第三章 6「夜会話②」
そういやちょうどいいんで、世情に詳しいレーンに聞きたいことを聞いてみることにした。
「そういやヴェルデ・エル・トゥーラって誰なんだ?総督が言ってたんだが、二人は何か知っているのか?」
遠くにいたから話し声の魔女ってのことだけは知っていたが、彼女らの共通の話題づくりとしてそのことを話すと二人は顔を見合わせて、レーンが教えてくれた。
「魔女さんのことかしら」
「魔女?本物?」
「ええ、知らないかしら。魔女の一人のヴェルデ・エル・トゥーラ」
魔女がいるのもファンタジーだなあと思っていると、親切に詳しく教えてくれることになった。
「ヴェルデ・エル・トゥーラは200年前から生きている魔法使いで、魔法使いの中でも5本の指に入るほどの実力者よ。畏怖を込めた五姉妹の魔女の一人ね」
魔法使いであったヴェルデなる人物は、統治もせず、俗世への干渉しないとのこと。有事となった際に権力者や代表などが、力を借りることが過去に何回かあったらしい。
そんなことを詳しく聞いていると時計の針がもうすぐ次の刻を刻む位置にまで来ていた。
「あらもうこんな時間。ではわたくしはこれで。明日も忙しいでしょうから、そうね……あなたが見送ってくださる?」
「ん?俺?あ、あぁ。構わねえが」
わざわざ懐から時計を取り出して、今の時間を確認したレーンは立ち上がる。そしてそのまま俺を見送りに来て欲しいととだけ伝えて足早に部屋を出て行った。
そんなことを言われた俺も、無視するわけにもいかない。
無防備にも部屋から出て、レーンを見送ろうとしたタイミングでいきなりレーンから壁ドンされる不意打ちを喰らってしまった。
「あなた、この戦いが終わったらわたくしと組む気はないからしら?」
「何……?」
彼女から思いがけない提案を片手に迫られては、俺はなぜと思った。お互いの身体が密着するほどの距離まで詰め寄られては、こりゃ確かに「やり手」だなとメリネの言葉を口に出さず、反芻させていた。
しかしこうも顔がいいレーンを間近で見るいい機会と思っている俺と、兜の上から彼女の手でで蓋をするようにしたレーンは語り出す。
「シー……お静かに。こう見えてわたくし、人を見る目はありましてよ、あなたほどのいい男を逃すのは惜しいの。いかがかしら?」
そう言い放つレーンに、こちらからも疑問を投げる。
「いきなりだな……。あんたと組む、って話だが、一体何が目的なんだ?」
「目的?そうね、詳しい話は組んだ際に話しますわ。このレーン・バルザガ、あなたを悪いようにはしませんこと。あなたの人柄を知った上で、こうしてお・願・いしてますわ」
彼女の企みがなんなのか、教えて欲しものだが俺は答えてやった。
「ひとまず考えておく。この戦いが終われば、アリサやメリネ共々少しゆっくりしたいからな」
その答えを聞いたレーンは身を退き、笑みを溢していた。
「ええ、わかったわ。よ〜く考えておいてくださいまし。あなたにも損はさせませんわ。何せこれはあなたにもチャンスですの」
ウィンクしてご満悦のままのレーンは、その場後にしていった。拒否権がないように誘導された俺は部屋へ戻ろうと扉を開けたら、そこにはメリネがいて、何事もなかったようにベッドに戻ろうとしていた。
あんなことがあったせいか、今部屋には俺とメリネとの二人っきりという状況すら大した問題ではないほどレーンの提案のことばかり考えていた。
「(えー……参ったなあ。どうしたもんか。いきなり自分と組めって……う〜ん……断ったらなんか外野とか圧力とかやばいことになりそう……あんなお嬢様相手に鉾を交えるのもなあ)」
元いた椅子に座って内心黙ったままの俺に、意を決したようなメリネが口を開いた。
「あの、着替えを手伝って欲しい、です」
その一言は物思いに耽っていた俺の頭を鈍器で殴るほどの暴力であった。
「え?(え、今!?レーンがいる時にするものじゃないの!?)」
とツッコミを入れていたが、彼女自身も赤面してるので、本人も意味がわかった上で言ってるようだ。
またしても追い詰められていく俺は、極力見ないように目を逸らす。手伝うのは彼女の髪を持ち上げているだけ。そう、ただそれだけ。
その間に自分で包帯を巻き直すとメリネは言ってくれて無いはずの心臓がバクバク言っているようでほっとしている。
「あの、ごめんなさい、その…巻いてもらって、いいですか?ちょっと自分でやるには難しくて」
「……」
髪の毛を下ろして視線を逸らそうとするけど髪の毛を束ね、前へと持っていったメリネは無防備な背中をこちらに向け、改めて巻いて欲しいと頼んできた。
それからはほとんど覚えてないが、綺麗な身体に触れれないように、最大限の注意を払いながらも、ぐるぐる。ぐるぐる。包帯を無心で巻いていく。
途中、彼女のふくらみに当たりそうで、流れないはずの冷や汗が背筋を這うように流れ落ちていく感覚でいい気はしない。
「い、色々とご迷惑を、おかけしました……」
「あ、謝ることはねえさ。ハハハ……。でも、今度からはレーンとかに頼んだ方がいいぜ?」
