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第三章 ⁇?▶︎「そして冬鳥は、野火へ向かう」

「状況はどうなっている!相手はどこのバカどもだ!」


「わかりません……!人影を見られませんし、軍隊も見えません!」


「何がどうなっている……情報はまだか!」


 報告しにきた偵察兵に怒鳴り散らすも、一刻も早く正確な情報を求めて兵士長である老齢のドワーフは急いで追い返す。


「報告します!敵、亜人の軍勢その数数千万は優に超えているかと」

「数千万だと!?どこから出てきたがったんだ」


 老齢のドワーフ、総督のゴ・ドランは城砦内の作戦室で、部下の兵長たちと偵察兵たちが得た情報を元に現状確認をしていた。

 襲撃の始まりは昼過ぎの行商人を送り出した時に起こり、一瞬で日常から非日常となった。


 民の誘導、避難を最優先に。それから防衛の準備、迎撃の準備に普段よりも目まぐるしく兵士たちが都市の中で蟻たちのように駆け巡っていた。


 ドランが偵察兵から聞いた最終情報は敵は5万を超える亜人たちの軍勢であり、後方にも部隊が控えているとのこと。


 5万。こちらの都市は非戦闘員いれても精々2万にも満たないというのになんという軍勢だとドランには驚きが隠せなかった。何よりもどこから来たのか。


 本来であれば後方の連合王国と連携し、援軍を待つのが最善だが生憎軍は北方遠征に向かっている。

 こちらから便りを出して、仮に連合王国軍の合流には5日かかるのを考えると、とてもじゃないが間に合わない。


 ドランは頭がいたい問題に唸るばかりで、部下の兵士長たちの顔色も苦しげであった。考えても考えてもどうにもならないイライラが募っていく。

 しまいには自棄になりそうな気持ちを部屋にあった火酒をこぼすぐらいに飲んで強引に落ち着かせた。


 だが依然として問題解決の糸口が見えないのに、敵は待ってくれない。


 そんなドランたちなど知ったことではないと亜人軍は、戦略も戦術のカケラもない出し切るだけの大雑把な物量で物を言わせる亜人たちが侵攻を再開した。


 雑兵・尖兵として大量のゴブリンからオーク。果ては魔種としてはめずらしいオーガなど見られた。

 

 驚異的なのはどの兵も最低限ではあるが武装をしており、中にはどこからか略奪したような、人が使用するような農具などを使っている胸糞悪い輩もいた。


「巡回中の兵士たちの報告にはあったが、奴らを増やすために食糧にしおったな……!?お、おのれェ……!!!」


 ドランは怒気を孕んだまま苦虫を潰したような顔になる。今までの亜人どもは略奪と殺戮のみで文明的な要素がない下品な屑どもと思ってた矢先にこれだ。村人たちを食い殺していたに違いない。


 そんな尖兵達の次なる目的地はここ、勢いが衰えることを知らずに城壁目掛けて進軍してくる。


「”穀潰しの羽虫ども”!!伝令に通達!兵士たちは隊列を組んで待機!冒険者達は民衆の避難誘導と護衛、急げ!」


 ドワーフが聴いたら青あざめるような罵倒を大きな声に出すドランは、大急ぎで部下たちの指揮を取り始めた。兵数で劣るこちらには防戦あるのみ。


 ドランの動きに合わせ、城壁の上からバルザガの娘が弓兵や少数の魔法使いを臨時に指揮をとり、号令を出して尖兵達に先制攻撃を開始していた。勝手な独断であったが、それどころではないドランは不問とした。


 弓矢などで仕留めてもまた別のゴブリンたちはこちらへ突撃してくる。その隙を補うように魔法使いたちがあらためて攻撃魔法で仕留めている状況であり、芳しくない。


 城壁の扉には内側からの大量の重荷や家具などで亜人どもに開けられることを防いでいた。


 今は何とか抑えている状況だが、扉への攻撃が集中し始めて、そのまま壊す勢いであった。これを城壁にいる弓兵と魔法使いが攻撃して侵入を防いでいる状況だ。


 だがそれを亜人軍を指揮する小鬼の王(ゴブリンキング)はその状況を見過ごさず、控えさせていた投石部隊を出撃させ、城壁目掛けて投石攻撃を開始させた。


 城壁へと降りかかる岩石の雨はひとたまりもなく、遠距離部隊も石に向けて迎撃するのだから下が手薄になる。


 降ってくる落石は城下町に落ちていくが、幸い町には人はいなく被害はない。ただ岩が邪魔で動きづらくなったり、城壁上に配置されていた部隊は落下や負傷が相次いだ。


 その隙に扉への攻撃が集中し、破られてしまう。これを中にいた兵士たちが侵入してきた亜人たちを撃退。逃げる亜人たちを追ってそのまま扉から城外へ打って出てしまう形になった。


