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第四章 1「束の間の普通」

「師匠、起きてください」


 誰かが自分を呼ぶ声がする。だが2度寝をしたい気分なので有耶無耶な返答を返す。


「これから寝ますのでえ……」


「もう昼近くだよお兄ちゃん!」


 今度は身体を揺さぶるのは先ほどより幼い声。


「え……?」


「あ、起きましたか師匠」



 自分がどこで寝ていたのか忘れていた俺は、見事に部屋の中で無防備を晒して、目と鼻の先間近でメリネの顔を拝むことになってしまった。


 幸いメリネは俺の素顔を見てしまっているが、こちらを見つめるだけで何も言わずに微笑んでくれているだけで、俺の正体には気づいていない。


 だからこそ俺は恐る恐る、メリネの様子を伺うように口を開いた。


「えーと、メリネがわざわざここに?もうケガはいいのか?」


「ええ、ケガはもう大丈夫です、このように動けるぐらいには。ここにはその……師匠を、おこ、おこ……」


 後半あたり歯切れが悪いが、メリネを代弁するようにアリサが答えた。


「私が入れてあげたんだよお兄ちゃん。顔を洗いに行こうとしたら、部屋の前でメリネお姉ちゃんが待ってたの。だから鍵を渡して先に入っていいよって言ったのに」


 だがそれでは二人揃って起こすのは不自然ではないか?と思ったのでメリネに視線を向けると、慌てたメリネは弁明を述べた。


「朝からいきなり起こすのも、あれだと思ったので……」


 でアリサが帰ってきたから、部屋にメリネをあげて俺を流石に起こしたと。なんて欠伸を噛み殺しながらノロノロと起き上がって、鎧を着込んだ上で二人を伴って、食堂へ向かった。


 何も食わなくても済む体は便利ではあるが、せっかくメリネが来てくれたのだから、気兼ねなく一緒に食うことを提案し、彼女も頷いてくれた。


 しかし思いの外食堂は満席だったので、仕方なく買い食いとなった。


 とはいえ、この街の名物とか何があるかわからないのでメリネの案内に任せることにした。


「お前さんも食うか?」


「ワウワウ!」


「お、おう。わかった、わかったから」


 俺は一応生きているらしいモフンに尋ねてみた。それに応じるようにモフンも軽く飛び跳ね、吠える。


 モフンはそのままアリサの腕の中に収まれば、意外と大人しい。アリサにいつの間に懐いているようだが、俺が試しに頭を撫でててやるとあっさりと受け入れて、ご機嫌になったのかアリサの腕から飛び出して擦り寄ってきた。


 それを眺めていたアリサは、どこか寂しげであったので、俺が頭を撫でてやるとアリサも嬉しそうに笑ってくれた。それに釣られた俺も嬉しくて笑ってしまった。


 道中にいる兵士たちに会釈しながら通り過ぎると、こちらの姿を目視した兵士たちは、談笑を止め、一瞬で凛として、こちらに最上位の敬礼をしてくれている。


 そのまま通り過ぎると、後方からやけに大きな声で喜んでいたのがよく聞こえた。それを気にも留めずにメリネに話しかけながら歩みを進めた。




「その武器の感触はどうだ?」


「は、はい!さすが師匠、驚くほどに、馴染んでいます。」


「そうか。仮にも俺の事師匠呼びしてるんだから、弟子になるにはそれを使いこなしてくれねえとな」


「……!ありがとうございます師匠!」


 やはりな。俺の目論見通りに彼女にはエンデスでいうところの上級職業の一つ、刀を振るう猛者であるソードマスターへの適性があるのは確実だ。


 ことエンデスでは刀を使う職は総じて上級職であり、戦士系の花形の一つであった。取得に必要な前提条件は極端なDEXステ振りと使用武器の熟達度の高習熟。プレイスタイルも参照されるが、共通して最重要はDEX重視であることが一番である。


 問題はCONを捨てたピーキーさ故、クラス獲得後は欲しいスキルだけ取って、すぐに転職するプレイヤーが多かったこと。その結果、火力のインフレが横行したエンデスじゃ、純粋な刀使いは絶滅したから、もしかしたらこの世界で拝むことができるかもしれないことに内心想いを馳せていた。


