第一章 9「運命の岐路」
翌朝、俺はアシュに貰った地図を広げていた。どうやらこの地図は世界を記録するタイプの地図らしい。地図を指で触れると拡大と縮小もできたので端末地図と呼ぶことにした。
それを片手に森の中を歩いていくが、肝心の地図には歩いた箇所を記録してるだけ。──どんだけ広いんだよここ。
加えて異世界の土地勘なんてものはないから、仕方なくスキルを使用してみる。
【ブラッド・バット】一定の体力を消費して作成できる使い魔。それらを数匹飛ばして頭上からマップ作成させてみる。
血の色をした使い魔たちを四方八方に散開させているから、マップ埋めは順調。おそらく森であろう緑一色が空白の箇所を埋めていく。
現状の目標は、ひとまず森からの脱出。そのあとは人里近くで情報収集……とはいえ自分ことを教えるわけにはいかない。何せフレーバーテキストが反映されている以上、俺も例外ではないだろう。
──兜は外せないな、と道案内用に残した一匹の使い魔についていく形で森を抜けた。
爽快。
そこは見通しがいい平原で、草はらを揺らすような風が俺を通り抜けていくのが心地よい。
よほどひどい僻地の辺境の森にリスポーンしたらしい。「今度会ったら文句をうんざりするほど言ってやるぞ」とここにはいないアシュに、次々湧いてくる愚痴をこぼしながらも歩き出す。
出鼻を挫かれた気がしたが、RPGなら序盤の村の人たちとの交流だろ!そん時の俺は、そんな軽い気持ちで一番近くの村へ歩みを進めた。
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リスポーンした場所は、森のど真ん中で、それもサバイバルゲームの始まりの如く、人っ子一人見つからない場所だった。
そんな場所から無事脱出成功。使い魔の助けもあってか、ようやく獣道から人が使っている道へと変わっていくのが見てわかる。
けど思っていたより村までは遠いようで、悠長に歩いて、暗くなる前に急いで走り出した。
走ったおかげで村近くまで着くことができた。だが妙でもあった。もう日が沈んだというのに、やけに村方面が明るいのだから見失うことはないのは助かるが、それにしても明るい。
お祭りでもしてんのかな?と思ってしまうぐらいには燦々としていた。
もしお祭りならお邪魔しない範囲で、参加できるのなら参加したい。そんな軽快な走りで目と鼻の先までの村へと迫る。
やはり村の頭上はやけに明るく、──祭か、それとも焚き火?だがそんな想像を壊すが如く、目の前の村が炎に包まれていた。
「……え」
火事、炎上、火の海。元いた世界だとそういったものとは無縁で、テレビニュースで見ることぐらいだったが、今まさに目の前で燃えている。
炎が生き物のように激り、意思を持ったまま燃えるものを全て燃やす勢いで燃え盛っていた。
そんな光景に呆気に取られた俺は、無我夢中のまま走り出す。村の中央へ辿り着くと、井戸の側には人の腕が転がっていた。よく見ると、周りには腕だけじゃなく足や、血の海などが広がっていて、今まで感じたことがない、背筋に寒気と怖気が走る。
理解することを拒む凄惨な光景を目の前にして、どうやっても思考が固まってしまう。だが幸いにもこの体のおかげか、吐き気もパニックも起こることはないのが幸運だった。
思考が追いつかないが、ひとまず冷静になることができた。そのおかげで研ぎ澄まされた感覚は何者かの足音を察知する。
耳を澄ませてよく聞くと、四方からここに集まってくる足音たちが聞こえてくる。見つかるのはまずいと、すかさず家の物陰に隠れてこっそり覗き見に徹した。
そのまま先ほどいた場所に近づいてくる物音の正体は、空想の存在とばかり思っていた、生きたオークの群れが集まっていた。
