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第三章 4「灯火は煌々と煌めいて」

 時はメリネが目覚めるまで遡る。



 ここまでは順調だな、と思いながら窓から夜景を眺め、一人ぼーっとしていた。

 目下巨人との戦いで亜人達が引いたのを好機として、都市に住んでいた住人達を近くのバラ村への避難活動の手伝いをしていた。


 俺自身も避難の護衛として参加して住人たちから感謝されていた。

 バラ村の村長も突然の避難民と俺が護衛していることに驚いていたが、俺と派遣された兵長からの事情説明で納得してくれたようで、負傷した兵共々避難民はダンジョンの低階層で一旦暮らすことになった。


 バラ村からの帰路の途中、総督の部下である兵長から改めてお礼を言われながらも戻った矢先、すでに酒宴を開いていた。


 近くにいた酔いがまだ深くない兵士に聞けば、ささやかではあるが総督が宴を開くことになったらしい。


 此度の勝利と俺への歓待も兼ねての宴が開かれるとなった途端、疲れた顔した歓喜した兵士たちは我先にこぞって酒宴が始まった。


 唖然としていた俺と兵長の元へ息を切らせ総督が駆けてくる。肩で息をしている総督は俺にも是非参加と言うことで断る理由もないし参加することになった。


 総督自ら俺を先導してくれるようで、彼からは酒が注がれた杯を手渡され、お近づきの印のこと。とはいえ顔を見られるのはまずいので、乾杯などをしながらも総督の視線がない隙をついて兜をずらして、一気に飲み干す。


 酒は実は密かに楽しみにしてたもので改めて口をつける。味は初めて飲むが、端的に言えば水にほんのり味わい程度の風味を感じ取れた。


 喉を通る香りは確かに届く。だが期待していたほどの味ではない。その期待も酒好きのオンゲの友達が通話越しに話す「今日も酒うま過ぎ、何倍でも飲めるぜ」によって形成されたもので、酒片手に飲んでるであろう友人の顔が思い浮かんだ。


 ただ酒を飲むだけだが、酒盛りを楽しむ兵士たちを見れば楽しいんだろうなとよくわかる。


 木製の杯の飲み口に口をつけてた直後に「これはいわゆる現代でいう飲み会では……?」と嬉しくなったのだが、一つ問題がある。


 それはこの体じゃいくら飲んでも酔えない。おそらくだがいくら杯に酒を注いで飲もうが、酔いは回らず周りはぐでぐでに出来上がっていくに違いない。


 友人のような蟒蛇じみたとは話しが違う。原因はこの身体だ。


 とあるゲームでは酒酔いも状態異常扱いらしく、案の定この身体はレジストしてるようで、人生初の飲み会も白けるほどにつまらないものになってしまった。


 酔えないことに疎ましく思いながらも、酔いどれる兵士たちを羨ましく思いながら尻目にひっそりとその場を後にした。


 俺が建物の廊下を歩いている頃合いで宴が終わり、徐々に消えていくように静まり返っていく。その光景を見下ろしながら物寂しさを覚えた俺は、余韻を断ち切るように総督とその他長達が集まる部屋へ足を運んだ。

 何やら今後について軍議だが、俺にも同席して欲しいとお願いされては仕方なく参加することになった。


 外で待っていた兵士に連れられ部屋へと入る。その合間にも席に座る彼らからの視線が俺に集中していた。ある者は値踏みをするような視線。

 または俺ではなく身に付けている武具への好奇、そして残りは畏怖と憧れが混ざった眼差しなど、さまざま反応を俺に見せてくれていた。


 最近こんなふうな視線をどこかでデジャブを感じたが、そのまま総督が用意してくれた席へ腰を下ろし、そのまま視線を卓上に広げられた地図へ向ける。


 そうして総督が始めた軍議を聞きながらも周りを盗み見るように見る。他の者たちは俺が気になって話になってないらしいが、俺が頷いてやればほっとしたようで話に集中し始めた。


 どうやら彼らにとって俺という存在は、この死地を助けにきてくれた絵物語に出てくる英雄的存在(ヒーローユニット)と認識してるらしく、何かと粗相がないように俺より年上であろう人たちが萎縮してるのは内心笑ってしまいたくなるほど異なる光景だった。


 彼らに混じりながらも初体験となる軍議に参加した。目の前に広げられた大きな地図はこの都市を中心に味方と敵の駒を動かすタイプだ。


 実物を初めてみた俺は興味津々であった。映画やアニメなど見たことあるとはいえ、生で体験するのとではワクワク感が違うのだ。それがたとえ聞くだけだとしても、徐々に高揚感がふつふつと湧き上がっていくのは気分がいい。


 そんな彼らの状況説明と今の防衛軍の状況、敵残存勢力の動向など大まかにだが把握できた。これも昔にやった難しいシミュレーション戦略ゲームや小説の賜物だなと感謝していた。