 メリネもスピード型だろうとこの育成方針を踏んだ。特段言えば彼女の実践経験だけなら俺より上で、条件さえ満たせばクラス取得を可能だろうと思っていた。


 案の定この世界ではエンデスのような面倒な取得条件もないようで、今のメリネですら刀を使えるようで、次の段階に進めていいと考えていた。


 そのまま3人で歩いたのち、メリネの紹介で買い食いできる店で、片手で持てるパンに焼いた肉や刻んだ野菜を挟んだ黒パンのサンドイッチのような物を3人分購入した。


 3人分出来上がるまでに少々時間が空いたので、近くの広場で刀を使ったことある俺はメリネへの指導を進めていた。


「そうだ。力み過ぎず、腰は低く、いいぞ。まずは素振りでも始めようか」


「はい!」


 メリネには俺が考えた簡単なメニューを始めてもらうことにした。といってもモーション周りを言葉巧みに力説しながら、メリネにしてもらう。


 当然慣れないメリネをゆっくりでいいと諭しながら、説明を続ける。


「刀というのは剣と違って、一撃離脱が基本だ。剣のような汎用性は欠けるが、より攻撃に特化した武器だ」


 刀のチュートリアルが乗ったテキスト本を片手に解説していると、メリネの素朴な疑問が飛んでくる。


「師匠も、刀を使うんですか?」


 刀を前に振りかぶり、空中で寸止めしては振り戻す。そんな素振りをしながら、ものの数分で余裕が出てきたらしい。俺は兜を脱いでサンドイッチをがぶりと一口含み、咀嚼した後で答えてやった。


「……まぁ、俺も状況によってはな」


 ふっ!ふっ!と懸命に宙に打ち込むメリネは納得していた。


「いつか、師匠の剣技もぜひ、見たい、です」


 そりゃ勘弁願いたいと言いそうになるも、サンドイッチで自らの口を塞ぐように頬張って、物理的に黙らせた。


 何せ俺の刀の運用は、居合のカウンター戦法なのだから。自慢じゃないがこの戦法は吸血鬼の特性であるリジェネや、高HPを活かした多少の被弾も構わない戦闘スタイルだからだ。


 そんなもんを見せて彼女がどう捉えるか不安ってのもある。刀の扱いに慣れていないメリネが仮に師匠である俺の立ち回りから変な影響を受けて、それを意識吸うようになるのは避けたい。


 よくある話だ。上級者のプレイングを真似た初心者が、合っていない戦闘スタイルのせいで、モンスターや対人戦であっさり負けたりするなんてある。


 現状のメリネは指導通りに、教えられたモーションを学びながら、自分の中で咀嚼していくように理解に努め、慣れぬ刀を空中に留めるように奮っていた。


 生来の剣術センスと、今まで積み重ねた戦闘経験。それら二つを駆使し、未知の領域であった刀すらも自らの身体の延長として、モノの数分で慣れ始めている。


 なるべくこのまま正当進化してほしいものだなと、メリネを鍛錬をよそに、俺は街を見渡していた。


 普段であれば、交易都市というぐらいなのだから人の営みなどが見れたのだろうが、今はガラリとして最低限の店しかない。


 アリサに色々経験させてやりたがったが、致し方ない。当の本人も小さい口でサンドイッチを頬張って食べていた。

 まあ焦ることもないかと、残ったサンドイッチを咀嚼しながら水で喉奥まで流し込む。


 このまま一服ついて、指導に戻ろうかと思った矢先に妙な気配を感じ取った。何者が侵入したのかと気配を探るが、どうやら丘方面から感じ取れた。


 建物に備え付けの時計を見れば、まだいくばくかの時間はある。横目でチラ見して、鍛錬を続けるメリネとそれを見守るアリサを見る。謎の気配の安全性が確認できない以上、二人を危険に巻き込むわけにはいかないので、単身で向かうことを決め、即座に行動に移す。


「メリネ、指導は一旦ここまでだ。充分に休憩を取りな」


「は、はい。わ、わかりました……。」


 よほど神経を集中させていたのか、脱力したメリネはその場に座り込んでしまう。慌ててメリネに駆け寄ったアリサに頼み事を告げる。


「少しの間、メリネの面倒を頼めるかい?アリサ」


「任せて!お兄ちゃんはどこかに行くの?」


「あぁ。ちょいと野暮用を済ませてくるのさ」


 少しばかり気になる丘方面を見にいくだけのはずなのに、どこか背筋がゾワゾワしていた。



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