第三章 5「夜会話①」
徐々に回復しているとはいえ、まだおぼつかない足取りの彼女をエスコートしてやりながら、共に部屋へと上がる。
そこには見慣れた顔の先客がいた。月夜に照らされた金髪は暗がりの部屋でもよく目立つ。
頭に小さな帽子を乗せ、簡素で動きやすく、胸元が開けた大きく派手な服。それでいてところどころの装飾は職人が仕立てたような洗練さを感じさせる。
レーンなる人物が鎮座していたが、こちらを見るや立ち上がり、駆け寄ってくる。
「メリネ!どこほっつき歩いてるのよ!あなた重症なんだから!」
「ご、ごめんレーンさん。でも……報告が」
「でもじゃありません。そんなの偉い奴らに任せとけばいいのよ。で?あなたが連れ出したの?」
メリネへ駆け寄って、ぎゅっと彼女を抱きしめたレーン。叱りながらメリネの頭を撫でていたレーンは、不満の矛先を俺へと向けてきたので、慌てて俺は弁解する。
「まぁまぁ落ち着け。俺はただの付き添いだよ、成り行きだけどな」
メリネを自らの懐に抱き寄せたレーンは出会った頃と変わらず、何も変わらず気の強い女性であった。
そんな彼女がなぜこんな場所で何してるのか気になったが、無駄な好奇心での発言を謹んで黙っておくことにした。
レーンはジト目に俺は両手をあげて無実をアピールしていた。
「レーンさん、本当だよ」
そこにメリネからの援護射撃が入る。
「そう……ならいいわ、許してあげる。」
メリネの援護が効いたのか、2対1で俺の無実が証明された。
渋々認めたレーンはふんと鼻を鳴らし、抱き寄せたメリネを有無を言わさずベッドに寝かしつけた。
俺としては今のやり取りで親しい友人だろう二人の会話を邪魔しないように壁際近くに座ろうとしたが、振り返ったレーンからの無言の圧力と視線を感じては、言われるがままベッドで横になったメリネのそばの椅子に席をおろした。
それに満足したレーンは、俺の退路を塞ぐように俺の隣の椅子に座ってこちらに向き合ってきた。
「おほん。改めましてわたくしはヴォーデン・バルザガの娘、レーン・バルザガ。商人兼冒険者をしておりますの、以後お見知り置きを。先の戦闘でのあなたにお礼を申し上げますわ」
そうやって帽子を脱いで丁寧なお辞儀を披露するレーン。ほう、と俺も感嘆を隠せない。それほどレーンの所作は惚れ惚れするほどの礼節があった。
「お水を取ってきますわ、お待ちになっててくださいまし」
そう言った彼女は部屋を一旦後にして、外へ出た。
「ふーん……冒険者にしちゃ気品溢れてるな」
俺がそう呟くと側にいたメリネは耳打ちするようにして補足した。
「レーンさんは色々なやり手ですから」
やり手ってなんだよと思いながらもメリネは教えてくれた。曰く西大陸においてバルザガは有名な商家らしく、貴族並に厳格らしい。
だとすると、先ほど雑に担いだりしたのは不味かったかのでは?俺が不安そうな声を漏らすほどに唸っていると、何かを察したメリネが勝手におろおろしていた。
でもそんな商家の大事な娘が王国ではなく、こんなところで前線働いている?と頭に浮かんだが、個人の秘密探るものじゃないとそんな興味を振り払う。代わりにメリネにレーンのことを詳しく尋ねたところ、知っている範囲で彼女について教えてくれた。
「レーンさんは、ここではかなりの古株で、私もお世話になってる」
「へぇ、メリネが世話になってるのか。だったら信頼できそうだな」
「あらお二人して、何を話してるのかしら?はい、どうぞ」
レーンから水を受け取れば、メリネに渡す。俺の分もあったが、遠慮させてもらった。
「んん。自己紹介が遅れた、俺はヴァルツ。さんはつけなくても結構、この名前を教えるのは信頼できるだけ、二人も内密にしててくれ」
改めて椅子に座り直したレーンは頷いて俺の約束を守ってくれるらしい。
「わかったわ、でもあなた皆の前で名前はどうするの?」
「皆の前では黒騎士で名乗る」
ふーんと言ったレーンはさらに疑問をぶつけてくる。
「黒騎士、ね。総称なんて、ますます英雄らしくなっちゃうわよ、いいのかしら?」
確かにそうなる可能性もなくは無いだろうな。だが俺はこう答えた。
「英雄ねえ……?それはメリネになってもらうつもりだ」
