第一章 4「ゲームじゃない現実」
頭のふらつきを抑え、心の声が足を動かす。
───あの子を助けなくては。 ただただ、それだけを思うのみ。
「俺が、俺が!やるしか、ないんだ……!」
本音を言えば、化け物と戦うという選択肢すら、俺の頭の中の片隅にもなかった。だが、俺の身体が動く。立ち止まるわけでも、逃げるでもなく、あの子を助けに足が動かす。
生き血が通わぬ冷たい身体に、唯一動く心が燃料を焚べる。この先どうなるかわからないはずなのに、覚悟を決めたのだ。
決定打は彼の記憶の垣間で、見た親子の愛だった。
自分の命を顧みず娘を想う男の覚悟を、遺志を、今まさに俺が受け取ったのだ。男の瞼を閉じてやってた。そばには彼の血がついたぬいぐるみが転がっており、ぬいぐるみから滴る血の一滴を手に取って、己の口に含ませた。
「んっ……!!」
初めての血の味、むせてしまいそうになるほどに苦く、喉奥を超えるまで続く血の味。こんなことをしてどうなるかわからない賭けではあったが、ここより遠くで動く気配を感じとった。
──アリサちゃんの逃げた方向がわかる。
ヴァンパイアの種族には相手への削ったHP分の吸血マーカーが付与されるパッシブ|《受動的》スキルがある。このHPを削るという行為はスキル《吸血》も対象に含まれるのだが、今回はそれを逆手にとって、彼の血縁であるアリサの位置を探知しようと試みた。結果としてうまくいったが、他でも世界での検証が必要だなと肝に銘じつつ、行動に移る。
「行くぞ……!」
両の脚に力を込め、家から飛び出す。俺の胸中にはかつて俺を助けてくれた家族たちへの気持ちが溢れていた。他人であった俺を助けてくれたように、今度は俺が誰かを助ける番が来たのだ。そう思うと、心は震えた。熱く滾るほどに。
一歩踏み出すごとに脚に力が籠る。制限なしの全力疾走、そうでもしないと間に合わないかもしれない。
微かに感じ取れる気配がする方向へ、すぐさま走り出して、瞬きすらするのも忘れるぐらいに加速していく。
だが出遅れた俺より先、眼前にはさきほど村にいたオーク達もボスオークの号令で、何かを追うように森へと入っていく。
──まずい。飲んだ親父さんの血のおかげで、なんとかアリサがどの方角にいるのがわかるが、いかんせん本人の血ではないので、とても頼りない導であった。
出遅れた俺は緑の外套を羽織って、オークの集団の包囲網の隙間を縫うように森へ突貫する。最悪彼女を助けるために奴らと戦うつもりだが、最善は彼女を助けた上で逃走するのがベストオブベストだ。
──────
奴らが散開するのを横目で確認すれば、オークたちより早く、一気に出し抜くように、逃げているはずのアリサちゃんを探す。
はやる気持ちを抑え、常に冷静を保ちながら、木々の間を走る。だが後方で少女の悲鳴が耳に届いて、急いで振り返る。
「まずいまずい!間に合え……!」
悲鳴した方へがむしゃらに走る。木々の枝や葉っぱを気にせず、まっすぐ一直線で飛び込むように跳躍。飛び出すように躍り出た開けた場所にを目撃。
地面にうずくまる少女と、その少女を殺そうとする一匹のオークがそこにいた。
「ちっ……!少し乱暴でいくか!」
状況は非常によろしくない、だがこのまま救出しようにも数歩間に合わない。
ならばと隣の木を踏み台に、再度空中を跳躍。そのまま右足を前に突き出す形で、オークの方へ向けた。
「うおらああああ!!!」
特撮ヒーローのライダーキックをイメージしながら、凄まじい脚力での強烈な飛び蹴りでオークを突き飛ばした。
「ブォ!?」
突然現れた俺に対応できずに蹴り飛ばされたオークは、どっしりと重い体が跳ねるようにして後方の木々を薙ぎ倒してふっ飛んでいく。3本目の木を薙ぎ倒した辺りで、衝突は終わった。
オークを蹴り飛ばした俺はその場に無事に着地、そのまま倒れている少女の元へ駆け寄った。ひどい怪我に血だらけ、凄惨な姿になってまで彼女はまだ生きていた。虚な瞳が、俺を見上げている。
「よ、よう、無事か?って言ってる場合じゃねえな。待ってな、アリサちゃん。すぐ助けてやるからよ」
視界に映る彼女の姿は痛ましいが、小さいが呼吸もあるのだからまだ助けられるはず。
空中をノックし、インベントリを起動。そのインベントリから低級ポーションを取り出し少しずつ飲ませていく。アリサの頭上のHPバーの進捗を見ながら様子を見守るしかない。
ゆっくりとだが、彼女のHPバーが回復していくのを横目に、こちらに気がついたアリサちゃんが目を覚ます。
