第十四話 ストロベリー・フィールズ
香津美だけしか残っていない
誰もいなくなった店内では
ジュークボックスから音楽が流れていた。
米国のドライブインで使用されていた
ジュークボックスを
一目で気に入って
お店のオーナーに頼み込んで
購入した年代物だ。
つい最近まで使用されていたから
命が宿っているようだ。
カントリー R&B
ソウルミュージック
ロックンロール
幾つもの時代を駆け抜けてきた
生き証人が音を奏でてくれる。
レコードがジリジリと
ノイズを出しそれが
現代では新しく新鮮に感じる。
何とも暖かい音楽プレイヤーだ。
この機械が米国から港に到着すると
スタッフに頼んで運んでもらった。
EPレコード(ドーナツ盤)が
中に入っていて
曲を選択するボタンがある。
聴きたい歌を選んで
曲のボタンを押すと
センターにあるプレイヤーに
アームがEPレコードを運び
レコードプレイヤーに
針が落とされて
曲が掛かる。
そして回るEPレコードを
香津美は楽しそうに眺めていた。
ジュークボックスのボタンを再び押す。
店内の照明は
香津美のいる場所以外はすべて消されていた。
薄暗くなった照明の中で音楽が聴こえてきた。
それがジョン・レノンの
“WOMAN”だった。
冷たい空気のように美しい曲。
ジョン・レノンが家で子供の世話をし
料理を作り主夫をしていた。
その頃、働いて家庭を支えていたのは
妻のヨーコだった。
彼の昔を知る知人や音楽仲間
近所の人はジョンの事を
「あの有名人が落ちぶれたものだ。
あれがビートルズの成れの果てか?
ビートルズのメンバーが
働かずに家で主夫か!」
そう言って嘲笑っていた。
それがある日の事、
息子のショーンが
映画 イエローサブマリンを観て
「パパによく似ている人が
映画に出ていて歌を歌っていたよ。」
「パパはビートルズだったんだね!」
息子のショーンに言われ
ジョンは
「そうさ、パパは家で料理を作るだけじゃなく
歌だって歌えるんだ!」
そう言って
バハマで音楽創作を始める。
5年ぶりに音楽業界にカムバックを果たした。
それがあのアルバム
「ダブル・ファンタジー」
1980年11月17日リリース。
妻ヨーコとの共作だった。
5年間の主夫生活を終え、
音楽業界に復帰する記念すべき
作品となるはずだった。
発売から間もない12月8日にジョンは
6発の銃弾を受けて射殺された。
生前最後のアルバムとなり
世界中に衝撃を与えた。
そのニュースが世界中で流れ
全英・全米で1位を獲得。
1981年度グラミー賞の
アルバム・オブ・ザ・イヤーを受賞。
ジョンが亡くなった後に
アルバムからシングル・カットされた曲
それがジョン・レノンが歌う
「ウーマン」だった。
歌が始まる前に聴こえる
「For The Other Half Of The Sky」
「空のもう半分のために」は
空の半分は女性に支えられている
「世の女性に向けて歌いましょう」
といったジョンの呼びかけなのだろう。
ジョン・レノンがヨーコに捧げた曲。
これはヨーコと、
ある意味ですべての女性に対する曲だ。
本人もそう述べていた。
Please remember my life is in your hands.
