第375話:焚き火の夜
第375話「焚き火の夜」を執筆しました。
K11での束の間の休息。レオンの言葉が人々の心に響き、ソルの中で何かが変わり始めます。平和の尊さと、彼女が下した重大な決断に注目してください。
K11に夜が訪れた。
水晶の山々の彼方で星々が激しく輝き、岩陰に隠された温泉からは温かな湯気が立ち上っている。ソルは一人、その湯の中にいた。リラックスするために——少なくとも、そうしようとしていた。
彼女は目を閉じ、紫色の空の反射が水面で揺れるのを感じていた。
その時だった。
足音が聞こえる。ソルはゆっくりと片目を開けた。岩場の近くに、跪く一人の「ブズ」の姿があった。
いや、それは——変装したナリスだ。
「わが王女……」
ソルは苛立ちを隠さずにため息をついた。
「今度は何?」
ナリスはさらに深く頭を垂れる。
「組織の母艦に、爆弾を設置いたしました」
ソルの目が一気に開かれた。
「何ですって!?」
周囲の湯気が熱を帯びて爆発する。
「誰の権限でそんなことをしたの!?」
ナリスは微動だにしない。
「申し訳ございません、王女……アレス王からの直々の命令でございます」
ソルは慌ただしく湯から上がり、布を肩に巻きつけた。
「私たちは今、停戦中なのよ! 攻撃なんてするはずがないでしょ! ここはただの潜入任務に過ぎないの!」
木々の影から、もう一人のナリスが変装を解いて現れた。
「私たちはジュンと共に巨大な惑星へ資源を探しに行く任務に就いておりました……その機会を利用して、王へ情報を送ったのです」
ソルは目を閉じ、必死に自制心を保とうとする。
「どうしてそんな危険な賭けを……!」
最初のナリスが答えた。
「重要な事実を発見したのです」
彼女は腕を組んだ。
「早く言いなさい」
「『ギガ2』という惑星は、まだ存在しております」
静寂が訪れる。ソルは目を見開いた。
「どういうこと……?」
ナリスが続けた。
「水の元素を持つクリザード人は嘘をついておりませんでした……確かに彼らは惑星が爆発するのを目撃したのです」
「なら、詳しく説明しなさい!」
「私たちが旅の間、リウが漏らしていた話から察するに……全ては組織の計画でした」
ソルは真剣な眼差しになった。
「計画……?」
「彼らは惑星の周囲に巨大なホログラムを設置したのです。外から見れば破壊されたようにしか見えない……ですが、ホログラムの中では惑星はそのまま残っています」
ソルは沈黙した。ゆっくりと風が吹き抜ける。
「……彼らも、思ったより賢いみたいね」
ナリスが頷く。
「では、船を爆破してもよろしいでしょうか? どこから攻撃されたのか、彼らには一生分かりません」
ソルが答えようとしたその時——。
「あれ?」
全員が凍りついた。キラが果物の袋を抱えて小道に現れたのだ。彼女は困惑した様子でその光景を見ている。
「なんであいつ、あなたに跪いてるの?」
ナリスは一瞬、硬直した。
「ああ……私はクリザードの王女の前にいるので……」
キラは目を丸くした。
「さっさと立ちなさいよ。ここは跪くの禁止。みんな平等だから」
二人のナリスは慌てて立ち上がり、姿勢を正した。
ソルは腕を組む。「ねえ、キラ。せっかくの王族ムードが台無しよ」
キラは笑い出した。
「王族ムード? あなたって本当にどうしようもないわね」
彼女は遠くを指さした。
「レオンが呼んでるわよ。今日は『焚き火の夜』だから」
ソルが視線をそらす。
「焚き火……?」
キラが微笑む。「そう。ここしばらくで初めて……みんなが少しだけ休むのよ」
彼女が去っていく。ソルは立ち尽くした。
二人のナリスが指示を待つように彼女を見つめるが、ソルは何も言わずに沈黙を守る。
その後——。
K11のメインバレーの中心で、巨大な焚き火が燃え盛っていた。
何百人もの人々が集まっている。ヴァルダリア人、XP人、スピリの生存者、黒き炎の使い、ブズ。子供や老人。かつては隠れ、逃げ惑っていた者たちが、今では並んで座り、笑い、語らい、生きている。
レオンは焚き火のそばに立ち、周囲を見渡した。隣にラーラが座る。少し後ろではダリアムがソルと話していたが、ソルはあからさまに別のことに関心があるふりをしている。
