第四章 4「闘争の輪舞曲」
騎兵が戻ってきたのと同時に、城門から混成部隊が動き始め、防衛態勢を整えていく。
城門前には木製の柵が並び、家具や瓦礫を積み上げたバリケードが築かれていた。その内側では、守備隊の兵士たちが門の入り口を守るように武器を構えている。
「立てー!!弓兵部隊、構え!目視で確認次第、攻撃せよ!」
城壁の上から指揮官たちの号令が飛ぶ。
弓兵たちは一斉に弓を引き絞り、敵の軍勢へ矢の雨を降らせた。
「次弾!放て!」
昨日と比べて、攻撃の精度は明らかに高い。
狙うのは、こちらの誘いに乗って突撃してきた敵だけ。まばらに攻撃をばら撒くのではなく、一点に集中させることで、亜人たちは弓兵の存在を認識する間もなく次々と倒れていく。
矢に余裕のある弓兵には、攻撃の手を緩めないよう指示が飛んだ。
「我々は漏れた敵の掃討にあたる!槍構え!堅牢の陣!」
主力部隊を率いる老年の守衛長が、大きな声で号令をかける。兵士たちは即座に戦闘態勢へ移行した。
矢の雨を逃れた亜人たちも、混成部隊の槍の前では逃げ切れない。前衛を中心に息の合った連携を見せ、敵を確実に仕留めていく。
(いい調子だ)
そう思っていた矢先、先陣を切って突撃してきた亜人たちの後方にいた連中も、歯止めが利かなくなったらしい。次々とこちらへ向かって突撃を始めた。
「魔法部隊!固まっているところに放ってやれ!」
指揮官はすかさず、温存していた術師の部隊を動かす。魔法の使用許可を受けた術師たちは、待ち構えていたように杖を構えた。
「《ファイア・ボール》!」
先ほどから溜めていた魔力を、杖を通じて解き放つ。
周囲の空気さえ焦がすほどの熱量を持った火球が、次々と亜人の群れへ飛んでいった。狙いは大雑把だが、それで十分。敵の数が多いのだから、どこに放っても当たる。
目の前で土煙を巻き上げるほどの炎の爆撃は、さながら大迫力映画のワンシーンだった。
前線の指揮は総督たちに任せてある。雑兵相手の戦闘なら、今のところ問題はないだろう。
ならば、次に注意すべきは本隊の動きだ。
大きな動きはないと思っていたのだが――。
「王たちは、いまだ動きを見せず……ん?あれは、まさか……」
雑兵たちの中に、いるはずのない武装したホブゴブリンが数匹、紛れ込んでいた。
どいつも相当な猛者らしい。先発の亜人たちを蹴散らしながら、こちらへ向かってきているのが見えた。
「本隊の戦力を割いてきたか!」
俺の言葉に周囲が驚くが、構っている暇はない。
俺は単独で動き始めた。
「黒騎士殿!?どうなされた!?」
「王の手勢が混じっている!総督たちは作戦を継続しろ!」
「何ですと!?」
そう告げると、俺は城壁からためらいなく飛び降りた。
豪快に城壁の外へ着地する。すぐ後を追うように、メリネも足場をぴょんぴょんと跳ねるようにして降りてきた。
俺の着地に驚いて振り向いた守衛長だったが、こちらが無言で頷くと、すぐさま兵士たちに指示を飛ばす。
兵士たちは柵やバリケードから離れ、隊列を組み直した。
前衛が大楯を構え、その後ろに槍兵たちが密集する。大楯を持つ兵士を援護できるよう、隙間なく陣形を整えていった。
俺とメリネは、その大楯兵たちの前に立ち、敵を迎え撃つ構えを取る。
そうこうしているうちに、亜人たちが迫ってきた。
近くまで来れば、その行動の単純さがよくわかる。武装と呼べるものも、壊れかけた剣や、木から切り出しただけの棒といった具合だ。
なりふり構わず、ただこちらへ突っ込んでくる。
「放て!」
観測手の合図を受け、遠距離部隊の指揮官が再び号令を下した。
弓兵たちが一斉に矢を放つ。矢に対応できなかった雑兵たちは次々と倒れ、城門の周囲には亜人たちの骸が転がり始めた。
俺は背負っていた大剣を抜き、飛び込んでくる亜人たちを胴体ごと薙ぎ払うように斬り伏せていく。
雑魚を片付けながら、横にいるメリネへ目を向けた。
メリネは刀を使わず、使い慣れた予備の長剣を振るっていた。
他の兵士たちも、今は城門を守ることだけに集中している。前衛部隊の過半数が守衛で構成されていることもあってか、防衛戦における連携は見事なものだった。
「大物たちが来るぞーーーー!」
城壁に陣取った弓兵が、こちらへ向かって叫ぶ。
彼らにもホブゴブリンの姿が見えたらしい。矢を使い切った弓兵たちは、石などを投げつけて攻撃を続けていた。
ホブゴブリンが来ること自体は予想通りだ。
だが、そこまでして兵力を割いた小鬼王が、いまだ動きを見せない。
その動向を気にしていたところで、メリネが大声を上げた。
「師匠、小鬼の王が!」
「ちっ、あの野郎……!」
本来なら、大軍に紛れて城門へ乗り込んでくるものだと思っていた。
だが、小鬼王は違った。
こちらへ向かってくると見せかけて、連れていた呪術師が呼び出した肉塊を踏み台に、跳躍したのだ。
強靭な肉体がなせる技なのか。ゴブリンキングは凄まじい跳躍を見せ、そのまま城壁を易々と飛び越えて都市内部へ侵入していった。
(やられた!)
