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第一章 10「ゲームじゃない現実」

 頭を抑えてふらつきながら、俺の心の中にはある気持ちが込み上げてくる。

 助けなくては。 ただただ、それだけだった。


「俺が、俺が、やるしか、ないか……」


 今にも逃げてしまいそうだった俺に覚悟を決めさせたのは、記憶の垣間で見た彼ら親子の愛情だった。

 自分の命を顧みず、娘を想う男の覚悟を、今まさに受け取ったのだ。男の瞼を閉じてやってから、彼の血がついたぬいぐるみを拾い上げ、その滴る血の一滴を手に取って、己の口に含ませた。


 初めてでむせてしまいそうになるほどに苦く、喉奥を超えるまで続く血の味。どうなるかわからなかったが、遠くで動く気配を感じとれた。


 ──アリサちゃんの逃げた方向がわかる。今をそれを頼るしかない。

 それにこの状況において彼女を助けることができるのは俺だけとなっている。


 ならば既に俺の中に、逃げるという選択肢はないのだ。


 かつて俺を助けてくれた家族たちも、他人であった俺を助けてくれたように、今度は俺が誰かを助ける番が来たのだ。


 今でも微かに感じ取れる気配がする方向へ、すぐさま走り出して、息をするのも忘れるぐらいに加速する。


 それと同時に、さきほど村にいたオーク達もボスオークの号令で、何かを追うように村から出ていった。──まずいな。飲んだ親父さんの血のおかげで、なんとかアリサちゃんがどの方角にいるのがわかるが、いかんせん本人の血ではないので、とても頼りない感知であった。


 出遅れた俺は外套を羽織って、オークの集団の包囲網の隙間を縫うように森へ突貫した。最悪彼女を助けるために奴らと戦うつもりだが、最善は彼女を助けた上で逃走するのがベストだ。


 奴らが散開するのを横目で確認すれば、オークたちを一気に出し抜くように走り出して、感知頼りでアリサちゃんを探す。

 はやる気持ちを抑え、常に冷静を保ちながら、木々の間を走る。だが一瞬で少女の悲鳴が耳に届く。


「まずいまずい!間に合え……!」


 悲鳴した方へがむしゃらに走る。枝や葉っぱを気にせず、まっすぐ一直線で飛び込むように跳躍。飛び出すように躍り出た開けた場所に地面にうずくまる少女と、その少女を殺そうとするオークも一匹いた。


 状況は非常によろしくない、だがこのまま救出しようにも間に合わない。

 ならばと、隣の木を踏み台にして、再度跳躍。そのまま右足を前に突き出す形で、オークの方へ向ける。


 子供の頃に見た特撮ヒーローをイメージしながら、強烈な飛び蹴りをオークに浴びせ、込めた脚力でオークを蹴り飛ばす。


 突然俺に蹴り飛ばされたオークは、どっしりと重い体が跳ねるようにして後方の木々を薙ぎ倒してふっ飛んでいく。

 オークを蹴り飛ばした俺はその場に着地、そのまま倒れている少女の元へ駆け寄る。


「よう、無事か?って言ってる場合じゃねえな。待ってな、アリサちゃん。すぐ助けてやるからよ」


 視界に映る彼女の姿は痛ましいが、呼吸もあるのだからまだ助けられる。

 インベントリから低級ポーションを取り出し少しずつ飲ませていくと、なぜか見るようになったアリサちゃんのHPバーを交互に見ながら様子を見る。


 HPバーが回復していくのを横目に、こちらに気がついたアリサちゃんが目を覚ます。

 ──良かった。ポーションの最後の一滴まで飲んでくれてひとまず一安心のはずだった。 突然涙をこぼした彼女に驚いてしまった俺は、焦ったようになんとか励ますことにした。


 それでも泣き始めたアリサちゃんに悪戦苦闘しながらも、やっと落ち着いたようで、アリサちゃんの笑顔はとても儚く、健気であった。


 撤退するべきかと判断を下す前に、足音を捉えた。やむをえず気を失ったアリサちゃんに〈迷彩竜の外套〉をまとわせ、戦闘に巻き込まれないように彼女を隠した。


 どうやら勘づいた他のオークたちが集まってきたようで、相手の強さがわからない以上、彼女を背負って逃げきれる自信はないと判断した。


 だったら俺はこの子を連れて撤退するよりも、ここで戦うことを選択。最悪、彼女だけでも生き延びることができたらいい。そう考えて透明になる外套を着せたのだ。


 外套は攻撃時などで透明化が剥がれるが、当のアリサちゃんは眠りについたから、俺が位置さえ偽装してやれば、バレることはないだろう。


 俺の視界には彼女の位置がわかるから問題ないと、オークたちの方へ振り向くとそれぞれ緑のオーラが見えるのを確認。


 レベルは大体Lv5〜6。レベルという概念が見えているのは今のところ俺だけと考えていい。この世界の事はわからないし、これはゲームではなく、リアルだ。気をしめろ!と気合いを入れ直し、地面に刺した大剣の柄に手を這わせ、いつでも抜けるようにする。


 敵の数は出揃ったらしい。さっき俺が蹴り飛ばしたオークを含めて7体。初戦闘だというのに、村に来た時の恐怖を感じない。


 この身体に慣れて、恐れなどを感じなくなったと思ってはいたが、今の俺の心は違う。アリサちゃんを守り通す。ただそれ一点のみで、俺は命を張る。覚悟としては充分だ。


 俺に戦闘の経験なんてない。だからそれに近しい対戦ゲー、アクションゲー、RPGゲーなどの様々な経験を総動員し、工夫するしかない。そうだ、俺の全てで目の前の戦闘に集中していくだけ。そしてこの状況に一番近しいシミュレーションを脳内で済ませ、気合いも込めた。


