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第四章 6「────血を以って、汝は」

 

「ごほっ!う、し、師匠……」


 刀を杖代わりにしながら、俺に近寄ろうとするメリネ。顔を見れば、また自分を責めそうな雰囲気だった。


 だから俺は、容赦なく両手で彼女の頬をつねった。


「い、いひゃいです、ししょー……」

「強くなったな、メリネ」


 つねるのをやめ、彼女の頭を撫でる。ついでに、ぽんぽんと軽く叩いてやった。


「えっ?」


 痛みで目をつむっていたメリネは、何をされたのか理解できず、きょとんとしている。


 そんな彼女を横目に、俺も覚悟を決めることにした。


 手を強く握り、一滴だけ血を浮かべる。肩で息をするメリネの口を塞ぐようにして、その血を飲ませた。


 俺を慕ってくれる彼女が、この先どう成長していくのか。それを自分の目で見てみたくなったのだ。


 だから、今ここで死なれるのは悲しいし、困る。


 ───だから。


「俺も覚悟を決めた」


 メリネは、突然血を飲まされたことに戸惑っていた。


「し、ししょう……これは、いったい……?」


 苦しそうに喘ぎながらも、理由を尋ねてくる。だが、今はまだ答えられない。


 だから俺は、一言だけ告げた。


「お前の師匠になってやるよ、メリネ。だから死ぬな」


「……!?」


 そう言って、メリネを結界の外へ放り投げた。


 彼女の身体は宙を舞い、こちらへ手を伸ばす。だが、その手が俺に届くことはない。


 メリネは教会近くに積まれた干し草の山へと落下し、そのまま埋もれた。


「よし、ようやくタイマンってわけだ」


 本当なら、適当に言いくるめてメリネを放り出すつもりだった。


 だが、彼女の成長をこの目で見たくなった。師匠になる義理も、助けてやる必要もないはずなのに、そうしてやりたくなったのだ。


 あてのない旅の途中だというのに、またやるべきことが増えてしまった。


 それでも、不思議と悪い気分ではない。


 心配の種だったメリネは安全な場所に移した。周囲を気にする必要もなくなった。


 これで本当の意味での一対一。存分にやり合える。


「オオオオオ!!!」


「……ふんっ」


 瓦礫の中から這い上がってきたゴブリンキングが、俺に殺意を向ける。


 その姿を見て、俺は鼻で笑った。


 奴は先ほどにも増して怒り狂っているらしい。口から血と唾液の混じった液体を、だらだらと垂れ流していた。


「お前さんを倒せば、この戦争も終わる。互いにケリをつけようぜ? どうせお前も、こいつが欲しいんだろ? だったら俺を倒してみろ」


「……ギィ……!」


 俺は背後の地面に突き刺さった剣を顎で示した。


 ゴブリンキングは歯を食いしばる。


 どうやら、自分の目的が見抜かれているとは思っていなかったらしい。あまりにもわかりやすい反応に、兜の中で苦笑する。


 これまで腹の探り合いなんて、ろくにしたことがないのだろうか。


 ……いや、例外もいるにはいる。


「(でも、それは女王が理知的すぎるだけか。あれは特別だもんな)」


 そんなことを考えながら、俺は一度やってみたかったことを実行する。


 ゴブリンキングに向けて、指をくいくいと曲げた。


「かかってこいよ」

「ガァ!」


 それを合図に、奴は即座に飛びかかってきた。


 怒り狂うゴブリンキングの腕が増殖し、瞬く間に六本腕へと変貌する。


「えっ、キモ!」


 多腕のキャラクターなら二次元にもいる。だが、実物を目の前にすると、思わずそんな感想が出てしまった。


 しかも、生えたばかりの細い腕には吹き出物のような斑模様まである。余計に気持ち悪い。


「ちょ、こっちにそれ向けんな!」


 背筋を走る嫌悪感を押し殺し、俺は戦闘へ意識を戻す。


