第三章 1「野火は、天より燃ゆる」
「どけどけどけーーー!」
どこかで聞いたような声は突如としてメリネの頭上から。
否、巨人の手首を大剣で貫き、地面に縫い付ける勢いで戦場のど真ん中に現れた。
ヴァルツはすかさず大剣を捻れば、巨人の手首だけサクッと綺麗に切り落とす。
肉体と離れ、緩んだ手のひらから放り出されたメリネの手を、ヴァルツはついでとばかりに握る。
メリネは閉じたはずの瞳の瞼を持ち上げ、再び見える視界には黒一色で全身を表す者が見えた。
自分を握っているのか、なんとなくだがわかった。
「…どう、して、あな、たがここに?」
彼を呼びかけるように問いを投げる。ヴァルツもメリネのからの視線に気付き、嬉しそうに答えた。
「もしかしてと思ってたが、やっぱメリネか!ずいぶん手荒く起こしちまたようで悪りぃな。なにぶん急いで来たもんだから、細かいことは勘弁な。な?無事……だよな?正直ほっとしたよ」
ヴァルツはぐったりと、糸が切れた人形のようになりそうなメリネを見れば慌てて、そっと地面に寝かせるように置いた。
周りからもなんとか起き上がったメリネ隊の兵士たちの目には、信じられないものを見たと語っている。
ここは戦場で、今にも死にそうなところをよそに、空から降ってきた人物が、自分たちとあったことがあるヴァルツだったことに唖然としていた。
その気さくな感じも変わっていない。近くには激痛のあまり悶えているとはいえ単眼の巨人がいるというのに、どこか場違いを思わせてしまうほど危機感がないのだ。
でもメリネにとっては、見知った彼が自分を助けに来てくれたという事実で安堵していた。
驚きはどちらの陣営にももたらされたが、特に顕著だったのが都市側にあった。
唖然と呆然するしかない部下をよそに、前線にいたドランは動く。何せ突然天より降って現れた黒い騎士は戦慣れしていたドランに戦慄を与えたが、まだ戦闘は続いているのだ。
あれほどの人智を超えた獣じみた強さを誇った巨人を、いとも容易く地に捩じ伏せた。あの単眼の巨人をたった一撃、一振りで。
それどころか合間に救出した剣士メリネと話すぐらいにはその立ち振る舞いには危機感がないどころか余裕がありすぎる。
その黒い姿は、まるで幼き頃に読み漁るように読んだ絵物語に出てくる世界を救うために現れる英雄を重ねるように見ていた。
かつて祖父が語ってくれた、英雄なる人物。もはや見ることすら叶わないと思った。
そんな人物が今この瞬間、自分の目の前で英雄が生まれるのを目撃したのである。
一方の戦況も何も知らないゆえに暇を持て余していた小鬼の王は瞳を閉じ、骨で作った悪趣味な玉座にてふんぞりかえっていた。
待っているだけで、都市にいる子生意気な人間どもの断末魔を聞けるはずだった。
だが聞こえたのは人間にしては、けたたましい悲鳴だった。玉座より双眸を開け、人間どもの悲鳴でも拝むんでやろうとするが、何かの異変を感じ取っていた。
配下の呪術師の秘術による儀式召喚。その中でも切り札であった単眼の巨人が、目の前で、たった一人の人間ごときによって地に伏している。
人間どもが巨人によって蹂躙される光景を待ち侘びていたというのに。許セヌ、許セルワケガナイ。アンナニンゲンドモ二……!
