第四章 3「戦乱再び」
「師匠!奴らです!」
アリサと手を繋いだメリネが、こちらに向かって声を上げた。
俺は応じるように、机に立てかけていた大剣の剣先を踏み、直立させる。そのまま背負い直すと、総督へと視線を向けた。
「どうやら、おいでなすったか。メリネ、ここからは実戦だ。そいつをどう使うかは任せる」
「は、はい……!」
「まったく、忙しない奴らじゃ! 私の至福の時間を奪いおってからに!」
先ほどまで目を輝かせていた総督は、一瞬にして仕事の顔へと切り替わっていた。声には、私怨すら感じさせる怒気が滲んでいる。
俺たちは部屋を出て、城壁の上へと急いだ。
戦場を見下ろせば、亜人軍は昨日と同じように陣取っていた。その中央には、奴らの王が健在である。
その姿を目にした兵士たちの表情が強張る。昨日の戦いを思い出したのだろう。恐怖を押し殺しながら整列する兵士たちを見て、俺は小さく息を吐いた。
なら、少しでも気持ちを奮い立たせてやるか。
俺は兵士たちに気づかれないよう、スキルを発動した。
「《ウォーハウリング》!」
ゲームでは、味方全体のATKとSTRを向上させるバフスキルだ。効果時間は五分程度。どこまで現実に反映されるかはともかく、ないよりはマシだろう。
「黒騎士殿、これは一体……?」
騎兵たちを中心に、兵士たちの様子が変わっていく。身体の内側から力が湧き上がるような感覚に包まれているらしい。
不思議そうな顔をする総督に、俺は肩をすくめて答えた。
「皆で勝つための、気合い入れみたいなもんだ。全員が最善を尽くした方がいいだろう」
「……ですな。どうやら、貴殿の気合いは皆にも伝わったようですぞ」
総督の横から城壁の下を覗く。
「「「うおおおおおおおっ!」」」
兵士たちの雄叫びが響き渡った。
昨日よりも騎兵の数は少ない。それでも、彼らの顔に先ほどまでの恐怖はなかった。
昨日、巨人を圧倒した俺の姿を目撃していたからこそ、黒騎士がここにいるという事実が、彼らの安心感に繋がっているのだろう。
「師匠。私も頑張ります」
隣に立つメリネが、決意を込めた声で言った。
随分と気負っているな。
俺は彼女の頭を雑に撫で回した。
「気張りすぎだ。もっと楽にしてろ」
「えっ……あ、はい」
困惑しながらも頷くメリネ。その様子を横目に、総督のもとへ駆けつけた偵察兵からの報告に耳を傾ける。
今日の戦場は、小鬼王が陣取る方角だ。
「黒騎士殿、いよいよですな」
戦場を見据えたまま、総督が呟いた。それに俺は頷き、横目で問いかける。
「総督、奴らはどう出るとお思いで?」
総督は顎に手を当て、戦場を見渡した。
その眼差しには、油断も慢心もない。状況を冷静に見極めようとする、指揮官としての確かな意志と経験が感じられた。
「偵察の報告では、我らの陣形を囲むように、浅く広い包囲網を敷いております。こちらの戦意を削ぐ狙いでしょうな。焦らすように、じわじわと距離を詰めてきております」
なるほど。報告を聞く限り、こちらの様子を窺いながら、消耗を誘うつもりらしい。
「なら、こちらから作戦どおり先手を打たせてもらおうか」
「ええ。早速、作戦開始ですな」
総督は後方に控えていた指揮官たちへ指示を下した。
指示を受けた者たちは、それぞれの部隊を率いて配置につき始める。
俺はメリネにもわかるよう、改めて作戦を説明した。
「まずは騎兵が突貫し、敵陣の最前線を蹴散らす。あくまで囮を兼ねた遊撃だ。攻撃したら即座に撤退する。騎兵に釣られて統率を失った亜人どもが突っ込んできたところを、俺たち主力部隊で叩き潰す」
「はい!」
遠距離部隊の配置も整いつつあった。
城壁の上には、弓兵と術師を混成した部隊が広く展開している。一方、唯一の侵入口である城門の内側には、守衛と残存兵士たちによる主力混成部隊が隊列を組んで待機していた。
そして城門の前には、遊撃兼囮役を務める三十騎の騎兵が出撃態勢を整えている。
対する亜人軍は、王直属の規律ある少数精鋭の本隊を後方に置き、その前方には雑多な雑兵たちが鏃のような陣形を組んでいた。
雑兵をぶつけてこちらを消耗させた後、本隊が一気に突撃するつもりなのだろう。
それにしても、昨日より数が少ない。
外的要因で減ったと考えるなら、心当たりは一つ。裏で暗躍している女王の妨害工作が功を奏したのかもしれない。
彼女たちの安否もわかっていないが、今は目の前の戦いに集中するしかなかった。
敵の数が減ったのは好都合だ。しかし、懸念も残っている。
(軍勢を蹴散らしたところで、最後にはボスである小鬼の王が控えている。奴に対抗できる最低ラインは、せいぜいメリネあたりか……。どのみち、最後は俺が戦うことになるかもしれない。なるべく力は温存しておくべきだな)
そんなことを考えながら騎兵たちを見ていると、見慣れた金髪が目に入った。
……ん?まさかと思い、総督に尋ねる。
「なぁ総督さん?もしかしてレーンが出るのか?」
「ええ。先ほど、自ら馬に乗って指揮すると申しておりました」
「おいおい、そんな話は一言も聞いて……」
「出撃!」
俺の言葉を遮るように、城門が開かれた。