 ゴブリンキングの連撃は嵐のようだった。


 メリネとの戦いで見せていた二本の短刀による攻撃に加え、増えた四本の腕で引っ掻き、切り裂く。六本の腕が入り乱れ、凄まじい連続攻撃を繰り出してくる。


「し、しょー!」

「メリネ!?あなた、なんでそんなところにいるのよ!?」


 ちょうど教会へ到着したレーンが、干し草に埋もれていたメリネを見つけ、慌てて抱き起こしていた。


「大丈夫?」


「そ、それよりも!し、ししょうがあいつと! けほっ!」


「何よ、あの結界……。ヴァ……じゃなかった。あれは……黒騎士さんが小鬼の王と戦っているのね」


 メリネは俺を心配して声を上げようとするが、咳き込んでしまう。


 もっとも、こちらは何の問題もない。


「その声、レーンか?メリネと、教会にいる人たちのことを頼んだぞ!」

「え!?わ、わかったわ!」


 声が届くかどうか怪しかったが、どうやら聞こえたらしい。


 それなら、メリネのことはレーンに任せよう。


 その間にも、ゴブリンキングの攻撃が何度も空を切る。風を裂く音がこちらまで届いていた。


 だが、いくら攻撃を繰り出そうとも、俺に当てることはできない。


 先ほどまでメリネとの戦いを観察していたおかげで、攻撃の癖が見えてしまうのだ。


 腕を増やしたところで、根本的な攻撃方法は変わっていない。


 そもそも、こいつの攻撃は接近戦に限られている。射程も短い。六刀流になったところで、攻撃が届く距離さえ把握してしまえば、避けるのは難しくなかった。


「しっかし、うーん……こいつをどう倒すか……」


 大剣は使えない。先ほどのラリアットも、効果が薄かった。


 となると、打撃で倒すのは厳しい。やはり斬撃で仕留めるべきだろう。


 再生能力もあるらしい。中途半端に切り飛ばして、また生やされては面倒だ。


 一瞬で、すっぱり斬る。


「斬撃系の武器だな。なら……」


 使う武器を決めた俺は、身体をひねるようにして虚空へ手を差し込み、インベントリから刀を取り出した。


 そして、後ろへ二歩跳躍。わざわざ距離を取る。


「それは……!」

「おう。こいつが俺の愛刀だ!」


 レーンたちにも見せることになった、俺の愛刀。


 《斬月刀・鳴雷》


 かつて、とある伝説のボスが所持していた、己が愛した剣豪の刀。神話級に分類される武器の一振りだ。


 長く伸びた刀身には刃こぼれひとつない。打刀よりもはるかに長い大太刀を、俺はゆっくりと構えた。


「何かしら、あの構えは……」

「あの構えは……!」


 レーンたちが訝しむ一方で、メリネは目を見張っていた。


 俺が取った構えは、メリネと同じ居合の構え。


 だが、俺の全身を覆う黒い鎧と、手にした長大な刀の組み合わせは、どう考えても異様だった。


 刀身に込められた魔力も尋常ではない。


「この一撃に、全てを賭ける」


 メリネの見事な居合を見せられた俺は、柄にもなく子供じみた対抗心を燃やしていた。


 だからこそ、この刀を選んだ。


 ただし、こいつは初撃に火力を集中させた武器だ。


 初撃を外せば、防御も回避も取れないまま、十秒間も隙を晒すことになる。


 エンデスでは、そうした一撃必殺の浪漫武器に分類されていた。


「はぁ────」


 ゴブリンキングを見据え、片膝をつく。極限まで力を抜き、全身の穴から息を吐き出すように脱力する。


 呼吸する必要などないアンデッドの身でありながら、深く、深く息を吸った。


 それを繰り返すうちに、視界に映るものすべてがスローモーションに見えるほど、集中が研ぎ澄まされていく。


 静寂。


「……!」


 最後の息を吐き切り、なんとなく魔力を込めてみる。


 刀を抜くのは一度だけ。振るうのも一度だけ。敵は一匹。


 ただそれだけのことに、意識を集中する。


