第十八話 帰国(1)
長い人生の中で、
誰にだって一度は
ドラマティックな瞬間がある。
それはまるで
刻印のように
その胸に刻まれてゆく。
人は誰も
運命に左右されて生きている。
人生が自分の力だけでは
どうにもならないと分かっていながら。
スペインで
アナスタシア・ジョーンズに
見送られながら日本へ出発した。
空港で彼女に見送られた時、
アナスタシアとは
もうこれっきり
2度と会えないような気がした。
香津美は慌ただしく
飛行機に飛び乗ると
日本に向かって帰国の路へ出発した。
長いフライトの後、
ようやく日本に着いた香津美は
タクシーに乗った。
運転手に行く先を告げると、
自分の店に向かって
タクシーを走らせた。
香津美のお店、
海辺のレストラン
“ストロベリー・フィールズ”は
今日オープンの日を迎える。
香津美を乗せた飛行機は
2時間の遅れで日本に着いた。
レストランの準備には
もう間に合わないかもしれない。
腕時計を見ながら
香津美は焦っていた。
タクシーの中から
ハイウェイの外の木々の緑の光が見える。
まだ朝も早い。
携帯電話を掛けて
スタッフを起こすのもかわいそうだ。
スタッフから届いた
メールを香津美が目を通したのは、
ついさっきだ。
元副料理長の
佐藤が太鼓判を押すほどの
シェフが見つかったという連絡だった。
香津美が店に着いたら
すぐに料理の味を見て欲しい。
そう付け加えてあった
メールを見て
香津美の気持ちを揺るがせた。
今更
香津美が
口を出す訳にはいかない。
佐藤に一任して任せたのだから、
どんな事があっても
断ることはできない。
新しいシェフの印象は、
「仕事に対して熱心で頑固な人だ。」
と書いてあった。
若いスタッフからのメールを
香津美は
どう捉えたらいいのだろうか。
すでにレストラン
“アフリカ”の伝統の味を
佐藤によって
伝授されているようだった。
「頑固なオヤジに決まったか。」
香津美はそう呟いた。
レストラン“アフリカ”の
シェフ勝のように
腕のいいオヤジさんに違いない。
そう思うと
少しは気持ちが楽になった。
だけどまだ香津美は
真理奈のことを
諦めきれずにいた。
彼女を捜し出して
シェフにする事。
そして一番の目的は
彼女を幸せにすることだった。
一つ目の願いは
叶えられそうにないが、
もう一つの願いは
残りがもうあと
半年しか残されていなかった。
だけどまだまだ
諦めた訳じゃない。
生きてさすれば
必ずまた巡り会える。
体は離れ離れになってしまっても、
心だけは離れてはいない。