「どうか忘れないで、僕の人生は君の手の中にある。」
この歌詞は本当に名言だ。
香津美はそう思った。
この曲を聴くと
一人でどこかへ出かけてしまった
ジョン・レノンことを思い出す。
香津美は初めて聴いた
ビートルズのことを思い出した。
ジョン・レノンは
ビートルズのメンバーでも有名だった。
音楽だけでなく
音楽の内容や自分たちの生き方、
ファッションや髪型や言動も
影響力を与えた。
その発言もいつも話題になっていた。
1964年の東京オリンピックの年
ビートルズは世界的に人気が爆発する。
アイドルとして人気が出ると
コンサートは女性ファンの歓声で
音を掻き消されて
コンサートをやる意味など何もない。
ビートルズのメンバーは
そう考えて矛盾を感じていた。
1966年日本公演の後の
フィリピンで招待された
マルコス大統領のパーティを断って
死ぬような目に遭う。
その後、米国に渡ってジョン・レノンが
「僕たちはキリストよりも有名で偉いんだ。」
そう発言してレコードを焼かれてしまい、
米国南部から迫害を受けて
命からがら英国に逃げ帰った。
それ以来ビートルズは
コンサートを演らなくなった。
彼らの残した歴史と
その音楽には素晴らしいものがある。
純粋な魂だけが
その音楽を必要としている。
香津美が真理奈に淡い恋心を抱いていたとき
バスの中で初めてジョン・レノンの歌う歌を聴いた。
バスの一番後ろの座席に真理奈と並んで座り、
一つのIPODのイヤホンを
片方づつ着けて聴いた曲。
それがビートルズの
“ストロベリー・フィールズ・フォーエバー”。
スローな曲でとても美しくて
今まで聴いたこともない感じの曲だった。
帰り道のバスの中で
二人で初めて聴いた。
歌詞の意味も知らずに
聴いていたあの頃。
二人ともまだ若くて中学一年生
大人の恋に憧れる13歳だった。
ビートルズも解散して
ジョン・レノンも亡くなって
長い時間が過ぎているというのに、
その歌を初めて聴いた。
今の世代にも
充分歌の素晴らしさは
伝わってくる。
歌を聴いている間、
香津美と真理奈を乗せたバスは、
まるでイチゴ畑の中を
走っているようだった。
自分が思うことを
言葉にして歌うジョン・レノン。
香津美はそんなジョン・レノンが
羨ましく思えた。
それから歌詞の意味が分かるようになったのは
何年も経ってからだ。
真理奈は
“ストロベリー・フィールズ・フォーエバー”
という曲が大好きで、
香津美にその曲を聴かせようとして
バスの中で聴いた。
歌を聴いていると
二人とも幸せな気分になれる
思い出の一曲。
青春の淡い恋、
大切なあの日を思い出す。
歌の場所が現実にあると
ビートルズに詳しい
学校の先生に聞いた。
「歌の場所は米国にある。」
その先生は香津美に教えてくれた。
思い切って香津美は
真理奈と一緒に
教えられたストロベリー・フィールズに行った。
場所はニューヨーク
セントラル・パークの中にある。
朝起きて二人で歩いて行った。
泊まったホテルが
セントラルパークから近かった。
5番街からセントラールパークに入った。
そこには池があり
真理奈と白鳥を見ていたのを思い出した。
白鳥を指差して真理奈がはしゃいで笑っていた。
12月だから雪が積もっていた。
真理奈が白い毛糸の帽子と
赤いオーバーコートを着ていた。
まるで映画
“ロッキー2”のエイドリアンみたいだった。
リングスケート場が見えたのどかな一日。
二人でアイスクリームを食べながら
ストロベリー・フィールズを探す。
犬を散歩させている男の人に聞いた。
「ストロベリー・フィールズはどこですか?」
男は何もしゃべらず看板を指差した。
二人でその看板を見ると
看板には
“Strawberry Fields”
と書かれていた。
おまけに看板には
この辺は静かにくつろぐ所。
自転車と犬を禁止します。
と書いてあった。
「この場所がそうなんだ。」
香津美は言った。
「ねえ、写真撮ってもらおうよ。」
真理奈は言った。
香津美と真理奈はその看板の前で、
犬の散歩をしている男に
デジカメを渡すと
記念写真を撮ってもらった。
写真を撮る前に男は言った。
「歌のストロベリー・フィールズは
ここじゃないぜ。」
「ジョン・レノンが子供の頃時々遊びに行った
孤児院がストロベリー・フィールドだ。」
「ここのストロベリー・フィールズは
ジョンとヨーコが住んでたアパートが近くにあって」
「ジョンが死んだ後に作られたんだ。」
本当のストロベリー・フィールズ場所は
英国のリバプールにあると知った。
戦争孤児の施設のことで
名前もストロベリー・フィールドで
Sが付かない。
名前の由来は
昔その場所がイチゴ畑だったからだそうだ。
香津美と真理奈は
その真実を聞いて驚いた。
大きな口を開けて
「えーっ。」
って驚いた顔になった。
カメラはその時の
シャッターチャンスを逃がさなかった。
記念写真はセントラルパークの
ストロベリー・フィールズの看板の前で
とんでもない顔をした二人が写真に写っていた。
その日が真理奈にとって特別な日。
その日が真理奈の16歳の誕生日だった。
学校の先生の言ったことは間違いだった。
先生がいつも正しいことだけを言うとは限らない。
だけど真理奈と一緒に旅行に行けてとても楽しかった。
ストロベリー・フィールズを
二人で見つけて写真も撮った。
香津美はその時の二人の写真を
手にして笑っていた。
誰もいない店内に
白い湯気が上がる。
沸かしたコーヒーを
ひと口飲むと現実の世界に戻った。
香津美の店はもう少しで完成する。
後はオープンの日を待つだけだった。
だけどとても重要な事を
香津美もスタッフも忘れていた。




