第三章 幕間「彼は箱の中にいる」
誰もいない廊下を歩く。自分の足音と、鎧の揺れる音だけが廊下に響く中、部屋の扉を開ける。総督が用意してくれた自室には、ベッドで寝ているアリサと、それを寝かしつけている女王がいた。
「悪いな、アリサの面倒見てもらっていたようで」
女王に軽く会釈を返しながら、女王の隣に座ると、女王は首を横に振った。
「なあに、子供をあやしたことはないが、幼子というのは、存外可愛いものよな」
まるで成り立ての母親か、あるいは保護者になったような口ぶりに、へえと意外の声が漏れた。それに女王は怪訝そうな表情であったが、アリサの頭を撫でる手は止めない。
「アリサはよく働いておったぞ?回復魔法を限界まで使用して、最後まで立ったまま寝ておったわ。そのままでは倒れてしまいそうじゃから、ここまで運んだまでよ」
「漢かよ……」
そんな英傑みたいな最期しなくていいからと内心ぼやくも、女王は立ち上がって、窓際近くに歩いていく。
「じゃが面倒を見るのもここまでじゃ。そろそろ妾も奴を仕留めるために動かねばならんからのう」
「何をするつもりだ?」
月の光に照らされた女王は、本物の人ならざるものとしての畏怖があったが、すぐにいつも通りに戻った。
「裏からできる限り色々するだけよ。そなたへの伝令にはこのアサシンを遣わす」
女王の手招きで、女王の影から一人のゴブリンが現れる。いかにもな黒装束に、顔を隠しはみ出る緑の耳。緑の耳を視認してようやくゴブリンだということがわかるほど徹底ぶりだ。相当な手練れだろう。
「わかった。お互い最善を尽くして生きて帰ろうぜ」
俺はそのまま女王へ手を差し出して、握手を求めた。女王も俺に習うように手を握り返してくれた。
「気が早い奴じゃ。だが妾とて死ぬつもりは毛頭ないからのう」
手を離した女王は、そのまま呪文を唱え、その場から姿を消した。アサシンも続けて後を追うように窓から飛び出していった。
「ったく、どっちが気が早いのやら」
ぐっすり寝ているアリサを起こさないように、兜や鎧、インナー以外を全てインベントリに脱ぎ捨てるように仕舞い込む。この世界からずっと着ていた鎧や、皆の視線からやっと解放されたのだ。
なんて清々しく、自由を満喫するようにだらりと椅子に身を預け、ほんの数日前と同じように天井を見上げていた。
天井や部屋の造りを見ていると、どうやらここは客間のようで、ベッドも一回り大きい。すやすやと眠るアリサを横目に、ほんの数日前の俺たちと同じ事を今しているのに、全く別世界。
明日からまた戦いが始まる。当然戦いには絶対勝つ。勝たねばアリサやメリネ達が殺されるか、酷い目に遭うことになるからだ。だったら俺は戦う。天井を見つめ、何も考えていない数日前と違うところはそれだった。
それほどまでにアリサたちの存在が、俺の中で大切なものになっていたらしい。人と関わるのは久しぶりで大変ではある、だがそれ以上にどこか嬉しくもあった。生前じゃ、そこまで深く関わってこなかったのもあるんだろう。
夜が深まる中、いろんなことを考えたり、感慨深く感じてしまうのは昔からそうだった。アリサの今後の瀬人生。弟子になりかけているメリネへの鍛錬メニュー。戦いが終わった後の後始末とか。そんなことばかり考えていると、疲れているはずなのに目を瞑ったところで、眠ろうにも眠れなかった。
そういう訳だから暇つぶしも兼ねて、いつの間にか備え付けのタンスや木箱を覗き込んでいた。RPGゲームではお約束のアイテム漁りの癖で、興味津々で何かないかと詮索していた。
だがどれも”何もない”。だろうなとちょっぴり残念な気持ちなまま、最後に残しておいた大きな木箱を開けることに。
きぃきぃと木箱の蓋の持ち手を持ち上げて、中をチラリと覗くように見渡すように視線を動かすが、やはり何もない、はずだった。
その一瞬だけ俺は目にしてしまう。なぜならこの世界にあるはずのないエンデスのアイテムが木箱の片隅にあったからだ。
アイテムの種類は色々ある。俺が目にしたのはモンスターが落とすドロップアイテム。特徴的な素材だったのはよく覚えているからこそ、間違えるはずがない。
