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第四章 7「更生の夜」

 

 それから数日後の夜。


 俺は女王に呼び出され、裏路地で密談をしていた。


「よう、女王さんよ。てか、お前さんたちも無事だったか」


 女王のもとには、奴隷から解放された彼女の配下たちが集まっていた。精鋭揃いの彼らは、俺の姿を見るなり一斉に頭を垂れる。


「よくぞ悪しき王を討ち取ってくださいました。我らが新しき王よ」

「……ん???」


 聞き慣れない言葉に、思わず首を傾げる。


 すると、女王までもが頭を下げ始めた。


「おいおい、王ってのはなんだ?それに、なんか対応が変わりすぎじゃね?」


 いつもの調子で軽口を叩いてみるが、女王は頭を下げたまま、真剣な声音で続けた。


「我ら一同、あなた様に救われました。それゆえ、妾……いえ、私からの依頼の件ですが、差し出せるものは我らの命と忠義でございます。どうか、どうかお受け取りください」


 あれほど女王としての威厳を見せつけていた彼女が、今では首を垂れ、俺に忠誠を捧げようとしている。


 あまりの変わりように、俺は内心かなり動揺していた。


「い、いらねえよ」

「えっ……?」

「いらねえって」


 顔を上げた女王たちは、互いに顔を見合わせる。


 そんな彼女たちをよそに、俺は続けた。


「俺はただ、みんなを助けると決めて、助けただけだ。結果的に都市のみんなも、お前さんたちも助かった。それだけの話だ。報酬なんていらねえよ」


「で、では……我らには、何も求めないと?」


 恐る恐る尋ねる女王に、俺は頷いた。


「ああ。俺が尊敬する、かの偉大な勇者もそうしたはずだ」


 そう口にした瞬間、脳裏に蘇ったのは、俺が初めて出会ったJRPGの勇者だった。


 最初は、ゲームの中だけの存在だと割り切っていた。けれど、彼の物語を追ううちに、いつしか好きになっていた。


 だからこそ、彼がそうしたように、俺も報酬を求めずに助けたいと思ったのだ。


「勇者……そう、ですか……。では、せめてもの礼を、あなた様に」

「わかった、わかった。耳を貸せ」

「……?」


 不思議そうに耳を傾ける女王に、俺は声を潜めた。


「これからの話がしたい。いいな?」


 そのために、俺は女王だけを残すように告げた。


 配下たちも女王の命令に従い、先に領地へと帰っていく。


 やがて、二人きりになった俺と女王を、昨晩と同じように月明かりが照らした。


 光と影が入り交じる裏路地で、俺たちは今後について話し始める。


「まあ、今後と言ってもなんだ。お前さんは、俺に味方になってほしいんだろう?」

「ええ。そのために、我らの王になっていただこうと考えたのです」

「だったら、一つ提案がある。呑めるか?」


 女王は迷いなく頷き、揺るぎない瞳を俺に向けた。


「なら、手を差し出せ。えーと……約束してやる」

「は、はぁ……?構いませんが……ひっ!?」


 言われたとおりに手を差し出した女王の手首を、俺は兜を脱ぐなり、いきなり噛んだ。


 突然のことに女王は驚いたが、俺が血を吸っていると気づくと、さらに目を見開いた。


「なぜ、血を……?それに、あなた様は……?」

「仮にも俺に忠誠を尽くすってんなら、この秘密を守ってみせろ」


 俺は女王の手首から口を離し、真剣な声で告げる。


「もし秘密をばらせば、俺がお前たちを殺す。逃げたとしても、血を吸った俺ならお前の居場所がわかる。そして、秘密を守る限り、お前は俺の味方だ」


 少々強引なやり方ではある。


 だが、こうでもしなければ、この場を収められないと判断した。


 あえて自分の秘密を晒すことで、女王にも相応の覚悟を求めたのだ。こちらも正体を明かした以上、秘密を守ることは互いにとって重要な契約となる。


 女王はしばらく俺を見つめたあと、静かに頷いた。


 こうして、俺と女王の間に同盟が結ばれた。


 今後も彼女からクエストが舞い込んでくるのだろうか。そんなことを考えていると、女王は丁寧にお辞儀をして、樹海へと帰っていった。


 その横顔を見送っていると、頬がほんのり赤くなっていたような気がした。


