて笑顔や声をかけてくれる町人達。
見知った顔の憲兵などにも笑顔で会釈をできるほど元気になった彼女を見て、先ほど問われた問いに、ほとんど何も考えてなかった俺は首を傾げる。
「うーん……とりあえずはアリサにも聞かないとな」
「そうですね。アリサちゃんもすぐ元気になりますよ」
「まぁ、うん。そうだな」
本来であれば嬉々としてついてくるであろう、ある少女を話題に交えながらも、この場にいない理由を振り返っていた。
あれは祝宴と戦争終結から二日後のことであった。
今回の戦争で負傷した怪我人のために、今度は自分の番だと自らも頑張ると意気込みを見せたアリサは、昼夜問わず覚えたばかりである回復魔法を使用し続けていた。
他の聖職者や術師も同じように回復魔法を使用しているが、その中でもアリサの回復魔法の効能は一段と勝っていた。
足りない分の魔力と体力は俺が肩代わりしているおかげか、皆の治療もとんとん拍子で進んでいった。
しかし俺が負担できるのはあくまでそれだけであり、アリサ本人の精神が尽きてしまった。
無茶をしてしまったのか、すぐには意識が戻らなかった。都市内部を巡回していた俺とメリネは、アリサがいきなりぶっ倒れたと聞かされた時は、すぐに駆けつけたものだ。
部屋へと運び込まれていたアリサの意識自体はしばらくして取り戻してくれたが、大事をとって安静にして休むように寝かしつけた。アリサが抜け出さないように見張りは俺の使い魔となった毛玉の使い魔に任せてある。
「眠たくない」と言い張る強情のアリサの顔面に、全身を押し付けていた毛玉に根負けしたアリサは、引き剥がすように毛玉を抱えるとすぐに寝息を立てて眠ってしまった。
ひとまず毛玉がついているなら大丈夫だろうと、部屋を後にすれば、アリサのご飯用にとメリネと二人で市場を練り歩いていた。
太陽は燦燦と輝き、日陰を奪っていく。滾るほど暖かい日差しに負けないぐらい熱気を帯びた市場に目を向ける。いつこないだまで殺風景と寂しげな街の路上には、避難から戻ってきた商人や農家達が、平穏な日常の一部である仕事に励んでいた。
メリネも言っていたが、戦勝記念も兼ねていつもより人々が多く集ったらしい。一部の通路では、人が通行できないぐらいに密集している場所もある。
人生初の朝の市場を巡りながら、近くの売店などで売っている黒パンと林檎に似た果物、あとは適当な弁当などを買えば、近くの木陰近くで果物をひと齧りしながら古びれた地図を広げる。兜越しに食うのも面倒なので、脱いだ。
メリネも黒パン片手に地図を覗き込む形で、俺の近くに座った。齧歯類ののように小さくかじる姿を横目に、ほんの少しだけ甘い果物を噛み砕けば、全て飲み込んだ。
「今、俺らがいる場所がこのアリューン交易都市」
地図のど真ん中、そこを指差す俺に頷くメリネ。彼女も腕を動かし、指でなぞるように地図の上で示す。
「そしてここから西へ行くとザルザール帝国。北はガリウス北軍国で、南は海洋国家のユートン。さらに南東にザリー法国と北上した先に東にアリュローン連合王国ですね」
思っていたほど多い国を一巡させながら、メリネの方を向く。
「確かメリネの出身は……」
「東のアリュローンですね。それも少し僻地、というかこの辺りの田舎の貴族の出です。師匠はどこから……?」
自分のことは淡々としながらも、こちらへの興味を向けるメリネにドキっとする。
アリサにも、俺は遠い遠方から来たとだけ教えてるので、まさか世界を跨いで来たといっても信じてはくれないだろう。かといって誤魔化すにもあまりにも、この世界において自分は無知である。
「えー……と、この地図にはない、かな〜……」
と好奇な視線に耐えきれず答えに紛糾した俺は、やむを得ずそう答えた。いや、これしかない。
我ながら苦しすぎる言い訳、もっとマシな言い方はなかったのかと自虐まじりで呆れている。最も、気まずいのはそれを言った俺と彼女と視線が合えばしばし沈黙が続いたことだった。
一刻も自虐をやめたい俺としては早くこの微妙な時間が終わってくれと切に願うばかりである。
「……なるほど。海の向こうの大陸から来たと言うこと、でしょうか。さすが師匠、いわゆる武者修行ですね!私もかつてした経験があるので、それにしても外からですか……」
「あ、うん。ソウイウコト」
もうそういうことにしてしまおう。うん、それがいい。早く別の話題を変えないと。
「お、俺はここらに詳しくないんだ。かといってアリサも知らないから、メリネからしてここにある国はどういうものか教えてもらってもいいか?」
「……?そうでしたか、いいですよ。ではまずここアリューンと関係の深いアリュローン連合王国から」
彼女が指差した地図の右端、アリューン連合王国。
この交易都市のアリュローンも連合王国内の都市の一つとは聞いたが、地図を見る限り、王国からすれば、ここはだいぶ遠方の僻地ではないのか?