「もうちょい、ちょ、力つよ!ふ、ふん!この、あっ、ぁ〜〜〜〜!?」
だからこそ手に取って確かようと手を伸ばした途端、グググっと何かに引っ張られるままに、声を上げる前に中に引き摺り込まれた。俺は踏ん張ったが、簡単に俺を飲み込んでしまう。
「あいててて。……ってどこだよここ?」
あんまり痛くないけど、つい痛いと言いながら目が覚めた俺は、思い出すように何が起きたのか確かめる。あっ。と思い出した俺は、木箱の中に引き摺り込まれて、そのまま落ちてきたのだ。
正確にはどこかの空間に来てしまったようだ。じゃなきゃあんな木箱の中が、俺が起き上がって、手足を自由に動けるだけの広さがあるわけがないからだ。
だが同時に、先が見通せないぐらい視界は暗い。暗がりの中で見えはするが、光源がないので面倒だ。
なので仕方なくインベントリからランタンを取り出して、使い魔に持たせた
使い魔に持たせたランタンの灯火が、俺の身の回りだけ明るく照らしてくれる。そのおかげでさっき拾い損ねたアイテムを発見できた。どうやらさきほど動いた際に蹴ってしまったようで、慎重にそいつを手に取って眺める。幸いにも破損などは見受けられないようでよかった。
拾ったアイテムはエンデスで武器を鍛えるための素材アイテムで、紛れもなくエンデスのアイテムであった。正直なんでこれがここにある理由はわからない。
だがそんな疑問を解消する前に、目線の先にはまた違うアイテムが転がっていた。今度のは消費アイテムの材料だ。そいつも取ろうと手を伸ばそうとしたが、ふと思い止まって手を止めた。
もしかしてと思った俺は使い魔を浮上させ、辺り一面を照らさせた。照らされた先には財宝のように、アイテムが山のように積もって、辺り一面に鎮座していた。
「ん……?何か違和感あると思っていたが、やっぱ刺さってたか……っと、随分深いな」
この場所に来てからずっと違和感を覚えていた。だが暗がりでどこに刺さっているかわからなかったが、ランタンの火で照らされた自分の影に、よく見れば何やらとんがった影がある。そのまま手探りで探していると、左脇腹に刺さっていたようだ。
鎧を着てないせいとはいえ、この世界で初めての負傷がこれかぁと苦笑いしつつも、とりあえず刺さっていた【鍵狗の鋭爪】を脇腹から雑に抜けば、傷跡が瞬時に塞がっていく。
刺さっていたアイテムをインベントリに仕舞えば、その場に転がっているアイテムを、一つ一つ手に取って確認していく。どれもこれも、否このアイテム全てがエンデスのアイテムだったのを確認できたが、依然として疑問は解消されないままでモヤモヤしている。
それとアイテムを探す途中で、俺はどうやら上から落ちてきて、アイテムの山をクッションにして、床までずり落ちてきたようだ。その途中でさっきのアイテムが刺さったのだろう。これほどまでに生身の人でなくて良かったと、心底思えた。
それからどれぐらいの時間が経ったのだろうか。疑問は解決することなく、無為に時間が過ぎていく。なぜあの木箱にこれほどのアイテムがあるのか。そう思いながらも出口を探したが、見つからないままその辺りに座り込む。
暗い天井をぼーっと眺めながら、近くにあったアイテムを両手に途方に暮れていたが、フニフニとした感触を無心しているとフニフニ?とアイテムに視線が移る。
【アローレの海豹】
と冠する名前の通り、見たまんまのアザラシを模したただのぬいぐるみ。その赤い色のアザラシは、見た目こそ色のせいで派手であったが、とても愛くるしいデフォルメされたぬいぐるみに変わりなかった。
これをアリサにあげたら喜ぶだろうか、そんなことを思いつつも、俺にはこのアザラシのぬいぐるみにうっすらと見覚えがある気がした。
記憶の片隅を突っつくようにだんだん思い出していくと、これをくれたNPCのことをついでに思い出せた。
南方の大海近くにある小さな街、海辺の街ユーザクは初心者が訪れることが多い地域だ。そしてその街の限定イベントでそいつと会うことになる。アザラシ系のモンスターをこよなく愛していた皮職人のNPC、アローレ・アローワなる女性NPC。
