第一章 13「少女と男」
二人が寝静まった後、俺は大剣を磨いたり、インベントリのアイテムを誰にも見られないように、小屋の中で籠るように作業していた。
とはいえ篭りっきりというわけではなく、合間合間を縫っては、アリサちゃんの面倒を見るようにした。アリサちゃんもメリネとは、随分と仲良くなったようで、メリネが席を外すとアリサちゃんは、色々と教えてくれた。
聞けば一緒にご飯を食べたり、昔話を聞いていたらしい。ついでにメリネの好物も知れたので、今度のお礼するときにいいネタができた。
そんな日常を繰り返していると、メリネの部下が彼女を呼びに戻ってきた。とうとうメリネが去ることになった。
「二人とも元気で。と言っても、二人とはまた会える気がするよ」
「おう、世話になったから、また今度出会えたら礼でもさせてもらうぜ」
「またねメリネさん!」
そう言い残したメリネ達を見送った俺たちは、再び二人になった。アリサちゃんは寂しいのかこちらの腰マントを掴んで身を寄せてきた。俺はアリサちゃんを抱き寄せて、小さくなっていくメリネを見えるように、肩車してやって見届けさせた。
「またメリネお姉ちゃんと会えるといいな」
「なぁに、アリサちゃんが元気になれば会えるさ」
「ほんと?」
「あぁ、俺がちゃんと会わせてやるよ」
こちらを見上げる彼女の頭をくしゃくしゃと撫でた。少なくとも、メリネのおかげで、彼女とも自然と距離感なく接することができていた。
そのままアリサちゃんと手を繋ぎながら家へ帰宅した。
それからというもの村人の家から道具や使えるものをほとんど頂戴した。これらの行為はゲームでは、よくあるアイテム漁りだが、一歩間違えては盗人になってしまう。
彼らへの感謝を捧げながらインベントリに収納していく。インベントリのレア度自動判定で、一番下の等級がほとんどだが、時折村人たちの貴重品が見つかれば、手頃な木箱へ入れて共同墓地へと埋葬してやった。
現状ですべきことを終えた俺は、メリネに任せっきりであったアリサちゃんの介抱に熱心に勤しんだ。まさか自分が看護する側になるとは思ってもみなかったけど、記憶の中にある自分にしてもらったことをなぞるように、幼い彼女への配慮を欠かさず、懸命に付き添った。
少しずつだが低級ポーションを水に混ぜて飲ませている。すぐ治るゲームとは違い、彼女はこの世界の住人。すぐさまHPバーが全回復とはいかず、遅いリジェネのような回復速度を見守るしかない。
そんな介抱の甲斐あってアリサちゃんも少しずつだが、以前よりも元気になった。
だが体力が回復した代わりに、夜泣きが起きる回数も増えてきて、夜通し看病に当たることになった。その時になって初めてこの身体の便利さに感謝していたほどだ。
彼女の心の傷は大きいのだろう。元気になった途端にこれとは、なんだかやるせないものだ。だがこればかりはどうしようもできないと、己が決して万能ではないことは承知していたうえで、歯痒い気持ちを抑えていた。
それから数日間を廃村で暮らしていく中で、この世界でのHPの概念を把握できた。正確に言えばHPは体力、MPは気力・魔力に当たるようで、おおよそ予想通りとうべきか、想像の範囲内を越えなかった訳だが。
今の俺が視認できているアリサちゃんHPバーも、彼女からこちらへのそういった類の言及がないのは、やはりHPバーが見えているのは俺だけか。他のメリネたちの頭上にも似たようなHPバーらしきものがあった。
アシュが言ってた通り、この世界はゲームシステムなどで再構築された世界の信憑性が出てきたのだ。だが俺はゲーム世界から来たのだから、この世界の部外ゆえに認識してもおかしくないのか。だがそれを確かめる術もない。
唸るように考え込んでいると、俺の姿を見たアリサちゃんの不安げな眼差しに気づく。こちらを案じているようだが、俺はそれを払拭するように笑いかけた。
「これか?気にするな、使う時に使わなきゃ、宝の持ち腐れになっちまうからな」
と気さくに振る舞う。返答に戸惑っていた彼女も、俺を信頼してくれているようで納得したように頷いてくれた。
こうして拙いながら、幼い彼女の面倒を見る生活が続いたある日の晩のことだった。穏やかな吐息を立てながら、寒くないように出した毛布に包まったアリサちゃんは寝ていた。
今はただ、ぐっすりと寝ている彼女を見守っていたが、珍しく夜泣きがなくて束の間の休息を取れそうであった。
アリサちゃんの頭を撫でながら、少しずつ彼女の今後について考えていた。
ここ数日間を共に過ごしたおかげで、彼女のことを少しだけ知れた。基本的に俺に気遣ってあまりわがままとか、こうして欲しいなどをいっさいわないのだ。
最初は俺が家族じゃないからだと思っていたが、実際は年齢の割に大人に迷惑かけないように背伸びをしているだけの子供なのだ。
記憶では母親を生まれた頃に亡くし、甘えれる相手がいなかったのだろうか。そして年齢を重ねる上で、子供である自意識が希薄で、気遣っていたのだろうか。