それに総督の言っていた援軍要請ももしかしてここではないのか?。それにしては距離的に強行軍でも時間的に間に合わないだろう……あまり現実的ではなさそうだったわけだ。
「アリュローン連合王国は初代剣王であったマリュード一世が建国した、アリュローン王国から連なる連合王国です。周辺諸侯も、彼の血族に連なる者達です」
「へえ剣王……メリネのとこは?」
確かメリネも元貴族とか言っていたような……だがメリネは首を横に振る。
「さぁ、どうでしょう。由緒正しい一門だとは聞いていますが、そこまでは……。話を戻しますが、大戦後の武勇に満ちた剣聖であるマリュード一世が、王国を築いたと言ったところですね。彼自身王族の出ではないので」
つまるところファンタジーや創作でいう、いわゆる世界平和後に王様になったというやつだろう。地球でも古今東西、そういう話は珍しくもない。しかし二つ名が剣王は、シンプルでいいな。
関心している俺を横目に、メリネは説明を続けてくれた。
「人族が中心的な国家体制なので、旅や観光ならおすすめの国ですね。他にも冒険者志望や騎士見習いなどにはうってつけかと。あとほんの少しだけ亜人の方々などはいるにはいますが、数は少ないとは聞いています」
「ほとんど人族って国ってことか。……普通だが、国として強いのか?」
メリネはちょっぴり苦笑いしつつ頷き、言葉を続ける。
「国としては強国でしょう。職業軍人である騎士団もいますし、それにアリュローンには、強者と呼ばれる者達もいます」
「強者?」
ネームドってあのネームドだろうか。二つ名もちとかの。聞き返してしまった俺の問いに彼女は頷く。
「有名なところですと、剣狩りノクスタン。蛇の目ジャスティバ。鬼槍傭兵団のオーインドなど。彼らが特に有名で、他にも長年の武勇や功績で強者になった方々はいますね。流石に師匠ほどの猛者は聞いたことはありませんが、師匠の武勇もいずれ轟くでしょう」
「へ、へぇ……そ、そうなんだ?」
弟子たる彼女からの羨望に近い眼差しで見上げられるとむず痒い。死んでいるアンデッドの身体に生き血が身体を巡るような感覚で、妙に肌が痒い気がする。兜の下で顔が赤くなってしまいそうだ。
妙な期待を持たれてるなあと思いつつ、その二つ名持ちであるネームドに関心が移る。
ことゲームや創作でもよく見るいかにも「自分強者です」という称号だ。まぁかっこいいもんな二つ名持ち、俺もそう思うが、ふと気になる点がある。
「なぁ、英雄っているのか?」
「英雄……ですか?もしや師匠がおっしゃっているのは古英雄のことですね」
「お、古英雄?なんじゃそりゃ」
お互い首を傾げていたが、先にメリネが合点いったようで、古英雄についてついでに教えてくれた。
「かつて世界の命運を賭けて、古今東西の英雄たちが集い、悪しきもの達と戦った者たち。後世では彼らを古英雄と呼び、各地に散ったのが彼らですね。先ほど言ったマリュード一世もその一人でした」
確かこれはアシュの言っていた神々の盤戯だったか。そういうふうに伝わって……いや”そういうこと”になってると言うべきか。
確かアシュ曰く、その呼ばれた古今東西の英雄たちも、外部から召喚された存在だったな。とすると英雄と強者、似ているようで本質が違うらしい。
外から引っ張ってこの世界に来た古英雄たちは、それぞれの超常的な力を有した者たちであり、かのマリュード一世も規格外の剣聖だったらしいな。
それに比べて古英雄よりは落ちるが、人の身で自らの能力を極めた連中が強者たちなんだろう。
養殖物と天然物?一点物と量産品?どちらにせよ伝説的存在と現実的存在、どちらもかっこいいと思ってしまう俺もガキに違いない。
「かの大戦で生き残った古英雄たちも片手ほどで、その後はそれぞれの英華を進んでいったらしいです」
つまり現状強者はいるにはいるが、かつての古英雄クラスの英雄的存在はいない。そりゃそうだよな、大戦が起きたのは何百年前で、呼ばれた存在が人なら死んでるわなと。
納得と残念で、話を続けることにした。