エンデスでのアザラシ系モンスターは、ずんぐりむっくりで総じて戦闘力も低く、比較的遭遇するタイミングも初心者の頃に会うので、その愛くるしい姿もあってかマスコットと言えるほどになりつつあった。
いつだったか、ゲーム内でもアザラシ好きのプレイヤーたちが専用クランを作ってたのは耳にしたことある。
そしてこのぬいぐるみの入手経路はそのNPCのアローレの依頼のみで、そのクエストのクリア報酬としてこのぬいぐるみが手に入り、カラーリングも個人が選んで自分だけのオリジナルアザラシぬいぐるみを作れたものだ。
そんなこともあったなと微笑ましい記憶を思い出しながら、手触りがいい生地のアザラシのぬいぐるみをフニフニ触っていると、背中にあるものを発見する。
自らの毛並みを炎のように、白と黒で彩った狼の横顔が描かれている。個人やギルドなどが使用する際に刻印される、所謂エンブレムと言われるもので、アザラシの背中には、そんな狼のエンブレムがアザラシに刻まれていたのだ。
何の変哲もないほどに、普通に使用されていたエンブレム。それを見た俺は目を見開いて唖然としてしまった。何故ならそのエンブレムは”俺個人”が使用していたものだったからだ。
このアザラシのぬいぐるみは非売品で、ユニークアイテム扱い。売却も不可で、誰かの手に渡ることも不可能なはず。
だがこうしてぬいぐるみは手元にある。この事実は俺にある結論へ導いた。そう、このアイテム全てが、俺がかつてエンデスで所有していたアイテムたちではないかと。
あり得ない。そう考えたくなるが、アザラシのぬいぐるみがそれを否定する。仮になぜ借りただけのあの部屋の木箱に俺のものが入っていたのかと邪推したくもなるが、アシュの言っていたことに合点がいった。これが彼女が言っていたことで、特典のもう一つだと。
ともあれ疑問が解消された今、脱出が最優先となった。仮にこれが俺のボックスにあったアイテム達ならあれがあるはず。手探りであるアイテムを探すが、埋もれていてなかなか見つからない。
「ここにアイテムが全て揃っているのなら、間違いなくあれも必ずあるはずだ」
積み上がったアイテム達を散らかす勢いで、アイテムの山の中で探索を続けた俺は、ようやくアイテムの海から目当てのアイテムである鍵を探し当てた。そのまま鍵に付けられた小鐘を鳴らし始めた。
そうすると小さな毛玉のような存在が俺の目の前に現れた。この毛玉は宝の悪魔と呼ばれる存在。エンデスの大型アップデート際に配布された、整理整頓が苦手なプレイヤー向けに配布されたお助けキャラで、アイテム整理などを自動でしてくれるすごい毛玉兼マスコットだった。
俺は一縷の望みをかけてまで、毛玉を呼び出したには理由がある。こいつには呼び出した存在を主人として、命令を受け付けるようになる機能が備わっていた。
この世界でも適用されるのかと不安ではあったが、試しに毛玉にここから出すように指示してみる。
すると毛玉は俺の命令に頷いて、その短い腕を手に掲げた。しばらくすれば天井から何かが開く音が、轟音が空間内に響いていった。
上を見上げると、見事に天井が開けられており、唯一の脱出経路が出来たのだ。
だがどうやって上まで行こうかと思っていると、俺の体が急に浮かび始めたのだ。
ついでに宝の悪魔、モフンと名付けた毛玉が俺の肩にくっついてきた。どうやらこいつはこの世界の影響下を受け、NPC化しているようで、俺についてくるつもりらしい。それゆえに俺ごと外に出たがっていたらしく、浮上しながら木箱の出口から飛び出した。
床に落ちる音で、慌てて周りを見渡す。モフンのおかげで、無事に帰って来れた俺は、安堵のあまり床に寝そべっていた。
それからついてきたモフンを木箱に乗せると、どんな木箱や宝箱は俺のアイテムボックスになる。逆にモフンをどかすと、ただの木箱に戻る。モフン自体が鍵の役割を果たしているようで、こいつにも気を遣う必要があるようだ。
ともあれ何とかなった途端、滅多にこないはずの眠気が不意に俺を襲った。流石にアイテムの山をかき分けてアイテムを探すのは流石に疲れたようで、そのままモフンを抱えたまま寝ることにした。
今日はもう寝よう。 明日も大変だろうし




