第358話 『湖底の静寂』
いつも『黒き天使』を読んでいただきありがとうございます。
平和な時間が訪れたように見えるK11ですが、水面下では新たな運命が動き始めています。
今回はレオンとイエスの対話、そして古き存在たちに関わる新たな伏線が描かれます。
それでは本編をお楽しみください。
湖は静かだった。
K11の紫色の空を鏡のように映し出している。
その静寂を乱したのは、レオンが飛び込んだ時に生まれた小さな波紋だけだった。
湖畔ではララが膝を抱えて座っていた。
風が金色の髪を揺らす。
心は重い。
母。
父。
戦争。
すべてが絡み合い、解けない結び目のようになっていた。
ララは静かに目を閉じた。
「お願い……もう二度とお母さんを苦しませないで……」
◇◇◇
湖の底。
そこには絶対的な静寂があった。
レオンは深い水底の岩の上で胡坐をかいていた。
目を閉じる。
黒いオーラはゆっくりと消え去り、その代わりに金色の光粒が周囲へ現れ始める。
世界が遠ざかる。
鼓動の音さえも小さくなった。
その時だった。
柔らかな光が現れる。
暖かく。
優しく。
そして神聖に。
レオンはゆっくり目を開いた。
そこにいたのは――
イエスだった。
白い衣は水中で揺れているはずなのに、不思議と濡れていないように見える。
湖そのものが彼に従っているかのようだった。
「主よ……」
イエスは微笑んだ。
「心配しているのですね」
レオンは俯いた。
「今回はどうすればいいのかわからないんです」
周囲の水が黄金色に染まる。
「ローラは自分の意思で決断しました」
「ですが……嫌な予感がするんです」
「彼女に何か起こる気がして」
イエスは静かに歩き出した。
湖底を。
まるで地上を歩くように。
「人の心は複雑です」
「ローラはアレスを救えると信じています」
「そして……本当に何かを変えるかもしれません」
レオンは顔を上げた。
「じゃあ、止めなくていいんですか?」
イエスは少しだけ沈黙した。
そして答える。
「愛するということは、相手に選択を許すことでもあります」
レオンは拳を握った。
「危険な選択でもですか?」
イエスは穏やかに頷いた。
「私は何度も、人々が私の心を傷つける道を選ぶことを許しました」
その言葉は深く胸に突き刺さる。
イエスは続けた。
「本当の愛は支配しません」
「道を示します」
「しかし決めるのは本人です」
レオンは目を閉じた。
涙を流すローラ。
血まみれのアレス。
カエロンの首。
数々の光景が脳裏をよぎる。
「俺は……あいつのあの部分が嫌いです」
イエスは頷く。
「あなたは彼の可能性を見ているからです」
レオンは驚いた。
イエスは微笑む。
「レニもそうでした」
「ソルも」
「キラも」
「そしてローラも」
「あなたは怪物の向こう側を見ることができる」
再び静寂。
そしてイエスは遠くを見上げた。
「宇宙は変わり始めています」
レオンは寒気を覚えた。
「どういう意味ですか?」
イエスは彼を見る。
「これからは力だけでは勝てない戦いが増えるということです」
黄金の光が薄れていく。
消え始める。
レオンは急いで尋ねた。
「主よ……カイロスは――」
その瞬間。
湖全体が震えた。
イエスの表情が少しだけ厳しくなる。
「彼の言葉をすべて信じてはいけません」
レオンの脳内に笑い声が響く。
カイロスだった。
『ははははは!』
『やっと本人が出てきたか!』
レオンは眉をひそめた。
「黙れ」
しかしカイロスは笑い続ける。
『お前たちはまだ気付いていない』
『宇宙はゆっくり崩壊し始めている』
レオンは立ち上がった。
「どういう意味だ?」
声が低くなる。
暗く。
重く。
『古き神々を封じる牢獄が弱っている』
レオンは凍り付いた。
カイロスは続ける。
『惑星同士の戦争ごっこをしている間に』
『もっと恐ろしいものが目覚めようとしている』
イエスは静かに目を閉じた。
まるで。
その事実を既に知っているかのように。
「主よ……」
レオンが呼びかける。
しかしイエスは首を振った。
「まだその時ではありません」
「今は仲間を守りなさい」
「一歩ずつ前へ進むのです」
光は消えていく。
レオンは手を伸ばした。
「待って――」
だが。
イエスは消えた。
湖は再び静寂に包まれる。
◇◇◇
『面白いな』
カイロスが笑う。
『あの方でさえ警戒している』
レオンは拳を握る。
「俺はお前を解放しない」
即座に返事が返ってきた。
『だが、お前は俺を必要とする』
黒い力が身体の奥で脈打つ。
一瞬だけ。
レオンの瞳が完全な黄金色に染まった。
◇◇◇
湖面。
ララはずっと待っていた。
そして――
水面が揺れる。
レオンが姿を現した。
「レオン!」
ララは駆け寄った。
レオンは疲れたように笑う。
「ただいま」
ララは彼の顔を両手で包む。
「長すぎるよ」
レオンはしばらく彼女を見つめた。
そして安心する。
ここに。
自分の居場所があることに。
「何があったの?」
ララが尋ねる。
レオンは空を見上げた。
「宇宙は……思ったより深刻だ」
「イエス様に会ったの?」
レオンは頷く。
「人は自分で選ばなきゃいけないって」
ララは目を伏せた。
「じゃあ、お母さんは……」
レオンは彼女の頬に手を添えた。
「俺が守る」
「たとえ一人でクライザンドに乗り込むことになっても」
ララは小さく微笑んだ。
額を彼に寄せる。
「あなたはいつも全部背負うね」
レオンは苦笑した。
「一人じゃないさ」
風が優しく吹き抜ける。
しかし――
遥か彼方の深宇宙。
誰にも知られていない巨大な遺跡が存在していた。
無数の残骸の中に埋もれた超巨大構造物。
黒い外壁。
未知の紋章。
そして中心部。
黄金色の亀裂が脈動する。
まるで心臓の鼓動のように。
その時。
虚無の中から声が響いた。
『担い手が……カイロスの残響を目覚めさせた』
巨大な鎖が震える。
闇の奥から現れる巨大な手。
そして。
ゆっくりと開く。
古代の神の眼。
【続く】
第358話を読んでいただきありがとうございました。
今回はレオンとイエスの対話を中心に、物語の核心へ繋がる新たな伏線が登場しました。
そして深宇宙では、古代神に関わる新たな脅威が動き始めています。
平和な時間はいつまで続くのか。
次回もよろしくお願いいたします。