怒髪天をつく勢いの小鬼の王は呪術師に二度目の命令を下す。さらに2体の巨人を召喚せよと。呪術師たちも急いで儀式を再開する。贄は負傷した自軍の兵士たちを捧げ、さらに巨人を2体召喚させていく。
新たに現れた二体の巨人は胎動するように蠢けば、王の指示に従うように、今は身体を形成しながらも、万全になれば行けと、命令が降る。
「とりあえず、他の連中も助けてやらねえとな。メリネはこれでも飲んどきな」
と低級ポーションを持たせた重症の彼女を、近くにいた兵士たちに任せて、戦場へ戻ろうとするヴァルツを、腕を掴んでメリネは引き留めた。
「ど、こへ?」
「あー……メリネの仲間を、全員助けに行くのさ」
彼女の掴む手を優しく振り解いたヴァルツは、数歩先で戦闘態勢に入る。
そのまま体勢を低く、両手を地面につけて片足を曲げ、走り出すためのフォームを完成させる。
ヴァルツの脳内イメージは、アスリート選手のクラウチングスタート。あくまでイメージ。そのイメージ通りに地面を蹴る。
目標は亜人に連れ去られそうになっている、メリネの部下たちの救出だ。
障害物や、死体などを避けて、縫うように走りながら、ヴァルツは目標を目視で把握することに努めた。何せ時間を要する上に目標数も多い。
両手で武器を振るっている暇も惜しいので、両手が開く、素手での格闘戦での戦闘を開始。
その姿は勇ましく、鎧姿というのに、機敏に動き、拳を振るい、脚で亜人たちを蹴り飛ばす。
亜人たちから救出した兵士を担ぎながら、ヴァルツは往復するように駆け巡っていた。
目標数確認も兼ねて、確保してもらったスペースに、救出した兵士たちが地に並べられていく。並べられた兵士たちは、他の動ける兵士たちが急いで都市へと運んでいくのを見れば救出に専念していた。
「あとは……敵どもがここに来るのを防がねえと」
人間の頃より強化された視力は新たな敵を捕捉。一時的に退いていた敵が戻ってきたのだ。
少々不満そうに呟きながらも、戦場を見渡していたところに声がかかる。
振り返れば撤退させたはずの彼女がいる。
メリネは拾った槍だったものを折り、自らが支える杖にしてヴァルツの元へ近づいた。
「……すご、い」
「おいおい怪我人がここにいるんだよ。さっさと自陣に戻ってポーションを飲んで回復しててくれねえかな」
「……わ、わたしも、まだたたかえッ!?」
ヴァルツに怒られたメリネは自陣ではなく、目の前で急いでポーションを飲み干す。彼の洗練された無駄のない格闘術に身惚れていたせいで、飲むのを忘れていたと言えるわけもない。
あげたポーションのおかげか、だいぶよくなったメリネは杖持ちとはいえ自らの足で立つことができていた。
とはいえ、自分も戦うと言い出しそうな雰囲気を察知したヴァルツは、戻ってきたメリネの部下にメリネを連れて行くように頼んだ。
気を取り直したヴァルツは少しでも多くの亜人達を足止めしようとしたが、敵の軍勢はすでに戦場から撤退している。
「奴らは引きましたぞ」
低く、重厚な声がヴァルツの元へ届く。メリネ達と共に振り返れば、鎧などで完全武装したドワーフと、その護衛が数人後ろに控えていた。
「……どちら様で?」
「これは失礼。私はこの軍を指揮している総督のゴ・ドランと申す。貴殿の活躍に熱く感動して、ここまで馳せ参じた。以後お見知り置きを」
「……俺、いや自分は名乗るほどではないが、えっと黒騎士……だ。そこにいる身内の恩人を助けに来た」
「そうでしたか……いや、どちらにせよ感謝しますぞ黒騎士殿」
(「うぉー!!!生のドワーフすげー!貫禄あるー!」)と内心思っているヴァルツと、自己紹介を聞いて納得したドランからの感謝がすれ違う。
「ひとまず仕切り直したいと思いますが、黒騎士殿はいかがなされますかな?」
黙って頷くヴァルツは総督一同と城門まで戻ることになった。
───だがまだ戦争は始まったばかりなのである。そう、ここからなのだ。