 兵が引きずりだされたことをドランは舌打ちしながらも、急いで階段を降りていき、前線へ向かうことになった。

 当然ながらメリネ含む部隊も前の部隊についていく形で外で戦うことになった。


「隊長、これはまずいですね……戦況が良くありませんよこれ」


 元斥候でもあった副隊長がメリネへの耳打ちしながらも、戦況を彼女へ伝えた


「でもやるしかない……」


 いつものように淡々と答えるが、内心では実家で軍略を学んでいたメリネには、今がとてもまずい状況なのは見てたらわかる。


「つか敵多過ぎだろ、まじで戦争じゃねーか」


「まさかここが襲われるとはな、王国と帝国、それにいろんな国との境目だってのによ」


 そんな呟きすらもかき消すように兵士たちの出撃が始まった。外へ出向いた兵士たちは交戦を始めながら浅く広い戦線を構築していく。


 遊撃を任されたメリネ達は剣を抜いて駆けていく。乱戦となった戦場を針で縫うように軽やかに移動するのは単身のメリネ。

 彼女に追いつこうと追従する部下たちを尻目に、メリネは亜人たちに奇襲を仕掛けた。


 長剣を身体の一部のように動かしながら的確に亜人の致命傷である首や、心臓などを狙った最低限の一撃で仕留めいていく。


 横から不意打ちで襲いかかるオークの大振り攻撃を寸で回避した上で、脳天目掛けて顎からの刺し貫く。抜き去った剣に垂れる獣油を払えば、次の目標を探すために意識を凝らす。


 部下達はメリネの考えを理解し追従を諦めて、他部隊に合流を果たす。陣営はそのまま共に入り口の防衛陣を張り始めた。横目で見ていたメリネは肩の荷が降りたらしく、気兼ねなく昔の頃のように闘い始めた。


 動いている亜人たちを刺し殺し、切り裂き、穿つ。いくら最低限の一撃のみで仕留めているとはいえ、長剣には脂汗や血糊にまみれていく。そうなると攻撃の回数が必要になる。


 自身が一撃で仕留めきれなくなると他の兵士と戦って手負いとなった連中を仕留める方向に変更。走りながらも亜人たちを切り倒して次の現場へ向かう。


 途中で長剣が刃こぼれしても使い続け、次のオークの首を切って折れてしまった。だが折れた長剣だったものでゴブリンの首筋に突き立ててゴブリンの武器を奪う。


 どれも粗悪ではあるが問題ない。殺すには十分であり、壊れたとて問題ない。腰に下げた短刀二振りは、奥の手として最後まで残すことにした。


 こうするのも武者修行以来で、その際も野盗から武器を調達したことがほとんど。その甲斐あって手慣れた様子で敵の武器を奪いながらも舞うように闘い続けるメリネ。その戦う姿は兵士たちを鼓舞し、勢いを産んだ。


 息を吐く合間に低級ポーション片手間に飲み干しながらもメリネは気を引き締める。大丈夫、冷静だと思い込みながらもポーションの瓶を亜人の目元に投げつけて、その隙に心臓を突く。


 だがいくら士気があがろうが、都市側の旗色は依然として悪いまま。ジリ貧なのは目に見えている。


「このままじゃまずい……どうしたら」


 一方後方で戦場の報告を聞く小鬼の王(ゴブリンキング)はこめかみに青筋を立てそうになっていた。何せ自軍の不甲斐なさと敵軍の人間どもを鏖殺できぬ状況が不愉快であった。


 それを解消すべく部下にある儀式を発動命令を劈くような声で発声した。


 単眼巨人召喚の儀式。こんなところで使いたくないが……仕方あるまいと人間どもを蹂躙し、その死に行く様を見て自らの慰めとしようと納得させた。


 小鬼の王(ゴブリンキング)配下の妙齢の小鬼の呪術師(ゴブリンシャーマン)は村々から捕えた村人達を贄とし詠唱を始める。耳障りな声と不快な呪詞によって目覚めた村人たちは結界の中で小動物のように逃げ惑う。


 だが即座に黒い稲妻が走り、子供から大人まで次第と動けなくなって倒れていく。そうして展開された召喚陣はとても大きく、前線にまで届きそうであった。


 そんな突然現れた召喚陣に不穏な気配を感じ取った兵士たち全員に一瞬だけ恐怖を感じ取った。そしてあり得ないものを目撃した。


 前線まで乗り出して、戦場を指揮していたドランはその化け物が生まれ落ちる瞬間を目視し、絶望の一端に触れてしまった。


 空を裂くような刹那の轟音を轟かせ、召喚陣から巨人は村人たちの命を代価に召喚陣か這い出てくる。

 生まれ落ちたばかりの仔馬のようにガタガタと身体を震わせていたが、動きを止めて、その閉ざされていた単眼をクパァと見開いた。


 その大きな眼ギョロ、ギョロリ。と上下左右にうごきながら辺りを凝視していた。

 本能でしか動けぬ巨人は自らの飢えを満たすために地を這う、這う、這う。向かう先は贄となった村人達の遺体の元へ。


 辿り着いた巨人は大きな口をあけて村人たちだったものをむさぼるように喰らう。


 だが足りない。こんなものではまだ足りない。もっとだ!もっとよこせ!


