第十五話 シェフの条件
幻の世界というのは何処にあるのだろう。
人はよそ者には冷たいものだ。
重たいドアを開け放ち立ち止まる。
そこはどこにでも行ける場所。
心の内側や外側、
日常や非日常の世界へつながる扉。
押し寄せる波が
静かな時を告げる海辺のレストラン。
このレストランは香津美と
スタッフの手によって
内装工事を終わらせて遂に完成した。
レストランの店名は迷った挙句、
“ストロベリー・フィールズ”
という名前に決まった。
当初、
店名は先代の使用していた
“レストラン アフリカ”
という名前になるかと思われた。
しかし店が完成する前日に
香津美がレストランの名前を
“ストロベリー・フィールズ”
という名前に決めた。
香津美はその名前には
思い出深いものがあると言っていた。
海辺のおしゃれなレストラン
“ストロベリー・フィールズ”
は昔懐かしい香りのする名前だ。
今日の完成という日を迎えるまで、
たくさんのスタッフの協力に助けられ
何もかもスムーズに事は運んできた。
あとは香津美も
スタッフもオープンの日を
いつにしようかと
その日を待つだけとなった。
だけど香津美もスタッフも
何か一つ忘れている重要な問題があった。
その重要な問題とは・・・。
それはこのレストランのシェフが
未だに決まっていないということだった。
レストランが完成するまでの間、
香津美は最後まで
真理奈の行方を追って捜していた。
探偵も雇い、
賞金まで出して
捜させたが
彼女の行方は未だに
まだ分からない。
オープンまで
もう時間がそれほど
残されていない。
母親の提案で
運営するグループの中から
シェフを選んだらどうかと言われた。
香津美はその母親からの申し出を断った。
グループのシェフを
香津美の店で使うとなると
引き抜きにあった
グループに迷惑が掛かるからだった。
オープンまで残された時間は
あと7日。
未だにシェフが決まらないことに
スタッフも焦っていた。
しかし誰もが
香津美のやることを信じてついて来た。
スタッフはあえて
その話題には触れないでいようとした。
シェフがなかなか見つからないことに
スタッフがあえて触れないこと、
それがかえって
香津美自身を窮
地に追いつめていた。
新しい店のシェフは
真理奈以外には考えられない。
もしものことを考えて
空いた時間に
新しいシェフの面接も行っていた。
だけどどれもこれも
肩書きだけが立派で
同じような人ばかりが
面接には現れた。
彼らが作った
料理を口にすると
合格印は押せなかった。
思い切って香津美は
全国紙各社に
お金を払って広告を載せた。
新しくできるレストラン
“ストロベリー・フィールズ”。
その味を口にすると
心の底から癒され、
体の中から力がみなぎる。
あのレストラン
“アフリカ”の味を受け継ぐお店。
そのレストランの料理を
あなたにお任せします。
その広告を載せたおかげで
人々の反響は凄かった。
その日から募集を見た人たちから
問い合わせの電話連絡が
一日中鳴り響いていた。
困った事に
マスコミも
その事を嗅ぎ付けて
取材を申し込む連絡も増えてしまった。
ひっそりと店を始めるつもりだったのに
“アフリカ”の名前を載せたために、
香津美はマスコミの取材まで
受けなくてはならなくなってしまった。
真理奈を捜すためだと
我慢して各週刊誌の
インタビューも喜んで受けた。
それなのに真理奈からの連絡は全くない。
香津美は心身ともに疲れ果て、
追い込まれてしまい
店の準備どころではではなくなっていた。
「これも運命だ。
真理奈のことを諦めて
今は店のことだけに集中しよう。」
そう思った香津美は
レストラン“アフリカ”で
働いていた
元副料理長佐藤を呼び寄せて
ある用件を頼んだ。
その用件とは新しい店のシェフの選考を
“アフリカ”の味を知る
佐藤に任せることにした。
神の舌を持つ香津美をしても
どうしても真理奈と
料理を比べてしまい
変な先入観が入ってしまう。
このままではいつまでたっても
新しいシェフを決めることなどできない。
自分の店の大切なことを
他人に任せてしまうのは偲びないが、
“アフリカ”の味を知る
佐藤に任せた方がまだいいと考えた。
一方で香津美の方は
来年度の新しい食材の調達と
その確保に
海外20数ヵ所を回って
決めてこなければならない。
来年度の食料の確保は
今から動かなくてはならない。
イヤ、かえって遅いくらいかもしれない。
シェフの人選は佐藤に任せて
香津美が海外に飛び
食材の調達と
その確保に動くことにした。
スケジュールはすでにいっぱいだ。
次に日本に帰ってくるのは開店の1日前。
開店の前日に帰国するといのはなかなか大変な仕事だ。
佐藤に“ストロベリー・フィールズ”の
大事な仕事任せていなくなるのは
後ろ髪を引かれる思いだった。
これも新しい店のためだと
割り切らなくてはならない。
香津美はスタッフと別れて
そのまま海外へと向かった。
「今度帰ってくるのは開店前日。
それまでに新しいシェフが決まるといいが。」
香津美は心の中でそう呟いた。
暗くなりかけた空の下。
深い霧が空港を包んでいた。
霧がベールのように空までも被い尽くす。
香津美を乗せた
南アフリカ行きのジャンボ・ジェット機は
成田空港を出発した。
香津美は新たに気持ちを切り替えて
頑張ろうと思うのだった。