 だが彼らの邪魔をするわけにもいかず、俺は黙って静観を決めていた。しばらくしてから総督の元へ、一人の兵士が駆け寄って何やら会話をしていた。


「……そうか。皆に残念な知らせだ。小鬼王は我らの眼前の森近くに陣取ったままと報告が入った。幸い奴らも進軍する気配はないようだが、引く気もないらしい」


 斥候の報告を受けた総督は皆にそう告げた。芳しくない報告によって重い空気のまま、議題は今後の戦術についてであった。


「我が街にいるであろうヴェルデ・エル・トゥーラ様の助力も難しいであろう。かのお方は、現在出かけていらっしゃる。なので我々だけで戦うしかないだろう」


 この都市にいるすごい魔女がいたらしいが、今は不在らしい。

 いくら勢いを失った小鬼王の軍勢を叩こうにも、動かせる部隊は守衛以外ほとんどいないのが現状だ。その敵軍は先の報告で、奇襲に不向きな陣地を構えたままで攻めづらい。


 それでもなお進軍し、軍勢を一気に叩くことをよしとする進軍派と時間を稼ぎ、防衛に専念し援軍を待つ防衛派に分かれ、メリットとデメリットを天秤にかけた議論は平行線のままであった。


 双方が主張するリスクとリターンを考えると両者とも悪いことは言ってないが、何かしらの犠牲が出てしまう。そんな中で俺だけは議論の輪にいないので卓上に置かれた図面を見ていると、あることを思いついたので総督達に提案してみた。


「なら奴らを釣り出してみないか?」


 その発言に皆の言い争う声は止まり、静まり返っていった。これはアクション系ゲームでの攻略法の一つであり、俺が得意とする戦い方の一つでもあった。


 その有効性はエンデスのようなMMOの大規模戦闘レイドでの小型モンスターを従えるタイプのボス相手にも発揮していたため、両軍が拮抗し、膠着状態の今でこそ使える手ではないかと言ってしまった。


「それは……詳しく聞かせていただけますかな?」


 総督は俺の発言の意図を詳しく聞きたいらしく、今度は俺が皆に説明する形となった。


「まず残存騎兵部隊で誘導をしてもらう係だ。戦闘開始後はそのまま退却しながら城門前まで雑兵たちを誘導。誘導した後は遠距離攻撃部隊で一気に殲滅。残った連中も守衛にまわっている部隊で追撃だ」


 これならば守備を気にする必要もなく、戦力を攻撃に回せるはずだし、ゲーマーとしては敵が有利な場所で戦いたくはないという気持ちもあった。こちらが若干劣勢である以上、奴らへの優勢をとった上で勝てる確率を少しでも上げておきたい。


「ふむ……確かに徐々に奴らを誘い出せばこちらが有利を取れるか。しかし小鬼王はどうされますかな?」


「そいつは俺が相手しよう。敵の大将だ、奴の周りにもそれなりに強い奴も護衛につくだろう。そのあとは……」


 そこからは詳しい戦術と戦い方を総督達をレクチャーしている時だった。肝心の行動ルーチンを言おうとした矢先に、扉が開かれ、メリネが入室してきた。


 彼女の傷は癒えたはずだが、包帯が所々に巻かれていた。出会った頃の美人さんが台無しであったが、再び会った時の血濡れのボロ雑巾みたいになってた時よりは、幾分マシだなと思うことにした。


 彼女の登場で会話は止み、静まり返る。その直後に皆が立ち上がれば、ワッと彼女を讃えるように皆が駆け寄っていく。メリネを労う皆と対照的に、戸惑うばかりの彼女に助け舟を出してやるか。


 そう思った俺が彼女へ椅子を譲ろうと席を立った途端、皆の声がやんで、こちらに視線を向けていた。


「ここに座るといいぜ」


 その行動に慌てた長たちに抑えられるように席に引き留められた。


「黒騎士殿!?い、いけませんぞ!我が都市の恩人であろう貴殿に、そのようなことをされては困りますぞ!」


「……?怪我人を棒立ちにしたままは、俺がなんか、嫌だ」


 そこを俺が引かずにメリネの手を握って座らせようとする。


「え、ちょっと、私は大丈夫……!大丈夫だから」


 公の場で、俺への敬語を忘れるぐらい慌てた彼女は終始大丈夫だと言っていた。


 そんなやりとりを繰り返していたが、俺が断固として譲らなかったのでメリネは意を決して、立ちあがろうとした俺を座らせた上で、外からもってきた椅子を置いて、俺の右隣に座った。


「えっと、メリネ……?」


「……」


「あのー……?」


 俺が何度問いかけても、メリネは俺に握られた手の感触を確かめるように、自らの手をにぎにぎするだけだった。まあ大丈夫かと俺はひとまずそっとしておくことにした。


 長たちは俺の意見を参考に、部隊の再編成をしており、都度都度彼らから詳しい質問に、俺が答えていた。


 それからも細かな軍議は続くらしく、総督の気遣いで、俺と病み上がりのメリネの二人はそのタイミングで席を外すことになった。とりあえず用意された自分の部屋に帰ろうと思った矢先に、メリネは俺の腕を両手で引き留めた。