 こちらを殺そうと迫るゴブリンキングの圧力を受けながら、余計なことは何も考えない。


 そして最後に、兜の中で口角を上げた。


「ガラアアアアアアアア……!」


 俺の異様な気配を察したのか、ゴブリンキングは即座に短刀を投げつけた。


 二本の短刀が、動かない俺へ迫る。


 それでも、避けない。


 回避を見越した攻撃だったのか、短刀は俺の頬をかすめて後方へ飛んでいった。


 間髪入れず、ゴブリンキングは自らの腕を一対引きちぎる。


 そして俺の眼前で跳躍し、残った腕を振り下ろしながら飛びかかってきた。


 ───抜刀。斬ると決めたら、全てを斬れ。


 今でも覚えている、この刀の持ち主である女剣豪の言葉。


 彼女に倣うように、俺は抜刀の瞬間を待つ。


 ただ斬る。


 眼前にいる小鬼の王を、斬る。


 まるで刀に支配されたかのように、その一念だけで身体を動かす。


 親指で鍔を弾き、鞘からわずかに顔を出した刀身を、一気に引き抜く。


「……」


 刀身を空気に触れさせた瞬間、自分のHPが一定割合でぐんぐん削られていく。


 そして、口の中でその言葉を繰り返す。


「───抜刀。斬ると決めたら、全てを斬れ」


 刀身が鞘から走る。


 ごく単純な、ただ速いだけの一撃。


 鞘から完全に抜き放たれた刀が、飛びかかってきた小鬼の王を斬り裂く。


 一閃。


「……っ!?」


 レーンたちの目には、その斬撃を捉えることすらできなかった。


 ただ一人、メリネだけが抜刀の瞬間を見届けていた。


 しかし、彼女は言葉を失っていた。目の前で繰り広げられた光景に、ただ唖然とするしかなかったのだ。


 一瞬だけ、目に見えるほど凄まじい斬撃が煌めいた。


「あれは……まるで……」


 雷。


 絵物語の中で知り、空に現れるとされる稲光。


 メリネの目には、俺の一太刀がそう映った。


 雷のごとき速さで放たれた斬撃は、一瞬にして眼前の肉を切り裂く。その勢いのまま空間すらも斬り、あろうことか結界までも切り裂いた。


 そして、小鬼の王を斬った。


 飛びかかった姿勢のまま、ゴブリンキングの身体が上下にずれる。


 奴は自らがすでに絶命したことすら知らず、肉体を二つに分かたれたまま地面へ落ちていった。


 一撃を放った刀身は、血を払うように振るわれたのち、頭上に掲げた鞘へと納められていく。


 ゆっくりと刀身が隠れ、鍔が鳴る。


 その音と同時に、結界が消滅した。


 ─────────


 ふう、と息をつき、身体をほぐす。


 アンデッドである俺に疲労などないはずだが、気分的にそうしたかった。


 そんな俺を見つめるメリネに、親指を立てて笑いかける。


「ま、こんなもんだ。すごいだろ? お前の師匠は」


 にっと笑ってやると、メリネは目元に涙を滲ませながら頷いた。


「はい……!」


「おおおおおおおおおおお!俺たち勝ったぞおおおおお!」


 見守っていた副隊長たちの雄叫びが、勝ち鬨となって戦場に響き渡った。


 そこからの戦争は、意外なほど早く終わった。


 小鬼の王が死に、指揮系統から外れた亜人たちは、統制を失って戦場から逃げ出していく。


 ゴブリン・アーミーの親衛隊は最後まで抵抗を続けたが、やがて最後の一匹まで討ち取られた。


 こうして此度の「亜戦アリューン事変戦争」は、都市側の勝利によって無事終結した。


 俺も、皆を助けられてよかったと思う。


 だが、俺にとっては、ここからが本当の始まりだ。長い、長い、あてのない旅。


 ルールブックも、wikiもない。


 この世界の果てまで続く旅が、今、始まろうとしていた。

ヴァルツ Lv99 戦士


アリサ Lv3→Lv5 治癒師見習い


メリネ Lv20 →Lv22 戦士

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