「ふぃ~~……。やっと終わったな」


 女王たちを見送った俺は、首を鳴らしながら部屋へ戻ろうとした。


 そろそろゆっくりしたい。そう思っていたのだが……。


「あ、お兄ちゃん!どこ行ってたの!」


 俺を見つけたアリサが、駆け寄ってくるなり両手で俺の手を引っ張った。


「わりぃ、わりぃ。ちょうど偉い人と話しててな」

「宴の席にいないから、メリネお姉ちゃんが心配して、みんなで探してたんだよ!」

「げっ、マジか」


 どうやら、思った以上に騒ぎになっていたらしい。


 どう言い訳したものかと考えながら、俺は祝宴の席へ戻った。


 案の定、俺を探していた面々が次々と駆け寄ってくる。危うくもみくちゃにされそうになりながら、みんなに詫びを入れた。


「悪かったって。ただいま」


 そう告げると、皆から改めて盛大な歓迎を受けることになった。


 騒ぎの中、メリネが俺を見つけて走ってくる。


 心配させたことを謝ろうと頭を下げかけた、その瞬間だった。


 ぎゅっと、メリネに抱きしめられた。


「探したんですよ!どこに行ってたんですか、師匠!」


「いやぁ、まあ、ちょっとしたハプニングというか……。ごめん。でも、ちゃんと戻ってきただろ?」

「それは、そうですが……。今度は私も連れて行ってください!いいですね?」


「あ、はい」


 弟子になってからというもの、メリネは以前よりも遠慮がなくなった気がする。


 そんな彼女はアリサと一緒に席へ向かっていった。


 つい先日まで、俺は一人でベッドの上にいた。


 それが今では、妹のような存在に、弟子まで増えた。ずいぶんと騒がしい日々になりそうだ。


 けれど、それも悪くない。


「……悪くないな」


 そう呟いたところで、アリサがどこからか戻ってきた。


 手には木製のジョッキが握られている。


「お兄ちゃん!これ!」


「え?あ、何これ?」


「あの人から頼まれたの」


 アリサが指差した先では、総督がジョッキを片手に合図を送っていた。


 なるほど。なんとなく察した俺は、アリサからジョッキを受け取る。


 気づけば、俺は祝宴の中心にある席へと案内されていた。


 皆がこちらを待っている。ならば、ここは一つ……。


「えー……ここにいる皆の勝利を讃え、そして、都市に住まう全ての人々に! 乾杯!」


「「「乾杯!!!」」」


 俺の音頭をきっかけに、静まり返っていた皆が一斉に騒ぎ始めた。


 料理に目を輝かせるアリサ。そんな彼女の世話を焼くメリネ。そこへレーンや副隊長たちも加わり、俺たちは共に勝利を分かち合った。


 俺はジョッキを傾け、林檎酒をあおる。


 そして、ふと空を見上げた。


 リアルで見ていた星空とは違う空。


 けれど、紛れもなく今の俺が見ている空だった。


「さて、どんな旅になるかな……」


 もうすぐ死ぬはずだった男の新しい始まりにしては、ずいぶん騒がしい幕開けだ。


 それでも、少なくとも今は、アリサたちと一緒に生きていこう。


 この先どうなるかは、俺にもわからない。


 だが、それはそれで楽しみでもあった。


 そんな気持ちを胸に、夜空を眺めていた俺は、久しぶりに心から笑っていた。


 ♢ ♢ ♢


 その頃、この戦争を観戦していたさまざまな使い魔たちは、それぞれの主人のもとへと散っていた。


 ある者は、この戦争を企てた者たちの手先。


 ある者は、各国の暗部に属する者たちの使い。


 彼らが主人へ報告する内容は、ただ一つ。


 敗北寸前だった都市に突如として現れ、小鬼の王を討ち取った黒騎士なる人物について。


 使い魔たちは、主へ報せるべく闇夜を駆けていく。


「ふーん。彼なら、私の探究を進めてくれそうね」


 祝宴の様子を覗き見ていた魔女は、使い魔である一羽のカラスを通して、水晶に映る黒騎士の姿を眺めていた。


 そして、そっと呟くと、楽しげに微笑んだ。


 灰方暦五六九年。


 亜戦アリューン事変は終結した。


 そして、無名の英傑──黒騎士の存在が世に広まるのも、そう遠いことではなかった。

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