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プロローグ1-B「狐耳少女と異邦の吸血鬼」

 死ぬのは嫌。嫌!そう思いながらも感情が爆発したように体を丸めて涙と嗚咽を漏らしていた。けど振り下ろされるはずの棍棒はいつまで経っても振り下ろされることはなく、聞こえるのは自分の泣きじゃくる声だけがこだまして頭と喉が痛い。

 顔を地面に擦り付けるようにしているせいで何が起きているかわからなかった。


 ガッ!バキィ!ドグシャァァ……!

 私の代わりに何かと何かがぶつかる音。音に釣られた私はゆっくりと顔を上げた。


 それは木の幹のように太く、虫のような黒光した黒い足。その持ち主は、さっきまでいなかったはずの黒い鎧の人だった。


 鎧の人はすごかった。私に向けられたはずの棍棒ごと、大きな化け物を簡単に蹴り飛ばす光景を目にしたのだから。蹴り飛ばされた化け物はぶつかる木を薙ぎ倒して、森の中へ大きな物音を立てながら吹っ飛ばされていった。


「よう、無事か?って言ってる場合じゃねえな。待ってな、アリサちゃん。すぐ助けてやるからよ」


 突然自分の名前を呼ばれて思わず身体がビクッと反応する。視線を声がする方へ向けると、そこには自分を優しく抱き起こそうとしているさっきの黒い鎧の人だった。


 よく見るとさっきの黒い足は鎧で、見るからにすっごい鎧には傷跡や火傷跡などで傷だらけ。顔が見えないから不安だったけど、鎧の首元にある血の色よりも鮮明で真っ赤なマフラーはなぜか私の視線を釘付けにした。


 私に伸ばされた鎧の人の手つきは優しくて、土埃や血まみれの私を気にせずに、払い落しながら介抱してくれていた。


「あ……あな、たはだ、れ、れすか……?」

「俺か?俺はヴァルツって言うんだ。アリサちゃんで間違いないな?助けに来たんだ」


 舌が回らない。目はしょぼしょぼするし、口の中はパサパサで声が出しづらい。そんな私からの問いに、兜から男の人の声がした。ヴァルツと名乗った目の前の大人は、私を助けに来てくれたらしい。


「は、はいっ……けほっけほ」

「よし、これで綺麗になったな。えーとポーションはどこにしまったっけな……」


 彼は自分の鎧が汚れてしまうことを躊躇わずに、血や土埃まみれの私を綺麗にしてくれている。その優しさがなぜかとても嬉しかった。


「うっ……ううっ……」

「おっとわりぃ、ごめんごめん。もしかして痛かったか?」ヴァルツさんはこちらを優しく触れてくれるから痛いはずもない。

 だからヴァルツさんの問いには首を振って違うと応じた。彼に安心したのか、止まったはずの涙が溢れてくる。それを見た彼は動揺しながらも、慌ててぎゅう……と抱きしめて慰めてくれていた。


「……大丈夫、大丈夫だ。一人が怖いのは当たり前だ、けどアリサちゃんはよく頑張った。俺がついてるんだ、もう怖いはさせねえよ」

「ひぐっ……は、はぃっ……ひっくっ」


 えぐえぐと、涙やしゃっくりを漏らす私の頭を撫でながら励ましてくれるヴァルツさん。その優しさに甘えるように私は頷きながらも私からヴァルツさんに抱きついた。それをヴァルツさんは静かに受け止めてくれた。


 そのままヴァルツさんは何もないはずの空中から液体の入った小瓶を取り出して、私の方へその小瓶を見せるように近づけた。

 色は青色で液体越しに後ろが見えるほど澄んでいる。栓を指で飛ばしたヴァルツさんは、綺麗なポーションの注ぎ口を私に向けながら飲みやすいようにしてくれた。


 私は力無くだらしないまま口を半開きにして、ポーションを溢しながら全部飲み干す。すると身体中に響く痛みと、胸あたりにこびりついていた吐き気が治っていく。

 身体が軽い。けど代わりに頭がガクンガクンと揺れながらも瞼が重い。身体も溶けてしまいそうなほどに熱い。ヴァルツさんに手を伸ばすと握ってくれて、とても大きく冷たい手だった。でも身体が熱い今の私には心地よかった。


「瀕死の状態からの過剰回復オーバーヒールってところか。効き目良すぎだな……」


 後で教えてくれたのだけど、ヴァルツさんが飲ませてくれたポーションは、死ぬ寸前であった私の体力を全開にし、疲れ果てて、すり傷や骨折があった私を助けてくれるすごいものだった。


「今すぐ帰りテェが、どうやらこいつらぶっ倒さねえといけねえみてえだ。待ってな、すぐ安全なとこに連れていってやるからな」

「は、い……気を、つけて、ください」


 私の耳には複数の足音の音。ヴァルツさんも気づいているらしく、その言葉に呼応するように蹴り飛ばされたはずの化け物は、森の奥からぞろぞろと仲間を引き連れて戻ってきた。


 ヴァルツさんはそんな化け物たちを気にも留めずに、私を揺らさないように後ろの木の近くまでゆっくり運んで下ろしてくれた。


 ヴァルツさん越しでほんのすこいだけ見えた化け物達は既に怒り狂っており、燃えるような怒気を孕んだ目がとても怖かった。恐怖に当てられた私は、ヴァルツさんにしがみついていたが、不思議とだんだんと身体の震えが止まっていた。

 どうしてとヴァルツさんの方へ目を向けると、彼は親指を立てて大丈夫だ。と答えてくれる。そのおかげでほんの少しだけ、笑顔で頷くことができた。


 そして化け物たちから私を守るように、背負った大きな白い剣をドスッ!と地面に刺して、化け物たちの進行を阻むようにに立ち塞がる。


 さっきまであれほど怖いと思っていた化け物たちが、ヴァルツさんに怯えているようになってこっちに進めずにいた。

 私の頭から足まで簡単に隠れてしまいそうな鉄の塊から切り出したような大きな剣を、ヴァルツさんは片手で地面から抜いて肩に担いだ。

 ──すごい。そんな気持ちが出るほどあんなに重そうな剣を片腕で扱い、村の子供達がするような小枝みたいに振り回してるのを見ると信じられなかった。


「……大丈夫。アリサちゃんは俺が守るからよ」


 最後に聞こえたその言葉を聞きながら、閉じていく視界の最後に映ったヴァルツさんの後ろ姿を見ながら眠りに落ちていった。


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