ナンドは村の半数分の食料を運んでいる。レニは静かに全てを見守り、ヴァーロンは誇らしげに民の姿を眺めていた。
レオンが立ち上がる。ざわめきが徐々に収まる。彼は周囲を見回した。
「イエスが私を呼んだ時……私には何も分からなかった」
全員が静まり返る。
「私は、力が戦いに勝つことだと思っていた。世界を変えることは、敵を滅ぼすことだと思っていたんだ」
炎が彼の瞳に反射する。
「だが、今日分かった」
彼は集まった人々を見つめた。
「これこそが……真の勝利なんだ」
リウがじっと聞き入っている。ジュンの隣でリウが微笑む。
レオンは続けた。
「異なる人々が、恐怖を感じることなく隣り合って座れる場所。誰一人として、痛みや戦争の前に跪く必要のない場所」
変装したナリスたちでさえ、沈黙して耳を傾けていた。
「創造主は決して、奴隷や恐怖を望まなかった。組織やプライドで世界が分断されることなど望んでいなかったんだ」
強い風が吹き抜けた。
「私たちがここでしていること全てが……まだ希望はあるのだと証明するためなんだ」
ラーラが彼の手にそっと触れる。レオンは微笑んだ。
「たとえいつか全てが崩れ去ったとしても……人々が『善』を選ぶ道は残っていると信じたい」
沈黙。
すると、ナンドが元気に立ち上がった。
「もう悲しい雰囲気は終わりだ! 音楽はどこだー!」
全員が笑い出した。レニが首を振る。
「あんたはどんな情緒的な演説も台無しにするわね」
ナンドが満面の笑みを浮かべる。「自慢だぜ」
ケル・ヴィニーが、ギターによく似た古い宇宙楽器を手に取った。
焚き火の炎がダンスを踊り、人々は歌い始めた。
ケル・ヴィニー:「空が暗闇に包まれても……僕らは歩き続ける……」
ラーラ:「恐怖が戻ってきたとしても……僕らは信じ続ける……」
ナンド:「光はそこにあるから……終わりの中にさえ……」
ジュン:「平和はある……生き残る者のために……」
リウ:「もし世界が崩れ去っても……僕らが再建する……」
レニ:「火と共に……痛みと共に……信仰と共に……」
全員:「創造主よ……生きる道を教えてください……」
歌声が谷全体に響き渡った。黒き炎の使いさえも静かに見守り、ヴァルダリア人は天を見上げ、ブズは拳を握りしめて涙を浮かべていた。
数分間だけ——そこには戦争も、アレスも、憎しみも存在しなかった。ただ平和があった。
焚き火が小さくなり、人々が家路につき始める。
ダリアムは水のそばでソルと並んで座っていた。二人は静かだった。
「楽しかったか?」と、ダリアムが小さく尋ねる。
ソルが視線をそらす。
「……少し、違ったわ」
ダリアムが微笑んだ。
「楽しかったってことだな」
彼女は腕を組む。
「調子に乗らないで」
だが、その表情には小さな笑みが浮かんでいた。
遠くから、レオンがその光景をラーラと共に見ていた。
「彼女も変わってきているな」
ラーラが頷く。「少しずつね」
その夜更け。ソルは再び一人、星空を見上げていた。
背後に二人のナリスが現れる。
「王女……爆弾を作動させますか?」
ソルは数秒間、何も答えなかった。
心の中にはまだ音楽の残響がある。走り回る子供たち。笑い合う人々。希望を語るレオン。そして、隣で微笑んでいたダリアム。
彼女は目を閉じた。
「……爆弾を解除しなさい」
二人が驚愕に目を見開く。
「しかし……王女……」
ソルはゆっくりと振り返った。
「父への言い訳は、私自身が考える」
二人は深く頭を下げた。
「承知いたしました、王女」
彼らは闇の中へと消えていった。ソルは再び夜空を見上げる。髪が風に揺れ、その瞳には星々が反射していた。
長い年月を経て初めて——
クリザードの王女は、二つの世界の間で彷徨っているようだった。
(第375話・完)
最後まで読んでいただきありがとうございます!
平和な焚き火の夜と、ソルが下した「爆弾解除」の決断。彼女の心の中で、クリザードの王女としての誇りと、ここで見た希望が葛藤しています。
続きが気になる方は、ぜひブックマークやコメントをお願いします!次回の展開もぜひお楽しみに!