だが俺からすれば、まだまだ庇護が必要な子供には変わりない。あんなことがあったというのに、こちらを心配させないその健気さには感嘆を禁じ得ない。
歳も関係なく、一生懸命に頑張る者の姿に弱い俺は、いつの間にか彼女を助けてやりたいという気持ちが日に日に増して、強くなっていった。
だけど、自分が彼女にこれ以上関わっていいのか?と思っていたりする。確かに保護したのは自分だが、最後まで面倒を見てやった方がいいのか。
なにぶん俺はこの世界において曰くつきの身だ。俺よりも都市の孤児院に任せた方がいいんじゃないのか?オークのことを連想させてしまう自分の事を、綺麗に忘れさせるべきではないか、悩みはどんどん膨らみ、アリサちゃんのことを案じて悩むのだから、しまいには困り果てるほどになる。
そんな俺を察したのかアリサちゃんは何も聞かない。彼女に深入りするべきではないと俺の理性が律している。
そんな日々の気遣いを感じながらも、きまぐれに寝るぐらいで事足りるようになってしまった肉体に甘えるように、アリサちゃんのそばで座りながら瞳を閉じた。
久しぶりだが、何もない空間での作業に戻ってきた。ウィンドウを覗き込むとアリサちゃんとの関係が記載されていた。
とはいえ関係といっても保護者と被保護者のようものになっており、詳しくは見なかった。
暇になった俺はステータスを出せるように念じていた。その結果、こっちでも見れるよになったが、制限時間が30秒となっていた。
時間に急かされる形でステータスを閲覧していくと、ユニークスキルでの取得欄に更新があり、どうやらオーク達との戦闘経験値で獲得したようだ。
前回閲覧した時はパッシブしかなかったが今回は「血族の契り」「血の従属」「血の恩寵」など見慣れないスキルに訝しんでいたが、ゲーム的に序盤は覚えやすいからなと簡単に受け入れた。
「契りはまあ、いいとしよう。問題はこの「血の従属」、ヴァンパイアらしいスキルが多いけど、……恩寵は試してみないとわからねえな」
どのスキルも見たこともない全く新しいものばかりで、エンデスとは全く違うスキルツリーに派生しているのだ。
エンデスでの戦闘系スキルは既にカンストしてるから、この世界で新しい戦闘スキルとかそっち方面を期待していたのだが、こうして獲得するのは補助やパッシブスキル取得ばかりで、仕方ないと思っていた。
恩寵などの新しいスキル使用条件を詳しく確認していると、意識を急に戻された。
目を覚ました俺は、いつの間にか手を握るアリサちゃんが魘されていることに気づいた。
手を握り返してくる力がいつもより強い。彼女のおでこに手をあて熱を測るとすぐさま手を離した、すごい高熱と肌に異常なシミが発症してる状況を見た俺は、流れるはずのない冷や汗が、背中に流れた気がした。
「まさか、毒……!?」
魘されている彼女を助けるべく、手立てはないのかとインベントリを漁る。
アリサちゃんの状態は明らかに状態異常だと分かる。ならばと状態解除用のポーションをいくつか取り出して飲ませてみたが、問題は彼女は何の状態異常に罹って、これらで効き目があるかわからないこと。
ええい、ままよ。構わず試していく事にした。
「(謎の風土病でもあるのかこの世界は。あるいは未知の病……このままじゃ体力的にもたないだろう)」
物は試しとアリサちゃんにポーションを飲ませていく。効力が出ているのかわからないのがもどかしいのを感じながら、一定期間間隔を空けて全部ませていきながらも経過を待つしかない。
幸いにもHPバーはセーフラインを維持して高熱は収まったが、問題は謎のシミ。状態解除ポーションをいくつも飲ませたが、治る傾向が見られない。そればかりか依然としてアリサちゃんは魘されている。
どうしたものか。とはいえこれ以上の手立てがないし、かと言って彼女を見殺しにはできない。
思考を回転させながらある一つの手段を思いつく。先ほど確認したばかりの「血の恩寵」を使用すること。
だがさっきの使用条件を確認して良かったと思う反面、戸惑いもあった。だけどアリサちゃんを助けるためにある覚悟を決めた俺は、準備を始めた。
まず彼女の手首にガブっと噛みついて、彼女の血を吸う。スキル「吸血」。本来は敵のHPなどを吸収するもんだが、エンデスでは味方に行う際は状態異常を取り除くことができる。そのまま血を吸い始めるとアリサちゃんからシミが引くように消えていく。
同時に俺に状態異常が蓄積していくが、発症することはない。なぜなら今の俺は状態異常無効のアンデッドだからだ。
次にアリサちゃんから抜いた血の分だけ、俺の血を輸血しようとする。確か恩寵の発動条件は術者の血を飲ませることだったはず。
そのまま人差し指に傷をつけ血が垂れるようにして、飲ませる準備は整った。
問題は飲ませる血の量で、説明には量によって効果が変わるとあったのだから、細心の注意を払って一滴ほどに留め、その一滴を彼女に飲ませては、なんとかなれ!と祈りながら彼女を見守るしかなかった。