形勢が不利になれば、奴は逃げ出す。そう踏んでいたせいで、完全に後手に回ってしまった。
しかも、守衛まで前線に動員している。
まさか、こんな大胆な手段で乗り込んでくるとは。どうやら、あいつも相当に頭が回るらしい。
「……私が行きます。師匠はここを!」
言うが早いか、メリネはゴブリンキングを追って単身、都市内部へ走り出した。
「待て、メリネ!一人じゃ危険だ!」
呼び止める声も届かない。
「ちっ、仕方ねえか。さっさとこっちを片付けるしかねえな!」
メリネを追いかけたいところだが、こちらにも問題がある。
迫り来るホブゴブリンが数匹。遠距離部隊は即座に攻撃を仕掛けていたが、弓兵の矢も術師の《ファイア・ボール》も、仕留めるには至らず、効果が薄い。
ぱっと見ではわからないが、何か魔法を軽減する防具でも身につけているのだろうか。
後衛の攻撃で仕留められない以上、こいつらを放置するわけにはいかない。
いくら熟練の守衛たちでも、ホブゴブリンを相手に消耗戦を強いられれば、いずれ押し切られるのは目に見えていた。
「防御を固めろ!決して一人で戦うな!」
「俺が最前線に出る。後ろは任せた」
「……っ!ご武運を……!」
個の力で敵に劣るなら、せめて集団で戦わせる。
守衛長は即座に防御を固めるよう、近くの兵士たちに指示を下した。
それを聞いた俺は、大剣を肩に担ぎ直し、迫り来る二匹のホブゴブリンへ自ら距離を詰めていく。
俺に近いほうのホブゴブリンが、突然接近してきた俺を目掛けて大槌を振り上げた。
木をそのまま切り出したような巨大な槌を両手で握り、力任せに振り下ろすのではなく、横薙ぎに叩きつけてくる。
「ゴガアアアァ!」
「うおおおおおお!」
俺はあえて、その一撃に飛び込むように踏み込んだ。
横殴りの大槌の下を滑るように駆け抜ける。頭上をかすめていく大槌を背に、突進の勢いを乗せて大剣を振り抜いた。
刃がホブゴブリンの腹を捉える。
斬撃は腹を切り裂くだけに留まらず、その巨体を勢いよく両断した。
「次!」
敵へ啖呵を切り、次の獲物へ走り出す。
それからは時間との勝負だった。
途中から敵の数を数えるのもやめ、無心で大剣を振るい続ける。流れるようにホブゴブリンたちを蹴散らしていった。
スキルや技を使うまでもない。ただ、両手で大剣を振るうだけ。
振り抜いた刃が雑兵ごとホブゴブリンの胴を切り裂き、頭上から振り下ろした一撃が敵を両断して大地を砕く。
しまいには大剣を手放し、素手で亜人の顔面を殴り飛ばす。そのまま襲いかかってきたホブゴブリンの喉元に大剣を突き立て、とどめを刺した。
「おう!ここから先は通さねえぞ!」
亜人の群れの中心で、天に吠え、力の限り大剣を振るう。
血まみれになろうと構わず、豪快に刃を振るえば、雑兵たちが吹き飛んでいく。
ホブゴブリンには、確実に仕留めるための最低限の《スラッシュ》を叩き込み、一体ずつ倒していった。
「これで、終いだ……」
ようやく一息ついた頃には、最後のホブゴブリンもぴくりとも動かなくなっていた。
俺はそいつの喉元から大剣を雑に引き抜く。剣身に付着した血を振り払えば、刀身には刃こぼれひとつなく、血糊すら残っていなかった。
「時間が惜しい!メリネを追いかけねえと」
「黒騎士殿!あとは俺たちが!」
「ああ、あとは頼む」
道を開けてくれた兵士たちの肩を叩き、そのまま通り過ぎる。
横目で見た彼らの瞳に、恐怖の色はなかった。
少々ショッキングな光景を見せてしまったかと思ったが、さすがは練度の高い兵士たち。どうやら杞憂だったようだ。
主戦場を彼らに任せ、補給がてらに近くにあった水を頭から被る。雑に汲まれた水で返り血を洗い流すと、俺はメリネを追って都市内部へ駆け出した。
「お兄ちゃん!」
城門の内側には、兵士たちの治療を任されていたアリサがいた。
俺に気づいたアリサは、ぴょんぴょんと跳ねながらこちらを待っている。
俺は左手を差し出し、伸ばしてきたアリサの手を握った。そのまま左腕で抱き上げると、共に都市の内部へ向かう。
「わっぷ!」
「しっかり捕まってろよ、アリサ!メリネの後を追うからな!」
「うん!」
城下の広場へ入り、耳を澄ませる。
いくつかの足音が聞こえ、そちらを振り返ると、昨日負傷して休んでいたはずのメリネの部下たちと遭遇した。
「あんた、なんでここに!?ってか、俺たちの隊長を見てねえか?さっき、ちらっと見かけたんだが!」
どうやら、メリネはすでに都市の奥まで潜り込んでいるらしい。
強襲を成功させたゴブリンキングを追っているのだろう。だが、こちらも事情を説明している暇はなかった。
「俺たちもメリネを追ってここまで来た。すまないが、この街の道案内を頼めるか?」
息巻く彼らを落ち着かせながら、こちらから頼み込む。
すると、彼らは一拍で落ち着き、すぐに頷いた。
「なんだかよくわかんねえけど、わかった!お前ら、散開して情報を集めるんだ!」
「おう!」
副隊長の号令に、兵士たちが声を揃えて応じる。
彼らはそれぞれ別の道へと走り出し、手分けして情報を集め始めた。
「助かる!すまないな!」
「あんたがついてきてくれるなら、俺たちの安全も保証されたようなもんだ!こっちこそ助かるぜ!」
こうして俺たちは、副隊長の先導のもと、時間制限つきの小さな戦争へと身を投じることになった。