ゲームやアニメ通りのテンプレの豚顔のオークだが、体躯は人の倍。刃こぼれした剣や粗雑な棍棒で武装しているのが数匹。野生の集団にしては統率がとれた動きで、何かを待っているように見えた。
少しの間、奴らの様子を窺っていると、遅れて到着した親玉らしいやつが出てきた。ボスの体躯は普通のやつより大きく、黒肌に古傷だらけで見分けがつきやすい。
そんなオークたちの動向を見ながら、どうするべきかと悩んでいた。奴らがこの村を襲った連中に間違いないはないだろう。ところどころ血濡れているし、人の腕食ってるオークもいる。
幸いにも奴らは俺に気付いていない。ならば単身でさっさと逃走するべきだなと思っていると、隣で物音がした。
まさかオークか!?と背中の剣の柄を握りながら物音の方向へ振り返って身構えると、獣耳の男性がそこに横たわっていた。
「お、おいあんた大丈夫か?」
警戒を解いて、男を心配して近づいてからそれに気づいた。男性の傷は俺から見ても深すぎる。
顔面は酷い打撲のあざ。酷いのが正面からの袈裟斬りで、中から臓腑が溢れそうになっている。正直なぜ生きているレベルに酷いものだった。
これではもう……とこちらの気配に気付いた男は、弱々しい声量で口を開く。
「そこに、誰かいるのか……?」
目は潰されているようで、どうやら気配と音だけで俺がいることをわかったらしい。だが男はそのまま話を続けた。
「誰だか知らないが、頼みがあるんだ。俺の、娘を助けてやってくれないか?」
既に息が絶え絶えで、男は見ず知らずであろう俺に、自分の娘を助けてくれと這いずってまで頼み込んできた。
「む、娘?あんたの娘さんはどこにいるんだ?ってかあんたの方が死にそうだぞ!?」
「娘は、アリサはやつらの反対側に逃した。だがすぐ捕まっちまう。頼む!あんたに迷惑かけちまうが、今頼めるのはあんただけだ、頼む……」
「ちょっと待てよ、あんたこのままだと死ぬんだぞ!」
全く会話になっていない一方通行。好き勝手に話を終え、一方的な頼みをしていった男は、俺の目の前であっさりと息絶えた。
簡単に死んだ。
「おい、しっかりしろ!おい!……くそ」
娘の救助を俺に頼み込んで、返答を聞く前に死んだ男。それよりも目の前で初めて人が死ぬのを経験してしまった俺は、先ほどよりも吐きそうなほどに酷い気分だった。
なんとか出るはずのない吐き気を抑えながら、自分の足元に広がる男の血の海の真ん中で佇むだけの俺は、せめて男の遺体だけはこれ以上の損傷がないように動かそうとして、手が血の海に触れてしまう。
「くっ……こ、れは……!?」
血に触れた瞬間、俺の脳裏に誰かの記憶が流れてくる。ぐらつく視界と身体を支えながら、記憶が再生されていく。
その記憶は、俺の目の前で死んだ男のものだった。なにせその記憶には、彼の妻であろう女性と、娘であろう赤ん坊が映っていたからだ。
やめろ。
子供が産まれ、夫婦が喜ぶ姿。産後直後に病にかかり、そのまま女性が死去。それから数年経って、たった二人が共に支え合って暮らしていく、季節が巡る巡る、二人で過ごす日々が刹那に巡っていく。そして最後は男の視点のまま、オークたちから娘であろう少女を逃して、そこで記憶が終わる。
やめてくれ。
なぜ今になって彼の記憶が見えたのか、そう不思議に思ったが、それだけじゃなかった。俺の脳裏には、泣いたまま遠くへ走っていく彼の娘、アリサと呼ばれた少女の、涙を流し、悲痛な顔が離れてくれない。
どうしてこんな……
俺は顔を覆いたくなった。たとえ見知らぬ誰かであっても、あんな顔をみてなんとも思わないわけがない。
だけど……俺は……