 彼女の方へ振り返れば、先ほどから何も言わないメリネ。その姿はなぜか普段よりも幼く弱々しい。まるで親を引き止める子供のような印象だ。

 出会った頃の凛としている印象が強かった彼女が、今はこうして俺を弱々しく引き留めているだけ。


 普段であれば、面倒ごとは御免被りたいが、今や親しい関係であったメリネ相手だとそうもいかない。彼女に向き合って、片膝をついて視線を合わせてやった。すると彼女は口を開いて答えてくれた。


「わ、私の部屋まで、送って、ほしいのだけど、どう、かな?」


 彼女の部屋まで見送る。ここまで来れたのだから、大丈夫のはずだが、俺を見つめる眼差しは不安そうな気持ちが現れていた。それに妙に辿々しいが、まぁ彼女には世話になった分、面倒でも見てやるかと頷いた。


 彼女と二人、共に廊下を歩いていると、先ほどよりも一段と弱々しい声で「あの……」と俺に話しかけてきた。言葉を発しないでいた俺が首を隣に振り向くと、こちらを見上げる彼女と視線が合う。

 

「私たちを助けてくれて、ありがとう。」


「無事……とは言い切れねえが、メリネやみんなを助けられてよかった。ちょいと無茶した甲斐があったもんだ」


 彼女のお礼に、助けるのは当然とばかりの感情を乗せた気さくな声で返す。まあ人生初の砲丸のように飛んだ甲斐はあったな。


「そう、なの?」


 俺の言葉が気になったのか、素直に尋ねてくるメリネ。


「ん?あ、あぁ。少し、人じゃ真似できない方法でな」


「そうなんだ……でもありがとう」


 杖を使って歩いていたメリネがふらついたので、彼女の手を握って共に歩くことにした。最初はお互い優しく痛くないように握っていたが、だんだんとお互い手を握ったままを忘れるぐらいに他愛のない話で盛り上がった。


 メリネは話を続けていくうちにだんだんといつもの調子に戻っていったので、俺は何処かほっとしていた。


 家族になったアリサのような存在じゃないはずのメリネになぜ安堵を覚えたのか。簡単なことだった。俺としてもせっかく仲良くなった彼女には死んでほしくなかった。ただその一点に尽きる。


 村人達の件で助かったのもそうだが、何よりメリネにはどこか危うさがあった。数回あっただけだが、どこか生き急いでいるような、そんな気持ちを抱かせるような彼女に目が離せない。


 なんて俺がそう思っていると、彼女はまたしても弱気な表情で本音を漏らした。


「巨人はとても強かった。私は……負けてしまった。戦いでなら負けないと思っていた」


 今にも泣きそうな表情で、歯を食いしばってそう語るメリネ。


「だが健闘してたじゃないか。俺は実際見てなかったが、周りのみんなが教えてくれたぜ?メリネは頑張ったって」


「でも負けは負け!私は弱い……!誰にも負けないって誓ったのに……!」


 らしくもない慟哭を、彼女は声を荒げて自分たち以外いない廊下に響かせる。こちらを握る力が強まりながら、涙がこぼれてしまいそうなほど思い詰めた彼女。その気持ちに対する俺は痛いほどわかってしまう。


 実際の戦闘とゲームの勝敗とでは違いはあるが、勝ち負けの観点でいうと同じだと思っている。自らが努力し、高めたものですら勝てず、負けた時の気持ちは痛いほどわかるものだ。


 かつての俺もその気持ちを持って、ガキのように泣いてしまったこともある。

 俺だって最初から強かったわけじゃない。今でこそ、皆を助けられる強さを得たが、その過程には山ほどの負けと、挫折と、暗い気持ちがあった。

 今となってはそれも懐かしむことができるほど余裕を持てるようにはなった。だがメリネを見ていると過去の自分を見ているようでほっとけなかった。


 だからこそ俺はできるだけ、俺のありのままの本心を彼女に伝えた。


「でもそれを自分に言えるだけ偉いよ。俺だって負けたのは数え切れないぐらいあるぞ」

 その言葉に彼女も驚きを隠しきれずにこちらに視線を向けた。


「えっ、あなたも負けたことがあるの?」

 すっとんきょうな声で俺に問うメリネは、涙を引っ込ませたようだ。


「負けなんざいくらでもあるぞ。まぁ流石にこりゃ死ぬなと思ったら逃げ出すこともあったし、いろんなこともあったぜ?けど俺は諦めない、何度負けようと、何度挫けそうになっても最後の一瞬まで戦う。抗うんだメリネ。例え今が弱くとも、立ち上がる限り、お前は強い」


 その言葉は嘘偽りもない本音。腹の底から出てきた俺の価値観。アシュからの受け売りが混じった俺だけのアドバイス。


 英雄視している俺からの泥臭い言葉は、彼女には予想以上に衝撃だったらしく、黙ってしまった。それからなにかを決心したように瞳に力強さが戻る。


 ────立ち止まった彼女は再び歩き始める。何を思うのか


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