──良かった。
ポーションの最後の一滴まで飲んでくれてひとまず一安心のはずだ。 突然涙をこぼした彼女に驚いてしまった俺は、なんとか大丈夫だと抱きしめたまま励ました。
「う、うぅぅ……うぅぅぅぅぅぅ」
それでも泣き始めたアリサに悪戦苦闘しながらも宥めたり頭を撫でてやった。彼女も数回しゃっくりと嗚咽を繰り返しながら落ち着いたようで、こちらを見上げたアリサちゃんの笑顔はとても儚く、健気であった。
問題ないと判断し、早急に撤退するべきかと判断を下す前に、いくつかの足音を捉えた。気を失ったアリサちゃんに〈迷彩竜の外套〉をまとわせ、彼女を隠した。
最悪俺が死んでも、彼女への追撃を妨害出来るはず。そのあとは任せるしかないが。
「フゴォ……!」
「フゴ!」
「グルルァァ」
派手に暴れたせいで勘づいた他のオークたちが集まってきた。オークたち相手の強さがわからない以上、彼女を背負って逃げきれる自信はないと判断した俺は、アリサを木と茂みの間にそっと寝かせた。
「やるか」
俺はアリサを連れて撤退するよりも、ここで戦うことに決めた。最悪、彼女だけでも生き延びることができたらいい。透明になる外套を着せたのだ。彼女が外套を脱がない限り、オークたちはアリサを見つけることはないだろう。
俺の視界には彼女HPバーの位置がわかるから問題ないと、オークたちの方へ振り向くと、それぞれの頭上にはHPバーが見えるのを確認する。同時に俺への敵意としてドクロマークが点灯する。どうやら敵対的な存在にはそういう反応になると見えた。
《ソルジャー・オーク》
オークたちのレベルは大体Lv5〜6がほとんど。アリサが1で、彼女の父親、親父さんが3だった事を踏まえ、武装すらない村人が相手するのは勝ち目がないはずだった。
それよりも今の俺が通用するかどうか懸念であった。この世界の事はわからないし、これはゲームではなく、リアルだ。
──気を引き締めねえと。一息吐き出して、眼前の敵を見据える。右手はアリサを遮るように地面に刺した大剣の柄に手を這わせ、いつでも抜けるようにする。
互いに警戒しながら、敵であるオークの数は出揃ったらしい。さきほど俺が蹴り飛ばしたオークを含めて7体。
1対7
これがこの世界での初戦闘だというのに、恐怖を感じない。
この身体に慣れて、恐れなどを感じなくなったと思ってはいたが、違う。アリサを守り通す。ただそれ一点のみで、俺は命を張る。持ち合わせの覚悟としては充分だった。
「だが……」
俺に戦闘の経験なんてある訳ない。あるのは対戦ゲーでの読み合い、アクションゲー、RPGゲーなどで蓄積した経験と知識。そしてこの人間離れした身体能力。
これらを総動員し、凌ぐしかない。俺は持ちうる手札を全てで目の前の戦闘に集中していくだけと戦場を見つめていた。だが負けるつもりは毛頭ない。
「俺は生きるために戦う、それだけだな」
自分に確認するように呟いた俺は、地面に刺さった大剣を抜剣し、右肩に背負い、体勢を屈ませる。背中にのし掛かる鈍色の剣身に鋭利さはない、だがいつもよりも、眼前の切り裂けそうな気がした。
「こっちの勝利条件は①後ろのアリサちゃんを守り切り、②オーク達を一匹残さず撃破あるいは戦闘不能とすると……」
「グォォォォ……!」
「!」
俺の左からオークがこちらへ突進し、手に持った棍棒を振り下ろした。すかさず俺は手に持った大剣の腹で棍棒を受け止めた。粗雑な耐久であった棍棒が脆いのか、俺の大剣と激突した際に、棍棒は柄だけ残して、見事に砕け散った。
「野郎!」
砕け散った棍棒の柄を持ったまま、体勢を前に崩したオークに大剣を水平に打ち込む。大剣による単発の横薙ぎの斬撃攻撃が、オークの肉を切り裂く。
「ブォォォ!?」
「ふんっ!!」
いくら分厚い肉に覆われたオークであろうとも、真っ直ぐ水平に振るわれた大剣の刃はそれよりも鋭く、胴体をキレイに裂いた。
鮮血を出しながらよろめくオークは、膝をついて絶命した。
「(この大剣には、確か人間種への特攻ボーナスしかないのに、関係ないだろう亜人にこれほどに切れ味抜群か)」
剣身についたオークの血と獣脂を、そのあたりに雑に撒き散らすように払う。地面に撒き散らされた生臭い獣臭と濁った血は地面に吸われる。
俺はオークの死体を踏み越え、次の狙いを定めようとしていた。