レーンの号令とともに、騎兵たちが一斉に駆け出す。先頭に立つ彼女の姿を見送りながら、俺は昨晩のやり取りを思い出していた。
俺に見せた、あの気概と矜持。どうやら、口先だけではなかったらしい。
(しかし、本当に大丈夫だろうか……)
レーン以外の騎兵には、先ほど保険としてバフをかけてある。
だが、彼女はその場にいなかった。つまり、効果は受けていないはずだ。
なんという間の悪さだ。俺は思わず舌打ちした。
ここはゲームの中ではない。誰も死なないなどという都合のいい話はないのだ。
だからこそ、余計なお世話だとしても、少しでも死を遠ざけるために努力するべきだと自分に言い聞かせてきた。
それなのに、レーンは俺の意図を別の形で受け取ったのかもしれない。
俺が兵士たちの士気を高めたことで、皆の勢いを活かすには、自分が先頭に立って指揮を執るのが最善だと判断したのだろう。
バフを受けないまま戦場へ向かった彼女は、自らの覚悟を行動で示そうとしている。
昨日といい、今日といい……随分と俺の心臓に悪い奴だ。
内心で愚痴をこぼしながらも、今は無事に帰ってくることを祈って見守るしかなかった。
◇
「手筈どおりに、散開よ!」
「「「おう!」」」
大地を駆ける騎兵たちは、敵陣の手前で枝分かれするように散開した。
そして、最前列にいた雑兵たちへと攻撃を仕掛ける。
相手は規律も隊列もない、雑多な歩兵の集団だ。騎兵たちは馬を走らせながら、手にした槍や斧槍で一撃を加えていく。
「おらぁ!」
「どけどけ!」
「せいっ!」
「グギャッ!」
「ギャゥッ!?」
敵が反撃に移る前に、騎兵たちはその場を駆け抜けていく。
統率の取れていない歩兵では、騎兵の機動力に対抗するのは難しい。
かつて戦略ゲームを遊んでいた頃は、いまひとつ実感できなかったことだ。だが、実際に目の前で繰り広げられる光景を見れば納得もいく。
騎兵は機動力を活かして突撃し、歩兵は追いつくことも、まともに反撃することもままならない。
攻守が逆ならば話も違っただろうが、一方的に攻め込まれる雑兵たちはたまったものではない。
その中でも、レーンは馬上から弓を引いていた。
放たれた矢は敵を即座に仕留めるほどではないが、確実に負傷させていく。
彼女は攻撃を続けながら、撤退のタイミングを見極めていた。
「そろそろ頃合いね。撤退の角笛を!」
「はっ!」
先頭の雑兵たちを十分に蹴散らしたところで、レーンは護衛の騎兵に合図を出させた。
角笛が鳴り響く。
騎兵たちは即座に攻撃をやめ、こちらへと退却を始めた。
いくら騎兵が機動力に優れているとはいえ、敵の数は多い。武器を振るう腕も疲れ、馬も消耗する。疲労が蓄積すれば判断力も鈍る。
だからこそレーンは、自ら前線に出て撤退の時機を見極めていたのだろう。
「殿は私たちが務めるわ。いいわね?」
「御意。お供します」
他の騎兵たちが駆け抜けていく中、レーンは最後まで弓を引き、敵を牽制していた。
対する雑兵たちは、怒りに我を忘れているようだった。
自分たちを奇襲した人間どもが好き放題に攻撃し、ろくに反撃もさせないまま逃げていくのだ。怒るのも無理はない。
とはいえ、こちらにとっては狙いどおりだ。
女王曰く、亜人は基本的に短絡的で無鉄砲。相手を一方的に叩きのめすことを好むため、逆にやられれば容易に頭に血が上るらしい。
「まあ、短絡的なのは周知の事実みたいだが……。確証は得られたな」
女王の助言を参考に騎兵を準備してもらった甲斐があった。
ヘイト管理は上々。敵の怒りを騎兵へと集中させることに成功している。
レーン率いる騎兵たちは、矢のように一直線に戦場を駆け戻ってきた。
その後方には、彼女たちの挑発に乗った雑兵たちが迫っている。
「ガアアアア!」
規律も何もない雑兵たちは、隊列を崩したまま騎兵を追いかけていた。緑や土塊のような顔色をした亜人たちは、怒りで顔を真っ赤にしているようにさえ見える。
その結果、もともと粗末だった陣形はさらに崩れ、もはや瓦解しかけていた。
囮の騎兵で敵を誘い込み、こちらに有利な場所で迎え撃つ。
作戦は順調だったが、思っていた以上に多くの敵が釣れている。
(リアル世界でのヘイト管理も、なかなか難しいもんだな)
そんなことを考えているうちに、騎兵たちは次々と城門をくぐり、街の中へと帰還していった。
作戦開始から五分あまり。俺がかけたバフが切れる直前だった。
強行軍になったせいか、泡を吹きかけている馬もいる。それでも、誰一人欠けることなく帰還を果たした。
よくやったものだ。
「皆、すぐに休憩よ! 次の作戦の邪魔にならないように!」
指揮を執ったレーンは、疲れた様子を見せることなく、騎兵たちへとてきぱき指示を出している。
その胆力には敬意を抱かずにはいられなかった。
「任せましたわよ」
「任されちまったな」
交わした言葉は、それだけだった。
レーンと騎兵たちが無事に戻ったことを確認した俺は、再び戦場へと視線を戻す。
こちらへ突撃してくる雑兵部隊。そして、その後方で控える亜人軍の本隊。
次に動くのは、あちらだ。