「……えっ!?」
起き上がっていたメリネは慌てて水を落としそうになるほど珍しく慌てたが、俺とレーンは気にも留めずに、勝手に談笑に花を咲かせていた。
「メリネを、ね。確かにこの子に名声があげるのは良いと思うわ。風体も悪くないし、勇姿も見せつけていたわ。まあ一人で亜人どもに立ち向かうなんて、驚いちゃったっけどね。なら私たちはメリネの仲間として頑張りましょうか」
そう言いながらもレーンは、メリネに向けて怖いほどに優しく微笑んでいた。おそらく無茶したメリネへの釘刺しを兼ねての微笑は、隣にいた俺ですら「おぉこわ」と抱かせた。
メリネはコップを両手に持ち、ガクガクしながらこくこくと頷いて小動物のように震え上がっていた。だんだんとメリネの印象が、一匹狼からハスキーになりつつあった。
「それで?ヴァルツはなぜここまで来たの?報告だと空から落ちてきたって聞いたのだけど……勿論嘘ですわよね?」
ガクブルと震え上がっているメリネをよそにレーンは話を戻した。
「ん?間違ってねえよ。バラ村近くから投石機で飛んできた。そうでもしねえと間に合わないと判断した」
淡々と嘘偽りなく事実だけを語る俺への二人の視線は、怪訝さと懐疑的なものだった。そもそも先の戦闘で俺に助けられた二人は、あり得なくもないと言った顔つきのまま渋々納得した。
「……呆れたわ。メリネを助けに来たとはいえ、そんな無茶なことをして。それで死んでしまうかもしれないというのに。」
彼女の指摘はごもっともでもある。その言い分に同調したメリネは、またしても不安そうに俺への今にも捨てられそうな子犬のような眼差しで訴えてくる。
「でもあなたが来てくれなかったらわたくし含め、皆死んでいたもの。今回はあなたのお人よしに感謝するわ。ねぇメリネ?」
レーンに問われたメリネは、こくこくと同意を示すように頷くばかりで、完全にレーンの飼い犬のように従順であった。
いろんなことを言われた俺は改めて思い返してみる。確かにあの無理は我ながらイかれてるのは間違いない。そんなバカな真似をしてまでメリネを助けに来たことに関しての後悔も悔いもない。そうしたいと思ったからだ。
だがレーンにとって、俺はメリネを助けに来たお人よしのバカになったようで、口調が柔らかくなった気がする。
でも最後に「次無茶したら怒るわよ」とお小言を食らったので、俺も子犬2号のごとく頷くことになった。
ふと、メリネは俺の方へ尋ねてきた。
「そういえば、さっきの子ってもしかして……アリサちゃん?」
彼女の問いは唐突ではあったが、メリネもアリサのことを心配していた優しい奴だから当然か。
「あぁ、言いそびれてたな。当分は俺がアリサの面倒見ることになってな。メリネと別れてからメリネのことすっ……ごく感謝して、次会えるのを楽しみにしてんだ。で、メリネにも早く会わせてやらねえとな」
あんな無茶を決断したのも、後押ししたのはアリサからメリネたちのこと助けてほしいと頼まれたからだ。
丁度いいからアリサのことを含めて、二人にメリネと別れてからの顛末を聞かせた。
俺とアリサが兄妹になったこと。廃村からの旅立ち、静養のために立ち寄ったバラ村での二人での冒険。そこまで話せばメリネもどこか穏やかな表情だった。
「あなたって本当にお人よしの、優しいのね。」
そう告げたのは俺の隣で話を聞いてたレーンから出た言葉は、先ほどよりは罵倒されているようにも聞こえた。
「そうか?俺たちがメリネに世話になったのも事実だし、メリネが死んじまったらアリサが泣いちまうからな」
それを聞いたレーンは頷きながら「そうね、子供は健気だもの」と付け加えた。
「その子もあなたに似て優しい子なのね。今度会えたら、わたくしたちでお礼しないとね。ね、メリネ?」
「う、うん……!絶対忘れないようにする」
俺の身のうち話を聞きながらも、距離感がだんだんと狭まっていく。出会った当初はお互い警戒しながらも、社会人のように空気を読んでいたが、今となっては全くの別物だ。
完全にレーンに気を許した俺は、メリネを混ぜての互いの話せるとこまで語り合った。
────気づけば時計の針が一番上に到達しようとしていた、だがもう少しだけ続けるとしよう。