手に持った大剣には特徴があった。それは普通の大剣とは形状が違うこと。剣身は剣というより鉄板のようで、根本から先端まで同じ幅で分厚い鉄塊。それでいて綻びも錆も刃こぼれもない剣であった。
こいつの元の持ち主は高難易度クエストのボス《処刑人デビン》このボスを倒すことで得られる激レアドロップの大剣がある。そしてその武器を神話級まで鍛え上げたのがこの《ヨハネの大剣+99》だ。
神話級のレアリティに相応しく、敵を倒す・または攻撃するごとにHP・MPなどを回復する優れ物であり、ソロの戦士職の戦いには丁度いい愛剣であった。
一瞬のオークとのやり取りで、俺を危険と判断したオークたちは、群れの一匹だけ逃がして、俺を囲むような陣形に陣取ってきた。だが完全に包囲される前に、俺は動いた。
「逃すか!」
一匹たりとも逃すつもりはない。俺を囲う小癪なオーク達めがけて大剣を思いっきり、真っ直ぐ放り投げた。フルスイングで投げた大剣は、止まる事なく目の前にいたオーク二匹を容易く両断する。
二匹のオークを惨殺してもなお勢いを殺さず、逃げたオークごと地面に刺さって、大剣はめり込んだ。
「(エンデスではできなかった動き……やはりこの世界では思った通りに動かせる。だが……)」
こちらが大剣を手放した隙を好機とみなした一匹のオークが、すかさず手に持った古びた大剣で殴りかかってきた。
俺はそれを躱し、手首に巻きつけた鎖を力を込めて引っ張った。《ヨハネの大剣》の柄の最先端部分には鎖が巻きつけられており、急いで鎖を引っ張れば、大剣は地面から抜け、じゃらじゃらと鎖を鳴らして、俺の手元に戻った。
「おら!」
「ブォ!」
俺の大剣とオークの大剣でがきぃん!と音と火花を散らし、音が森の中で小さく響く。お互いに大剣を振りかぶれば、何度か打ち合う。それを数回繰り返したのちに、オークの大剣が衝撃に耐えきれず折れた。
瞬間、死を悟った表情だったオークの首を大剣で刎ねて、俺は速やかに切り伏せた。
頭を失って膝をついたままのオークの死体を、思いっきり野球の如く大剣の剣身でそのまま殴り飛ばす。途中オーク一匹を巻き込みながら肉の塊が二つ、簡単に出来上がった。
「あとは……あいつか」
7体居たオークも、残るは指揮をとっていた《トルーパー・ホブ》だけ。ホブオークは逃げようとせず、仲間の武器を両手に持ったまま、じりじりとこちらとの間合いを詰めていく。
「来い……!」
「ガォオ!!」
俺の発声と同時に、今までとは異なる雄叫びをあげたホブオークに警戒した。ホブオークはこっちを叩き切るように、手に持った二刀流の棍棒と大剣の乱撃を繰り出した。
俺はホブオークの乱撃を躱す。大剣で受けてもよかったが、目の前のホブオークが何かを使ったことへ警戒と興味が湧いた。一人分の距離を取りつつ、ホブオークの行動パターンへの検証を込めて、情報収集を開始。
「(おそらく今のは《戦いの雄叫び《ウォークライ》》。奴のレベルなら使える訳か)」
一心不乱に棍棒たちを振り回すホブオークはLv7。2対の異なる武器を雑に振り回す攻撃をしてくれるおかげで、だいだいのパターンの見極めるの簡単だ。
ドクロマークの横に、点滅している剣のマークも見られた。
乱撃による範囲攻撃を俺に仕掛けたホブオークは、バテたのか甘くなった棍棒での攻撃に移行。それをタイミング合わせて大剣でずらした。
パリィ成功。
アクションゲームでは一定行動の狙えるタイミングかつで狙うのもの。
だがこの世界のエネミーは生きており、ホブオークの行動をこちらが掌握した上で、いけると判断───そして成功した。
ホブオークの左手から棍棒が離れた瞬間、《戦士の雄叫び《ウォークライ》》の発動から10秒経過して、視界に映る剣のマークが消えた。
闘気こそ消え失せたが、ホブオークはもう片方の大剣で、最後まで獰猛に襲いかかってきた。
「(まだ観察したかったが、仕方ない)」
こちらへのし掛かろうとするオークの首へ大剣を突き立て、ブッ刺してホブオークの突進を止める。絶命する間際のホブオークは俺に手を伸ばし掴もうとしたが、だらりと手がぶら下がるように垂れ、ホブオークは声を上げる前に息絶えた。
重い音を立てて、俺の足元に最後の一匹が倒れたのだ。
「勝てた、のか」
倒れたオークたちの死体は、大きな紫色の石ころを残し、消滅していった。手に取れば魔石と識別できた。
戦利品のほとんども、破損した古びた棍棒や大剣ばかりで、主な収穫はオークの魔石のみ。それらをインベントリにしまっては、息を立てて眠っているアリサちゃんの元へ向かった。