最後は心の底から滲み出た本音だ。励ますようにハハハと笑いかけたら、彼女は申し訳なさそうなまま頷いていた。
「それであなたにまだ頼み、があるの。……私をあなたの弟子に、してもらえないかな?」
「……はい?」
兜をかぶっていて心底よかったと、心の底から俺は思った。さきほどまでの刺激的な場面を超えた矢先に、またしても俺を追い詰めるようなお願いが飛んでくる。どうして俺が求める一時の平穏と安寧すら、こんなにも手が届かないのだろうか。
「え、えーと?なになに?弟子……?……俺の?チガウヨネ?」
俺のそれは、諦めに近い嘆願であった。だが、それを肯定するようにメリネは頷く。
「はい……!私もっと、強くなりたい。あなたみたいな自らの手で、誰かを助けられる強い者になりたいんです!!」
「……」
今度こそ脳内の演算処理が壊されそうだ。断ろうにも既に彼女とは、俺の中では気心の知れた友人ほどの大きな存在になりつつあった。
他にも問題はまだある。第一に俺は弟子なんてとったこと無い上、本格的な指南などやったことがない。ど素人の指南とか、すぐボロが出るのは目に見えている。
だが俺は彼女の願いを断り切れるほど非情になれない。彼女の瞳は此方を見据え、ただ真っ直ぐと、決意で満ちた視線で俺を見つめている。
どうしたもんかと悩みながら、解決の糸口を探す。しかし、時間をかけるほどに思考が雁字搦めになっていく。唸るばかりで解決策を見出せなかったが、ふと脳裏にあることが浮かび上がる。
【メリネ育成計画】些かゲーム脳的ではあることは否めない。彼女は恐らくだが、ゲームで言うところのユニークNPCと推定できる。今まで見てきたこの世界の人間の中でも、戦い続けてきている時点で高いポテンシャルと実力を秘めているに違いない。
しかし彼女は先ほど敗北したばかり、恐らく地力での限界がきているのだろう。もし俺が介入せずこのままだと、間違いなく死ぬ。彼女のことだ、敗北を取り戻すべく彼女は先の戦のように強敵に挑み、そして死んでしまうのだろう。
つまり現時点で、RPGでいう加入前の初期状態に近い彼女をどうするべきか、その分岐前に俺は立っているということだ。
この世界で遭遇した敵の強さと、それに対する人間たちの強さを比べると、相当なハードモードなアンバランスを感じる。いくら「神の遊戯」の頃よりも、人類が弱体化した時代とはいえ、死亡率が高くなっているのは実感できていた。
そこで俺が保護・介入してメリネを鍛え上げる。それによって彼女の成長を促すことができれば、少なくともこの先で生き残れるようになるはず。
問題は彼女は生身の人間であり、これはゲームではないのだ。俺がやったようなパワーレベリングはナシ。ひとまずは様子見ということに決めた。
「ひとまずは仮弟子だ。先にこの戦いを終わらせなきゃ、本格的な指導も無理だ。それにいい機会だ。この戦いでお前さんの素質を見極めたいが、いいか?」
「はい!それでよろしくおねがいします、師匠!」
「師匠は確定なのね……」
何故だろう。問題を上手く回避したはずなのに、確定フラグが立ったような気がする。じんわりと外堀を埋められ、そのまま三手以内の盤面王手された気分だ。
そんな俺の心情を知らずに、メリネは心機一転、決意を新たに、力強い返事を返してくれる。
ひとまずメリネの気を逸らすために、俺はインベントリからある武器を取り出して、メリネに手渡しする。
「師匠、これは?みたことない……武器、ですけど」
手渡された刀を両手でまじまじと見つめる彼女。見たことがないのだろうか、丁度いいから刀の事を教えることにした。
「これはカタナ、打刀というものだ。俺の見立て通りであれば、メリネにうってつけの良い武器のはずだ。それに本当に俺の弟子になりたいのであれば、師匠の言いつけ通り、これを使いこなしてもらわないといけない。どうだ、やるか?」
「……!やります!」
一家代々伝わる一点物を受け取ったように、打刀を抱き抱えるようにして嬉しそうなメリネを見ていると、ちょっぴり後ろめたい気持ちだった。
彼女に渡したのは、刀カテゴリーの打刀。特に珍しくもなく、ゲーム内でも何本でも手に入るほど代物で、レアリティは一般級。 ……インベントリにまだ10本前後あるけど、メリネには黙っておくことにしたほうがよさそうだ。
嬉しさのあまり刀を握りしめたメリネは、早速鍛錬に出ようとしていた。それに気づいた俺は弟子(仮)を引き留めて、安静に過ごすように命じた。せっかちな弟子を諌めるためとはいえ、早くも師匠をせざる得ないのは不本意ではあった。
落ち着かない彼女を寝かしつけて見守っていると、スゥスゥと聞こえてくる。メリネは器用にも刀を両手で抱えながら、吐息を立てて寝てしまったようだ。
先ほどまで気丈に振る舞ってはいたが、やはり相当疲れが溜まっているのだろう。彼女の眠りを邪魔しないうちに部屋を出ることにした。
流石に帰らないと、アリサが心配しているだろうし、頃合いだろう。




