第四章 5「真なる戦士に勝利を」
戦闘を繰り広げているのは、雇われた冒険者や傭兵たち。そして彼らを指揮するのは、《ゴブリン・シャーマン》だった。
副隊長によれば、本来いるはずのない都市内部に、まるでリポップしたかのようにゴブリンたちが現れたらしい。
王の邪魔をさせまいとするように散開し、都市の各所で攻撃を開始。
市内を護衛していた冒険者や傭兵たちは、偶発的遭遇によって《ゴブリン・アーミー》との戦闘を余儀なくされていた。
だが、肝心のゴブリンキングの姿は見当たらない。
おそらく教会方面だろう。ゴブリン・シャーマンも、王の進路を確保するため、アーミーたちに命令を下しているようだった。
「こいつら、つええ……!」
「おい、しっかりしろ!」
冒険者や傭兵たちも奮闘しているが、旗色は悪い。
俺にだけ見えるゴブリン・アーミーの平均レベルはLv18。
冒険者たちの平均Lv15より一段高い。加えて、冒険者と傭兵の連携がうまく取れていないのに対し、敵は集団として連携していた。
武装も充実しており、教会へ続く道を塞ぐように陣取っている。王を追う者たちを阻止するための壁というわけだ。
早くメリネと合流したい。だが、ここで彼らを見捨てるわけにもいかない。
「(どうする?加勢すべきか いや、メリネの安否も気になる……)」
大剣を抜こうとした、そのときだった。
「ここはわたくしたちが加勢しますわ。あなたはメリネと小鬼王を追ってください」
馬に乗ったレーンが、俺のそばまでやってきた。
「あんたはいいのか?まだ疲れてるんじゃないのか?」
「ええ、ひっじょーに疲れていますわ。今ならぐっすり眠れそうなくらいに。でも、休んでいたところでメリネが小鬼王を追うのが見えたので、こちらへ来ただけです。彼女のことはあなたにお任せしますわ」
レーンの後ろには、まだ動ける騎兵が数名いた。
副隊長たちも少し迷ったものの、彼女と共に援護へ向かうのが最善だと判断したらしい。
「ここは俺たちが加勢します。黒騎士殿、うちの隊長のことを頼んます!」
彼らに任せられるなら、こちらとしても異論はない。
「請け負った!」
教会への道を塞ぐゴブリン・アーミーたちは、目の前の冒険者たちに気を取られている。
俺たちは散開して敵の死角へ回り込み、不意打ちを仕掛けた。騎兵が突撃し、敵陣が乱れたところへ副隊長たちが追撃をかける。
防御陣形が緩んだ隙にアーミーの一匹を斬り捨て、俺とアリサは敵陣を突破した。
メリネがいるはずの丘へ向かって駆ける。
すると、木々の奥から激しい金属音が響いてきた。
武器と武器がぶつかり合う音。間違いない。
音のする方へ急ぐと、メリネがゴブリンキングの猛攻を凌いでいた。長剣を振るうメリネに対し、王は二本の短刀で攻撃を弾き続けている。
「メリネ!」
「師匠!後ろの皆さんを頼みます!」
「なにっ!?」
攻撃を押し返されながらも、メリネは必死に応戦していた。その視線の先には、倒れている冒険者たちがいる。
「……よし、わかった。アリサ!」
俺は背中に抱っこしていたアリサを、片膝をついてゆっくり下ろした。
「教会の中で、冒険者たちの回復を頼めるか?皆は俺が運ぶ」
「うん!」
アリサは頷き、先に教会へ向かう。
残存魔力が気になるところだが、本人は疲れた様子も見せずに走っていった。
「っと、これで全員か」
倒れていた冒険者たちを何度かに分けて運び、教会の中へ寝かせていく。全員負傷しているものの、意識はあるようだった。
「《ヒール》!」
アリサは、以前のダンジョンで見せたように手をかざすだけでなく、きちんと詠唱して治癒魔法を使っていた。詠唱の効果もあってか、負傷者たちの傷が目に見えて塞がっていく。
「アリサ、俺はメリネを助けに行く。ここで待っていられるな?」
「……うん」
「心配するな。ちゃんと、みんなで帰るぞ」
不安そうなアリサの頭を撫で、俺は教会の外へ向かった。
改めてゴブリンキングを見据える。
「……確かに、こいつは強敵だな」
体格はホブゴブリンより小さい。だが、生命力が異常だった。
先ほど戦ったホブゴブリンのHPが500程度なら、ゴブリンキングは約10000。レベルもおよそLv30で、Lv20前後のメリネを大きく上回っている。
できればすぐに加勢して、二対一に持ち込みたい。
だが、格下のボスであっても、初見殺しの技を持っている可能性はある。自爆や道連れのスキルがないとも限らない。全滅を避けることを第一に考えるべきだ。
それに、メリネは今、自分の意思で強敵に立ち向かっている。
挫折を乗り越える相手としても、小鬼王は申し分ない。格上だからこそ、彼女も本気の全力を出せるはずだ。
危なくなれば、すぐに助けに入る。そう決めて、俺は戦いを見守ることにした。
「しかし、肝心の奴は妙な感じだな。何かを探しているのか……?」
観察しているうちに、俺はゴブリンキングの視線が時折、メリネの後方へ向けられていることに気づいた。
そこには、俺が偽装のために地面へ突き刺しておいた剣がある。
何が目的なのかはわからない。だが、王にはまだ余裕があり、メリネは最善の防御でなんとか攻撃を凌いでいた。
「ふっ!てやああ!」