「ヒーロー、いや……俺がそうしたいから、そうするだけだ」


 そう鼓舞するように呟いた俺は、地面に刺さった大剣を抜剣し、右肩に背負う。鈍色の剣身は鋭利さはない、だがいつもよりも切り裂けそうな気がした。


 勝利条件は後ろのアリサちゃんを守り切り、オーク達を一匹残さず撃破あるいは戦闘不能だ。


「グォォォォ……!」


「!」


 左からオークがこちらへ飛びかかり、棍棒を振り下ろしてきた。すかさず俺は大剣の腹でオークの攻撃を防ぐ。棍棒が脆いのか、大剣が硬いのか、二つの武器が触れ合った時、棍棒は柄だけ残して砕け散った。

「野郎!」


 それを合図に大剣を水平に、無防備になったオークへ、大剣による横薙ぎの斬撃がオークの肉を切り裂く。


「ブォォォ!?」


「ふんっ!!」


 いくら分厚い肉に覆われたオークであろうとも、振るわれた大剣の刃はそれよりも鋭い。胴体をキレイに裂いて鮮血を出しながらオークの胴体は二つに分かれ、絶命した。


「(こいつには、確か人間種への特攻ボーナスしかないのに、関係ない亜人?にこれほどに切れ味抜群か)」


 剣身についたオークの血と獣油を、そのあたりに雑に撒き散らすように払っては、漂う生臭い獣臭と濁った血の匂いを気にせず次の狙いを定めようとしていた。


 大剣には特徴があった。それは普通の大剣とは形状が違うことだ。剣身は剣というより鉄板のようで、根本から先端まで同じ幅。それでいて綻びも錆も刃こぼれもない。


 こいつの元の持ち主は処刑人デビン。そのボスを倒すことで得られる激レアドロの大剣がこいつ。そしてこの武器を神話級まで鍛え上げたのがこの【ヨハネの大剣】


 敵を倒す・または攻撃するごとにHP・MPなどを回復する優れ物であり、単騎での戦いには丁度いい。


 俺を危険と判断したオークたちは、群れの一匹だけ逃がして、俺を囲むような陣形に陣取って襲いかかってきた。だがそんなことは気にしない。


「逃すか!」


 一匹たりとも逃すつもりはない。俺を囲う小癪なオーク達めがけて大剣を放り投げた。フルスイングで投げた大剣は、目の前にいたオーク二匹を容易く両断。

 そのまま勢いを殺さず、逃げたオークを追うように地面に刺さってめり込んだ。


「(エンデスではできなかった動き……やはりこの世界では思った通りに動かせる!だが)」


 こちらが大剣を手放したのを好機とみなした一匹のオークが、間髪入れずに、手に持った古びた剣で殴りかかってくる。


 それを横目に手首に巻きつけた鎖を、力を込めて引っ張ってやれば、地面にめり込んだ大剣を手元へ手繰り寄せ、すかさず迎撃。


 引き戻した大剣とオークの刃こぼれした剣でガキィン!と音と火花を散らしながらも競り合っていたが、オークの剣の方が先に折れたようで、ずるりと体勢を崩すオーク。


 そんなオークを、思いっきり野球の如く大剣の剣身でそのまま殴り飛ばす。途中オーク一匹を巻き込みながら肉の塊が二つ、簡単に出来上がった。

 流石に頭に血が昇ってきたのか、あるいは血の匂いに当てられたのか、俺も力みそうになる。


 

 残るは指揮をとっていたホブオークだけ。逃げようとせず、仲間の武器を両手に持ったホブオークは、じりじりとこちらとの間合いを詰めていく。


「こいよ、先手はてめえに譲ってやる。」


「グォオ!!」


 こちらの言語を理解してるとは思えないホブオーク相手に手招き挑発。激昂したホブオークは、今までとは異なる雄叫びを上げながらも、こっちを叩き切るように豪快に二刀流の棍棒を振り翳した。


 対する俺は保険としてかわす。剣で受けてもよかったが、目の前のホブオークが何かを使ったことへ警戒と興味が湧いた。距離を取りつつ、相手の行動パターンを見極めることにした。


「(おそらく今のはウォークライ。やつのレベルなら使えるってことか?)」


 一心不乱に棍棒たちを振り回すホブオークはLv7。雑な攻撃をしてくれるおかげで、だいだいのパターンの見極めるの簡単だ。だからこそ狙えるタイミングかつ、ホブオークの行動をこちらが掌握しるべく、素手で片方の棍棒を弾くようにパリィ。成功だ。


 奴の手から棍棒が離れたのも合わせてウォークライ発動から6秒。ホブオークから闘気が消え失せたが、まだ使えるのかと状況を見ていたが、ホブオークはもう片方の棍棒のまま襲いかかってきた。


 まだ観察したかったが、仕方ない。こちらへのし掛かろうとするオークの首へ大剣をブッ刺して止める。絶命する間際のホブオークに構わず、大剣で横に切り裂く。


 結果としてホブオークは声を上げる前に息絶えた。重い音を立てて、俺の足元に最後の一匹が倒れたのだ。


 戦利品はほとんど破損した古びた武器や、オークが消えた後に残った魔石のみ。それらをインベントリにしまっては、息を立てて眠っているアリサちゃんの元へ向かう。

 理性が持ってくれたようで、何よりだった。


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