第一章 1「少しだけ変わった日常の始まり」
少し長いですが現代回です。
西暦20XX年の初夏、窓からもたらされる南風がひゅるりひゅるりと駆けていくように部屋を満たすのを、診察中の俺こと中道有一は頬や素肌で感じ取っていた。
市内にある病院に移り住んでから、2年ほど時日が経っていた。入院して以来、見慣れた部屋の中で、医者の問診に今更興味も感心もなかった俺は、ひどく退屈な時間が早く終わることを切に願っていた。
俺の担当である妙齢の医者が、いつものように俺を励まし、首だけ動かして医者のそれに頷く。医者は穏やかな笑みを浮かべ、多忙なのか足早と部屋を後にしていく。残された看護婦は俺の側に近寄ってくるが、清潔にされた衣服の匂いが鼻にツーンと届く。
看護師越しにいつも世話になっている医者を見送った俺は、骨と皮だけになりつつある腕にびっしりと繋がれた管を煩わしく感じて目を逸らす。そしていつものように看護婦が鉄仮面のような初期型のVR器具を付け直してくれるのを、今か今かと待っていた。
カチャ、ガチャと機具を固定する音と、ずっしりと顔面を押さえつけられるような感触に安堵を覚える。この感覚は学校で一度だけ体験した剣道の防具に近い感覚であった。
ものを手に取ることもなく、感覚すら鈍くなった今の俺では、器具の重みが唯一感じ取れるものであった。
息苦しさを感じさせるVR器具の中はほぼ真っ暗で、眠るように瞼を下ろしてやれば、意識が抜かれていくような奇妙な感覚には陥る。何度繰り返し、歳月をかけてもなお、慣れることはできないだろうなとしみじみ思うばかりであった。
一昔のVRはあくまで映像体験だけだったが、今の進歩したVRは意識だけを仮装空間に転送するフルダイブコンバートを主流とし、そこから派生してゲーム体験の向上に繋がっている。時代の進歩は凄まじくすごいものだと初めの頃に感動を覚えたほどだ。
そのまま意識だけになったのを知覚した俺は、VRゲーム「エンドワールド・フォー・デス」への数分かかるログイン作業を始めていた。
「エンドワールド・フォー・デス」今より遡ること数十年前。コンシューマーゲームや携帯ゲーム機などよりも、スマホ・PCなどのソーシャルゲーム全盛期であった時代に異を唱えるようにして生まれたのが、このVRMMORPGのエンデスである。
ゲームというものには一定数の根強いコアなファンがいる。昔のゲームというのは今よりもずっとマイナーであり、いわゆる少数民族のようであったが、今となってはたまたまとあるゲーム会社が作った新作ゲームを遊び、そのゲームファンになり、フレンドや掲示板でのマルチで遊ぶのがごく普通となりつつあった。
だがそんな普通になりつつあるゲームも一部のメジャーなゲームを除いて、国内のゲーム界隈は衰退していくばかりであった。景気不振、ゲームをする時間など色々あるが、様々な要因が積み重なってゲーム業界が何十年と築き上げてきたものは徐々に瓦解した。
そんな中、業界の現状を憂いたゲームメーカーたちはこれを打開しようと立ち上がった。それに合わせるように新進気鋭のネクロン社がある催しを開いた。
当時としては革新的なフルダイブ型VR技術「クロスエンジン」をさらにゲーム特化発展させた「エンドエンジン」なる独自最新鋭のゲームエンジンの試遊会を開くことになった。
そんな餌を見せつけられたゲームメーカーたちはネクロン社主催の試遊会に飛びついていった。
他にも様々な分野からの技術者、少数派であるインディーゲームのクリエイターも集まっていった。
試遊会では完全フルダイブのVRのお披露目会となった。クリエイターたちは一人10分の体験という文言を見た瞬間、我先に並ばずにはいられなかった。
プライバシーの保護もあってか個室での体験となったが、体験を終えたクリエイターたちは興奮するものもいれば、何かを思案するものと多岐に渡った。
結果として試遊会は無事に終わった。だがあるサプライズがあったのを、俺の数少ない友人であったクリエイターが密に教えてくれた。
試遊会も終わり、最後にお知らせとしてクリエイター達は一同集められ待つことになった。そして壇上には日本のゲーム好きであったネクロン社現CEOであるマークス氏が姿を現した。