「GOAAAAAAA!!!」


 それを肯定するような咆哮をもって巨人の産声となった。人の味を覚えた巨人は人の匂いがする方へと這い出した。途中オークやゴブリンすらも喰らいながら都市側へ動き出す。


 亜人たちも自ら食われまいと、戦闘を放棄し巨人への道を譲る。亜人たちが離散していく姿に兵士たちは首を傾げ、死なずに済んだと誰しも思っていた。


 だがそれは束の間の安心だけであった。なぜ亜人たちが逃げ出すように戦場を離れたのかを考えた瞬間に、その答えは眼前で口を開いた単眼の巨人が現れ、そのまま喰われた。


 喰われた同僚を横で見てしまった兵士たちは悟った。ここにいては喰われてしまうと。


 そうなると兵士たちも戦線を放棄し、都市側へ走り始めた。単独、あるいは仲間共々。徒党を組んだ連中はあれほど勇ましかったのに、今となっては我先に逃げ出していく。


 メリネも突如現れた巨人への怖気が止まらなかった。だがそれでもなお自分に残った執着がメリネを突き動かしていた。


 戦場に転がっている敵の武器を一本でも多くかき集めながら、巨人に向かっていく。

 粗悪な武器を先手必勝と投擲。一撃でも多くダメージを与えようとするが巨人にはノーダメージでかすり傷にすらならない。


 ならばと目に向けて思いっきり槍をぶん投げる。槍は一直線に巨人の目に向かっていくが思っていたより機敏な巨人が掠るようにすれ違っていく。


 喰うだけに固執していた巨人が初めて覚えた感情。目の前の”生肉”は自分を害そうとしたのだと。


 邪魔なやつを潰して食べてしまおうと巨人はメリネ目掛けて真っ直ぐに拳を叩きつけた。


 巨人のたった一撃で地を割りめり込んでいく。紙一重でかわしたメリネには冷や汗が背筋に感じるほどの強烈な死の匂いを感じ取りながら、攻撃の手を止めない。


 近づいてくれたおかげで手薄になった足首を武器で斬り付けるが、ガァン!!!

 ───硬い。切りつけたメリネの武器は当然壊れ、反動がメリネへと伝わり手を痺れさせた。


 それでもなおメリネ攻撃は止めずに少しでも傷を負わせるべく武器を振るう。


 痛くも痒くもないのだが、巨人はイラついたのか、地団駄を踏み始めた。それすらも驚異となるのだから、なんとか回避したメリネの足を死にかけのゴブリンが掴む。


 足首を掴まれたメリネは足元に気を取られたが、すかさずゴブリンの首に剣を突き立て始末する。拘束から離れたが、猛スピードで真横からの巨人の裏拳が迫る。


「しまっ……!」


 なんとか身を捻って回避しようとするが、間に合わず巨人の振りかぶった左拳の横殴りをモロに受けてしまうメリネは、口から血を撒き散らしながら転がっていく。


 着込んだ革鎧のおかげでまだ息はできるがメリネが動ける状況ではなかった。革鎧はひしゃげて、巨人の拳で凹んでいるほどであり、次はない。


 ───ここまで、なのか。


 メリネは歪む視界の中、ゴホッ、と吐血しながらも剣に手を伸ばそうとしたが届かず、巨人の足音が迫ってくる。


 気をよくした巨人はメリネを拾って喰らおうとしていた。無論これだけでは腹の足しにはならぬが、腹を満たすにしては活きがいい、といったところだろう。


 胴体を掴まれメリネは何もできない手足をだらんとした無様な姿を晒す。だがメリネ本人はそんな姿より己が弱さを悔やんでいた。


「(何もかも捨てた上でこのザマ……所詮私はこの程度、なの?)」


 捕まったメリネを助けようとレーンとメリネの部下達が駆けつけてきたが、メリネですら勝てぬ巨人に勇んで戦うも、次々と手も足も出ずに蹴散らされていく。


 邪魔者がいなくなった巨人は大きな口を開けた。迫る口は人間などを簡単に噛み砕くだろうと思いながら呆然と眺めるしかできないメリネは潔く目を閉じた。


 ───あれ、は? 瞼が閉じ切る前に、巨人の口が迫るその頭上に黒い影が映る。


 ───あり得ない。”狼を模した兜と黒い全身鎧の人”が空から落ちてくるなんて


 だけど、メリネは彼に助けを乞うように、手を伸ばした───


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