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第三章 3「傷は浅く、魂は深く」

「……ここは……?」


 私が目覚めたのは軍が所有する建物の一室だった。全身には包帯などが巻かれ、気を失ってから治療を受けたのか鎧や防具が外されたラフな格好のままだった。


 どうやら運ばれた後に手当てされて、今まで寝ていたらしい。


 外では嵐の中心のように静まり返っていた。いつもであれば兵士たちや酒盛りの客で騒がしいが、今はただ静寂がこだまするだけ。


 私は起き上がり、部屋の外で夜風に当たっていると複数の足音が近づいてきた。

 音がする方を振り返れば、私の部下達が交代で見張り番をしてたらしい。その場にいた二人の隊員が私の無事が確認できて泣きそうになっていた。


 感動の再会とはいかず、彼らと共に総督のいる部屋まで案内された。


 部屋には総督との複数の兵長に、顔馴染みのレーンもいたが、椅子に座り夜空を眺めている黒い鎧を着た彼もいてくれた。

 やはり夢ではなく現実だったのだ。彼に礼を言いたくなったがひとまず敬礼を取れば


「メリネ、ただいま生還しました」


「よくぞ生きて帰ってきてくれたな、貴殿の働きに幸運が味方してくれた様だな」


「……はい、ありがとう、ございます……」


 総督から労いと「おぉ…」と皆は安堵した様子で迎えてくれた。そして座ってよいと目配せを受けたが椅子が足りない。仕方なく立ったままでいいと思った矢先に


「座るか?立ったままではつらいだろう」


「黒騎士殿、貴殿が何もそこまでしなくても……!」


「総督殿、”私”はただ彼女があれほど頑張ったものを労いたいだけです。言うなれば単なる我儘です、許してほしい」


 と彼にそこまで断固として言われてしまっては総督たちも折れるしかない。

 

 私が椅子に座ることになったが、近くにいる彼を見上げる。あの日と変わらず彼の顔は見えないまま。

軽く頭を下げては彼は気になさらずといった感じであしらわれてしまった。


「えー、まずは皆の無事に我らが白き神へ感謝を。幸いにも死者は少なかった上、かの御仁!黒騎士殿のおかげだ!黒騎士殿、我ら一同心より感謝を。何度でも申し上げますが、感謝を伝えたい!」


 立ち上がった総督に習うように兵長たちは彼のほうへ向かえば一同で頭を下げた。私も慌てて頭を下げたが、彼は気恥ずかしく困っているように私には見えた。


 確かにこの人がいなければ被害はもっとひどいことになっていただろう。あの巨人はそれほどに強かった。

 そんな巨人の存在を思い出しては歯痒さと悔しさが湧き上がっていく。勝てなかった事実は消えることもない過去になりつつあったが、彼はこうも答えた。


「いや、この勝利は皆の奮闘あってこそと私は思っています。皆が頑張って繋いだ勝機をあってこそ、私の救援が間に合ったのです。ならば讃えるべきは皆ではあり、頑張ったメリネ……さんたちを私は敬意を表します!!」


 彼が発したその言葉に私は目を疑った。以前会った時よりも雰囲気が違った風に見える上に、どうみても彼が倒したというのになぜそのようなことを言うのか。

 だが私以外の総督たちは泣かないまでにせよそれに頷いていた。これが強者のなせる凄みなのだろうか。政がわからない私には、ただすごいとしか思えなかった。


 勢い付いた彼は総督達を一人ずつ丁寧に労っていった。腰が低いまま、彼らにさん付けをして励ましていた。

 その姿に傲慢さはなく、強いて言うなればただ戦争帰りの同胞を労う友人のようでもあった。


 総督達を見れば、彼を敬意をもって歓待したかったろうと言った表情だが、彼はこちらの事情に納得し、最低限の要求だけ総督たちに伝えた。


 何せいまは戦時中でありまだ戦争は終わっていない。それからは総督たちで話し合いが始まるので、私と彼は共に指令室から立ち去った。


 廊下をお互い距離をとりつつもならぶように歩いている。長い沈黙と二人分の足音は廊下に響くだけで、私は意を決して彼に話しかけた。


「礼が、遅れてしまい、まことに申し訳ない。貴方が助けてくれたと、部下達が教えてくれた。なんと、お礼を申し上げたらいいか」


「いやいや無事助かったようで私、いや”俺”もほっとしたよメリネ。間に合ったのも彼らの奮闘のおかげだ、俺もアリサもメリネが死んじまうのは……悲しいからな」


 肩をすくめた彼はここにはいないあの子を代弁するように答えた。


「さきほど、の話なのだが、なぜあのようなことを言ったんだい?」


「あぁ、彼らにはあっちの方が好ましいだろう。規範正しい客将だったかな?彼らはメリネと違ってまだ友人でもないからな。それにたしかに巨人は俺が倒したが、皆の戦いが無駄だったというわけにはしたくない。メリネも頑張ったしな」


 彼はそう言って歩みを再開した。私への慰めではなく、そう思っていると答えただけ。


「私は……。あの巨人に負けたというのに?笑わないの?」


「確かに負けは負けだ。時には勝てないこともある、こんな俺だって過去に負けたこともいくらでもあるぞ。だが負けたから、それがなんだ?俺はこう思っている。諦めた時が本当の負けだ、戦いでもゲームでも。俺は今度こそ諦めたくない、最後の一瞬まで」


「……ゲェム?」


「独り言だ、部屋まで送るぜ。身体が冷えて風邪でも引いたらレーンのお嬢にどやされるのはごめんだ」


 私は悩んでいたが、彼に付き添ってもらう形で部屋までたどり着いた。彼を見上げるようにしながら、お願いをすることにした。


「あの、私が寝るまで話に付き合ってもらえないでしょうか?」


「俺?別に構わないが……流石にお嬢が来たときは弁明を頼むぜ?」

「わ、わかった……」


 その時は珍しく、彼の強さへの興味を惹かれていた。いや違う。強さではなく、彼が思うことに気になっていたんだろう。 だから彼と話がしたかったのが、本音だ。


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