彼率いるネクロン社は改めて、日本のゲームメーカーたちへの要望としてあえてMMOでの制作発表しクリエイターたちへの協力を募った。
呆気に取られたゲームメーカーたちもこれに応じて、一丸となって日夜惜しんでまで細部まで作り上げていった。
様々な人々が集い、各々の思惑の上で一致団結し約6年をかけて、エンデスのベータ版を作り上げた。
エンデスのゲームジャンルはMMORPG。これら自体はさほど珍しくもなく、既にいくつかあった。だが昨今の流行り廃りが激しい時代の中で、時代に対応できない不便さが目立つ既存MMORPGにユーザー人口はただでさえ不人気であった。
だがエンデスの基本のプレイスタイルに特に新鮮さはない。なんなら既存のMMORPGと変わらないものだが、VR技術を取り込んだ独自エンジンによる綺麗なリアリティ重視のグラフィック、生身と変わらないほどのプレイの快適さは当時のゲーム界隈でも話題となった。
それだけに留まらず、エンジンによって実現可能となったメーカーたちのゲームアイデアによるボリュームの多さと幅の広さは、当時からのユーザーだった有一もその圧倒的なゲームスペックに圧巻され驚きを隠せない。
まずRPGで馴染みある職業は基本職数千とその上位職数百。加えて幅広い種族などを好きに選ぶことができた為、特定ビルドによる対人環境独占を阻止し、独自性やロマンを求めるユーザーのニーズに答えることができる自由性なども好評を博した。
簡単に説明すると、一般的な人間、エルフにドワーフ、小人などの人間種。そこから派生してケモ耳が生えた半獣人に獣人・人魚に、魚人などの人+獣の特徴が見られる亜人系がユーザーの多数であった。
そして有一のキャラのようなヴァンパイア、スケルトン、レイス、ゴーレムなど異形・アンデッド・物質系などの少数派が存在したが、不人気はあったがコアなユーザー向けであった。
そうして職+種族の幅広い選択肢と自由度があったのには理由がある。それは開発陣に生粋のMMOメーカーではないダークファンタジーゲームやインディーゲーム制作者がいたからだ。
それらのクリエイター達は自分たちの好きなものを作ってよいとされたので、嬉々として普段のMMOではお目にかけることができない種族が爆誕。
デフォルメされて愛くるしい魅力をもった三頭身ぐらいのケットシーや、宝箱や罠などのオブジェクトに擬態できる初狩り・待ち伏せ用に愛されたトラッパーズなど存在した。
俺はその中でもアンデッド系のヴァンパイアを選んだ。特に理由もなく、人付き合いを気にすることもなかった俺は、適当に決めとうと種族を漁っていた。
だがヴァンパイアの項目で指が止まる。不老不死を体現した種族というフレーバーはどこか惹かれるものがあったのか、興味が湧いた。
隅々と全てを閲覧した上で、俺はヴァンパイアを選択。ソロ・マルチ問わず遊べるように拡張性という言い訳もあったが、どうせならと羨望を込めた自らの分身を作り始めた。 キャラビルドは近接職にした。どうせソロが多いだろうし、魔法でのガス欠は避けたかった。
出来上がった俺の分身の名はシュヴァルツ。
近接職である「ファイター」「チャンピオン」「バトルマスター」に加えて種族職としての「ヴァンパイアロード」「デイウォーカー」。そこから職同士の掛け合わせでたまたま獲得できた特定条件により解放された「デッドナイト」
それら全てのジョブレベルをカンストさせてそこから何年もかけて到達したのが今の「ブラッドブリンガー(血潮の真祖)」
もちろんソロマルチ問わず遊べるように設計してあるから問題ない。なにせ俺にとってパーティープレイとは、滅多にない人の交流でもあったため大歓迎だった。
しかしマルチとなると自然と見られる機会が多いため、今度は見た目にもこだわり始めた。
幸いにもヴァンパイアの種族は見目麗しいのばかりで外部MODパッチで身綺麗にした。そうやって完成したキャラには俺の願望が顕著に出ていた。
「どうよユーイチ、やっぱ二次元っしょ!」「あぁ。俺もそう思うよ」
オンラインのフレ友との通話で、フレ友と俺では相違があったが、概ね同意した。
「やっぱいいな。普通って……」そのまま続けて口から出そうになる気持ちは心の中に留めた。
どれだけ手を伸ばしても手に入らないものを、現実を持ち込んでまで壊したくなかった。