メリネは敵の隙を突いて攻勢に出る。
一撃、もう一撃。長剣は防がれても攻撃を止めず、少しずつ王の気力を削っていった。
病み上がりとは思えないほど機敏な動きだった。
「(無条件に俺のバフが適用されているな)」
俺の視界には、メリネとアリサがパーティーメンバーとして表示されている。
ゲーム画面さながらの視界には、自分のHPバーだけでなく、二人のHPバーも映っていた。
戦士系職業を極めたこの身体には、パーティーの戦士職を強化するスキルが備わっている。メリネにも、その効果が反映されているのだろう。
「いつもより体が軽い!」
「メリネ! 気を抜くなよ!」
「はい! 押して参ります!」
メリネは俺をちらりと見て、笑みを浮かべながら剣を構え直した。
昨日、俺にだけ見せた弱々しい迷いは、もうない。
師を得た影響なのか、自分の弱さを受け入れたからなのか。理由はわからないが、今のメリネに迷いは見られなかった。
その勇ましい姿を見ていると、止まっているはずの俺の心臓が熱く胎動するような気がした。
「いい気概だ。だが……」
バフで身体能力を底上げしたところで、相手が格上であることに変わりはない。メリネ自身も限界が迫っているとわかっているはずだ。
それでも、攻める手を止めない。
「はあああっ……! 《スラッシュ》!」
「グギィ!? グガァアア!」
純粋に強さを追い求めてきたメリネと、生身で戦うことを避けて強さを手に入れたゴブリンキング。両者では、戦いに向き合う姿勢も自負心も違う。
その差が表れたのか、格上のはずの王が徐々に押され始めた。
王は部下を呼び戻そうとする。
だが、俺がそれを許さない。
「《スピリット・デュエル》!」
俺は大剣を地面へ突き刺し、拳を高く掲げた。
通常は敵のターゲットを自分に集中させるヘイト管理用スキル。だが、HPを二割消費すれば、厄介な敵を隔離し、タイマンへ持ち込むための効果を発揮する。
俺は迷わず、その効果を発動させた。
「邪魔すんなよ。メリネの戦いを」
大剣を中心に結界が広がり、俺とメリネ、そして小鬼の王を閉じ込める。
王の呼びかけに応じて駆けつけたゴブリン・アーミーも、結界の中には入れなかった。その隙を逃さず、冒険者の一人が背後から敵の首を斬り落とす。
「グルルルル……」
この世界では、スキルが簡易的な隔離結界として認識されているらしい。
「他の奴らはここに来られないわけだ。残念だったな、王様♡」
軽く煽ってやると、ゴブリンキングは怒りを露わにした。
その隙を、メリネは見逃さなかった。
「そこっ……!」
長剣による刺突が、二本の短刀をかいくぐって脇腹へ突き刺さる。
「グォラァ!」
「っ……!?」
だが、剣を引き抜こうとしても、刃が王の肉体から抜けない。
次の瞬間、パキンッ、と乾いた音が響いた。
長剣が折れたのだ。
好機と見た王が、すかさず短刀を振り下ろす。
メリネは剣を手放し、後方へ跳んで回避した。髪をわずかに切られながらも、なんとか攻撃を凌ぎ、俺から渡した刀の柄へ手を伸ばす。
「自分の思うまま、やってみな」
「……はい!」
メリネは刀を見据え、改めてゴブリンキングと向き合った。
体力的にも、次の一撃にすべてを懸けるしかない。
彼女は刀をほんの少しだけ鞘から抜き、刃に映る自分の顔を見て息を呑んだ。
長年使ってきた長剣とは違う、初めて手にする武器。迷いがないわけではない。
それでもメリネは刀を鞘へ戻し、腰を低くした。
「すぅぅぅ……はぁ───……」
朝に俺が教えたとおり、全身の力を抜いて呼吸を整える。
ゴブリンキングも警戒し、ほんの一瞬だけ後退した。
その刹那、メリネが動いた。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ───!」
「───グギャウ……!?」
王は二本の短刀を合わせ、刀の一撃を防ごうとする。力も反射神経も奴の方が上。防いだ直後に反撃するつもりだったのだろう。
だが、その瞬間だけはメリネの方が速かった。
鞘から抜き放たれた刀が弧を描き、王の防御をすり抜ける。
「《ザン》!」
ただの一振り。
しかし、その一瞬の斬撃は防ぎようがなかった。
ゴブリンキングの左腕が、綺麗な断面を見せながら地面へ転がり落ちた。
「すげえ……」
居合。初めてとは思えない早業だった。
たった一撃。それも初撃で、メリネは自分の命を懸け、格上の相手を上回ってみせたのだ。
ゲームとは違う、現実の戦いで本物の成長を目の当たりにした俺は、心が躍るほど昂っていた。
「はっ、くっ……!?」
メリネの顔に脂汗が滲む。
失敗すれば死んでいたかもしれない一撃。その大きな代償に、彼女は片膝をつき、荒い呼吸を繰り返した。
「ゴアアアアアアアア……!」
左腕を失ったゴブリンキングが、激痛をかき消すような雄叫びを上げる。
そして、無防備なメリネへ短刀を振り下ろした。
「おらよ!」
俺はすかさず割って入り、ゴブリンキングへラリアットを叩き込んだ。
まともに一撃を受けた王は後方へ吹き飛び、教会の荷車を壊しながら土埃を巻き上げる。
こっからは俺の番だ。
選手交代とばかりに、俺はメリネの前へ出て、再び仁王立ちした。




